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弥生の告白

 就寝前に、私は健之助君の部屋へと赴く。


 前世の記憶が蘇る前の私なら、夜這いみたいだと緊張しただろうが、今の私にはそこまでの緊張はない。


「どうしたんですか?」


 寝間着姿で私を中へ入れてくれた健之助君は、とても艶やかで魅力的に見える。


 前世の記憶が蘇っても、私は既に一橋弥子ではなく一振弥生だ。健之助君に対する淡い気持ちはしっかりと残っており、彼を好ましく思う気持ちは共に暮らしている間にどんどんと強まっていた。


 はっきり言うと、私は彼をちゃんと好きになっている。


 前世の私は別に健之助君を好きなわけでは無かった。彼に感謝していたが、既にいない男性に恋をするわけもなく、恋人こそいなかったが気になる人は別にいた。


 でも、今の健之助君に対する思いはそういった淡いものではない。私は明確に彼を好きだし、支えたいと思っている。同時に、私を受け入れて欲しいとも思っているし、手を握りたいとか、口付けしたいとか、更にその先の事もしてみたいとか考えてしまう。


 それでも、私はサムライとして自分の欲を抑えていたし、なるべく理性的に健之助君に接するようにしていた。


 しかし、健之助君と話す時だけは言葉を崩していたララミアさんを見て、私は本気で焦りを覚えた。


 彼の隣を歩くのは私だと、メラメラと燃え上がるような感情が沸き上がった。これは多分、独占欲と呼ばれる感情だろう。


 考え過ぎかもしれないけれど、ある程度の事をしておかないと、健之助君はあの超絶美女のハーフエルフにかっさらわれてしまうのではないか。そんな焦りが私を駆り立てている。


 私のような小娘では女性として勝負になるか分からない。でも、今やらないと駄目な気がして、私は彼の部屋に敷かれた布団の隣に正座する。


「あ、あの、健之助君」

「は、はい!」


 健之助君は私の声色から何かを察したのか、素早く目の前に座った。


「ラ、ララミアさんのこと、ど、どう思ってるの?」

「へ? ララミアさん? どうと言われても……良い人だと思いますよ。見た目のわりに話しやすいですし」

「見た目のわりに? ララミアさんの見た目は話しにくいの?」

「そりゃあ、あんな美人だと普通は委縮しますよ。別世界の住人って感じがしますから」

「そ、そうなんだ」


 私は同性なので物凄い美人だなとしか思わないが、健之助君からするとララミアさんは話しにくいほど美人という枠組みらしい。


 とはいえ、実際に話してみると話しやすかったという事なので、そこの不安要素は解消されてしまっているようだ。


「……じ、じゃあ、わ、私はどう……なのかな?」

「え……?」


 まずい。何を口走っているのだ、私は!?


 彼への想いが暴走したのか、私はかなり明け透けな質問をしてしまった。

 健之助君は言葉を探すように視線を彷徨わせた後で口を開く。


「弥生さんは、一緒にいて落ち着きます。同じ日ノ本系の顔立ちですし、なんか懐かしい感じがするんですよね」

「へ、へえ……」


 一緒にいると落ち着くという評価は、悪くはないのではないだろうか。けれど、異性として見てもらえているのかは分からない。

 ここはもう少し頑張らないといけない所だと思う。


「……あのさ。前に、一生守るって約束したこと、覚えてる?」

「もちろん、覚えてますよ。その……ちょっと大げさだなって思いましたけど」

「あれ……本気だよ?」


 私の精一杯の気持ちを込めた言葉を聞いて、健之助君が息を呑んだ。


 私の真剣な気持ちが、少しでも伝わっただろうか?


「一振家の人間だからとか、松葉組のサムライだからとか、そういうことじゃなくて。一振弥生としての言葉なの。一生って言葉はちょっと重たく感じるかも知れないけど、私の本心から出た言葉だから、引っ込める気はないかな」

「……どうして、そこまでの事が言えるんですか? 俺と弥生さんは会ってから半年も経っていません。俺の境遇に同情してくれたのは分かりますが、一生守るなんて言葉、本気なら軽々しく出てくるものでは無いと思っています。だから勢いで口走ってしまっただけなのかと思っていたんですけど……違うってことですか?」


