ミレーヌの目的
半魔人族探し二日目。
俺と弥生さんが七々扇邸の正門前に到着すると、先に待っていたミレーヌさんがこちらに気付いて一礼する。
「ミレーヌさん、エラさんは?」
「ララミアさんに付いて行きました」
ミレーヌさんと一緒に蓮さんに仕えているエラさんの姿が見えないので尋ねると、予想外の返答が帰って来た。
ここで集合して今日の行動予定を話し合うはずだったのだが、俺たちの到着を待たずにいったいどこへ向かったのだろう?
「二人はどこに行ったんです?」
「……昨日、宗次郎さんに紹介して頂いた神社です」
ミレーヌさんは少しだけ不快そうに眉をひそめて答える。
それだけで、俺は全ての察しがついた。
宗次郎君が紹介してくれた神社には妖魔族に関する資料が残されており、宗次郎君の紹介でララミアさんはいくつかの資料を読ませてもらっていた。
彼女が日ノ本へやって来た目的は妖魔族が使ったとされている魔法を研究する事であり、今回の半魔人族探しは彼女にとっては主目的ではないのだ。半魔人族探しと魔法研究を天秤にかけた時に、ララミアさんの天秤がどちらに傾くかなどすぐに分かる。
「妖魔族に関数する資料を読みに行ったんですね」
「ええ。もしかしたら神社に再び半魔人族が訪れる可能性もあるので、エラさんには連絡役として同行して貰いました。彼女は空を飛ぶことが出来ますから」
確かに、半魔人族が再び神社を訪れた場合、外国人のララミアさんだけでは対処が難しい。エラさんなら空を飛んで救援を呼びに行くことも容易なので適任と言える。
ここは二人と合流せずに、俺たちは俺たちで半魔人族を探しに行くのが得策だろう。
「そういうことなら、いっそのこと神社や本屋に関してはララミアさんとエラさんに任せて、俺たちは別の場所を探しましょうか」
「別の場所ですか?」
「昨日のお茶屋さんに行って、宗次郎君に助言を貰いましょう。彼なら他にも半魔人族が行きそうな場所を知っているかもしれません」
俺は弥生さんとミレーヌさんを連れて、江戸城の東側にある茶屋へと向かう事にした。普段なら俺の隣を歩いてくれる弥生さんが、今日は一歩下がった位置にいるのが少し気になる。
やはり、彼女も昨日の会話を気にしているのだろうか?
今朝も挨拶くらいしか交わしていないし、何となく俺と弥生さんの間には気まずい空気が流れている。
昨日の伊吹さんの割り込み方から想像するに、弥生さんは俺と接近しすぎないように釘を差されたのだろう。同じサムライになったとはいえ、元奴隷の俺と大名の娘の弥生さんとでは釣り合いが取れない。長女である伊吹さんの判断は、客観的に見れば妥当なところだ。
弥生さんは前世の記憶を持っていて、あの時親切にしてくれた幽霊以上に俺の立場を分かってくれている人だ。
そんな彼女が俺に好意を持ってくれているのは素直に嬉しい。お互いが高校生という立場だったならすぐに告白して付き合っていてもおかしくない。
けれど、俺は転移者で彼女は転生者だ。彼女には転生してから今までの長い人生がある。感情だけで物事を勧められる立場ではないのだと思う。
俺は弥生さんに対する気持ちを心の奥にしまうと、隣を歩いていたミレーヌさんに前々から気になっていた話題を振った。
「そういえば、ミレーヌさんは半魔人族を追っているんですよね? その辺りの事情って聞いても大丈夫ですか?」
「…………ええ。私も、健之助さんには聞きたいことがありましたから、良いですよ」
ミレーヌさんはしばしの沈黙の後で小さく頷くと、日ノ本へ半魔人族を追いかけてやってきた理由を話し始めた。
「私は物心ついた時から魔人族の奴隷として教育を受けていました」
「――え?」
俺が驚いて立ち止まると、同じように足を止めていた弥生さんと視線が合う。彼女も驚きに目を見張っていた。
魔人族の奴隷として育ったと、ミレーヌさんは言った。それは俺が弥生さんに信頼して貰うためについた嘘だったはずだ。しかし、ミレーヌさんは本当に奴隷にされて育ったと言うのだ。驚かないわけがない。
「ミレーヌという名前は奴隷仲間から付けてもらった名前です。本当の名前は分かりません。私は赤子の頃に攫われ、同じような立場の奴隷たちに育てられましたから」
「そ、それって……」
「あなたも私と似たような境遇だと伺いましたが、健之助という名前は誰が付けてくれたものですか?」
まずい。
俺の設定は幽霊が適当に考えたもので、本当の奴隷だった経験がある人からすれば穴だらけの可能性が高い。
「えっと……両親が付けてくれた名前だと聞いています。奴隷の中に同じ村の出身の人がいて、教えてくれました」
「その方はまだフランメギドに?」
「いえ、もう亡くなっています」
「そうですか……。ですが、本当の名前が分かっているのは羨ましいですね」
ミレーヌさんは本当に羨ましそうに目を細めた後で、再び歩き始めた。俺と弥生さんは少し駆け寄る様にして彼女に並んで歩く。