 健之助君の疑問はもっともだった。彼の立場になって考えれば、私の言葉は重すぎて冗談だとしか思えないものだ。


 私から見た健之助君は前世からの恩人だが、健之助君から見た私は偶然知り合った親切なサムライでしかない。

 私の事情を話さなければ、到底納得は出来ないだろう。


「健之助君は忘れているみたいだけど、私にとって健之助君は恩人なんだよね」

「恩人?」

「うん。覚えてない? 時空の裂け目に落ちそうなっていた私を助けてくれたよね」

「…………え?」


 健之助君が目を見開いて驚く。

 私が裂け目の事を知っているなど、思ってもみなかったのだろう。


「顔は結構そのままなんだけど、あの時は髪をブリーチしていたから気付かないのかもね」


 私が黒髪を一房摘まんで見せると、健之助君は口をパクパクとさせて驚いている。少し可愛い。


「は、はぁ!? えっ? じゃあ、弥生さんって、あの時の? いや、で、でもそれはおかしいですよ! ここにいるってことは、俺は助けられなかったってことですか?」

「ううん。助けて貰ったよ。私は正確には助けて貰った時の私じゃないから」

「い、意味が分からないですよ!」

「健之助君は異世界にそのまま移動したから、異世界転移ってやつだよね。私は……あっちで死んでからこの世界に生まれ変わったから、異世界転生ってやつなんだよね」

「な、何だ、それ! そんなの信じられるわけないですよ!」

「君と私がここにいるんだから、信じられなくてもそうなんだよ」

「……ま、マジですか」


 健之助君は混乱する頭を抱えながら絶句する。


 どうしてこんなことになったのか。それは神様しか分からないだろう。


 死んだらどうなるかなんて、大昔から議論されてきた題材だと思うけど、答えは死んだときにしか分からないのだ。


 天国や地獄に行くのか、幽霊になるのか、はたまた輪廻転生するのか。そのまま消滅する可能性だってあった。そう考えると、異世界に転生できた私は幸運だと思える。


 前の人生はやり残した事ばかりだったから、神様がチャンスをくれたのかもしれない。


 それなら、私は後悔しないように突き進みたいと思う。


「だからね、健之助君。私は君の事をずっと前から知っているんだよ。それに、人を好きになるのに、時間とかあんまり関係ないんだって、身を持って分かった」

「え?」

「健之助君が、涼子ちゃんや楓様と話しているのを見ると、どうしようって焦るんだ」

「……へ?」

「最初は気にしてなかったんだけど、健之助君は二人とどんどん仲良くなるから、いつか二人のどっちかを好きになっちゃうんじゃないかって……」

「い、いや、俺は別に……二人とはそういう関係じゃないですよ……」


 ここまで話したら後戻りはできない。


 伊吹姉様には止められていたけど、私の秘密を打ち明けた今なら、健之助君は私をサムライではなく、似た境遇の同年代の女の子として見てくれると信じて、気持ちを伝える。


「健之助君、私は――」

「何を大声で騒いでいるのですか?」


 部屋の襖が開けられ、少し苛立ったような伊吹姉様の声が響く。


 私は喉まで出かかった告白の言葉を飲み込むと、伊吹姉様へ視線を向けた。


 細められた鋭い視線が私へと突き刺さる。もしかしたら、多少の魔力威圧をされているのではないだろうか?


 全身から嫌な汗が吹き出し、背筋が凍る。


「う、うるさくしてしまってすみません……」


 健之助君が申し訳なさそうに頭を下げる。


 完全に私のせいなので、彼に謝らせてしまった事に罪悪感を覚えながら、私は伊吹姉様にどのような言い訳をしようか考えた。


 はたから見ると、お互いに寝間着姿で向かい合っていて、これから閨事が始まるように見えなくもない状況だ。まずはそこの誤解を解いておこう。


「あ、あの、伊吹姉様。私たち決してそういった事をしようとしていたわけではないですからね」

「……何を言っているのですか、弥生?」

「えっ? で、ですから、け、健之助君と……その……ど、同衾しようとしていたわけではなくて」


 ま、まずい。なんか変な空気だ。


 もしかして、伊吹姉様は最初からその辺りは誤解していなかったのだろうか?


「……弥生。付いて来なさい」

「は、はひ……」


 先ほどよりも低くなった伊吹姉様の冷たい声に命じられて、私は健之助君の部屋を出る。


 そのまま伊吹姉様に腕を掴まれて早足で廊下を移動し、私の部屋の前で立ち止まった。


 伊吹姉様はくるりと私に向き直ると、物凄い力で肩を掴んでくる。


「弥生、私はあなたを華火と違って真面目で我慢強い妹だと思っていたのですが?」

「うっ……わ、私は健之助君に何もしてませんよ?」

「まだしていなかっただけでしょう? あそこでわざわざ同衾などと言い出したということは、あなたの心にそういった欲望があったからですよね?」

「……は、はい」


 全くそういった気持ちが無かったわけではない。


 それに、伊吹姉様が乱入してこなかったら、私は彼に告白していただろう。もしそのまま彼が受け入れてくれていたら、私は行けるところまで行った気がする。


 自分の事を信じられなくなるくらいには、先ほどの私は性欲に支配されていたと思う。


「わ、私……焦っていたんです」

「何を焦る必要があるのですか? 同じ家で暮らしていますし、私はあなたが健之助君と一緒に行動できるように取り計らっています。焦らずに距離を縮めれば良いのです」

「最初は私もそう思っていましたけど、松葉組のみんなと関係を深めていく姿を見ていると、悠長なことを言っていられない気がしてくるんです」


 涼子ちゃんと楓様、それに夕陽様とも仲が良い上に、ララミアさんにも気にいられている。更には見習いの娘とも仲良くしているところを見かけるのだ。早めに手を打っておかないと、いつの間にか誰かと付き合っているのではないかと思えるほど、健之助君は周囲の女性たちを惹き付けている。


 私が焦る気持ちも分かって欲しい。


「楓や夕陽が彼に手を出すとは思えませんが……言いたいことは分かりました。仕方ありません、私の方でも何か手を考えておきますから、くれぐれも焦って既成事実を作ろうとしてはいけませんよ」

「はい……」


 健之助君と秘密を共有して親密になろうと思っていたのだが、私は気が付いたら暴走していて伊吹姉様に釘を差されていた。


 一体どこで間違えたのだろう?


 伊吹姉様から解放された私は、モヤモヤとした気持ちを抱えながら布団に潜った。

ついに弥生が前世の記憶を持っている事を打ち明けました。

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