「私には健之助さんのように帰る場所がありませんでしたから、私たちを管理している半魔人族に言われるままに仕事をしていました。成果を上げるようになると、待遇がどんどんと良くなっていくので、私は自分がいつか奴隷という立場から解放されるのではと希望を持って仕事に打ち込むようになりました」
「どんな仕事をしていたんですか?」
「……暗殺です」
一瞬の躊躇いの後に発せられた言葉を聞いて、俺の手が即座に腰の刀へと動いた。抜きはしないが、暗殺などと物騒な言葉聞いて警戒しないわけがない。
「安心してください。私は人族を殺した事は一度もありません」
「いや……そう言われても。人族以外は殺したってことでしょう?」
「はい。正確には、半魔人族と獣魔人族を殺していました」
俺は少し後ろを歩いていた弥生さんへ振り返る。
弥生さんはゴクリと唾を飲み込んでから、睨むような目をミレーヌさんへ向けた。
「あの、ミレーヌさん。その話が本当なら、半魔人族探しの前に、あなたの話をもっと詳しく伺いたいです」
「ええ。私も、あなた方と敵対したいわけではありません。むしろ、私の力になって欲しいと思っているのでこの話をしています」
「では、話の続きは茶屋の二階でお願いします」
俺は道中の暇つぶしとしてミレーヌさんに話題を振ったつもりだったのに、気付けば本来の目的だった半魔人族探しよりも、重要な案件になっていた。
ミレーヌさんは俺たちに力になって欲しいと言ってはいるが、事情を聞いてみない事にはこちらも警戒を解くことが出来ない。
まるで鬼討伐前のようにピリピリとした雰囲気を纏った弥生さんが先頭に立って歩き、到着した茶屋の暖簾をくぐる。
「すみません。今日も二階を貸していただけますか?」
昨日と空気が違う事を悟ったのか、茶屋の店員たちは素早く俺たちを二階へと案内してくれた。
二階で座布団に腰を下ろしてミレーヌさんと向かい合う。弥生さんは俺の隣だ。
茶屋の青年がお茶と団子と運んでくれたので、弥生さんがお金を渡す。
「これから少し大事な話し合いをするので、松葉組の一振弥生よりも上の立場の人が来ない限りは誰も二階に立ち寄らせないでもらえますか?」
「か、かしこまりました」
青年は青ざめた顔で素早く一階へと降りていく。
少々強引なやり方だが、これで二階へ入って来られるのは限られた人物だけになった。
「では、ミレーヌさん。質問しても良いですか?」
「はい」
ミレーヌさんは俺と違ってずいぶんと落ち着いており、お茶を一口飲んでから柔らかな声色で答えた。
弥生さんは小さく息を吐いてから、真っ直ぐな目でミレーヌさんを見据える。
「暗殺をしていたと聞きましたけど、魔人族の奴隷であったあなたが、どうして半魔人族や獣魔人族を相手にしていたのですか?」
「組織の末端である私に詳しい情報は入って来ませんが、恐らくは組織の上に立つ魔人族にとって政治的に都合の悪い相手を消したかったのだと思っています」
いわゆる政敵を消すために使われていたということか。
強引な手だが、誘拐や奴隷といった言葉が当然のように出てくる世界なので、政敵の暗殺と聞いてもそこまで驚きはない。
「魔人族は標的じゃなかったんですか?」
「……フランメギドにおける平民である半魔人族や獣魔人族なら私でも暗殺可能ですが、貴族である魔人族を暗殺するのは至難の業です。魔人族は数が少ないですから、外的要因による死を他種族の何倍も恐れています。警戒心が高すぎて近付くことすら難しいです」
魔人族はよっぽどのことが無い限りは平民の前に姿を見せないらしい。
ミレーヌさん自身も、自分の組織のトップにいるはずの魔人族を見たことが無いらしいので、暗殺は不可能とのことだ。
「結果として私に回って来た仕事は、魔人族の部下である半魔人族や獣魔人族の暗殺でした」
「そしてその仕事をあなたはやり遂げて来た。それなら、なぜあなたはここにいるのですか? 半魔人族や獣魔人族とはいえ、半分は魔人族の血を引いている種族です。それを暗殺できる実力を持った奴隷であるあなたを、上に立つ者が手放すとは思えません」
弥生さんの質問に、ミレーヌさんはニコリと微笑む。
俺はその笑顔を見て、ぞわぞわと鳥肌が立つような寒気を感じた。
「私は、私を監視する役目を持っていた半魔人族を殺して逃げて来たんです」
氷のように澄んだ美しいミレーヌさんの声。しかし、俺はその声にどす黒い憎しみの感情が隠されているように感じた。
俺と同じように、ミレーヌさんの言葉に恐怖した弥生さんが口を噤んだのを見て、俺は代わりに口を開く。
「あなたは……半魔人族を殺すために日ノ本へ来たのですか?」
俺の質問に、ミレーヌさんは意外にも首を振った。
「私の目的は、私と同じ組織に所属していた半魔人族から、私たちの元『飼い主』である魔人族の情報を得る事です」
これまではあまり目立ってこなかったミレーヌですが、ここからは違います。
次回もミレーヌを中心とした話です。




