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茶屋の少年

 一振家での夕食の際に、俺は伊吹さんに半魔人族の捜索をする話を伝えた。


「事情は分かりました。ララミアさんと観光にでも言ったのかと思っていましたが、そういうことであれば、次からは弥生も連れて行くと良いでしょう」

「え? 弥生さんを?」


 今は楓さんたちが不在なので松葉組が任されている江戸城の守りが薄くなっている。七々扇(ななおうぎ)邸は江戸城のすぐ西にあるので何かあった時に駆け付けやすいが、城の東にある町へ降りてしまえば合流に時間がかかる。俺だけならまだしも、弥生さんまで休みを貰っても大丈夫なのだろうか?


「日ノ本への入国を許されているとはいえ、半魔人族(はんまじんぞく)は多少なりとも警戒すべき相手です。城で噂になっている程度には警戒されているので、私たちが出る幕はないかもしれませんが、いざという時に男の健之助君しかサムライがいないのと、一振家の人間である弥生がいるのとでは雲泥の差です」

「分かりました。じゃあ、弥生さん。明日は一緒に行動して貰えますか?」

「うん。任せて」


 こうして、俺は弥生さんを加えたメンバーで町へ繰り出すことになった。




 江戸城の東にある町は、江戸で一番活気があると言っても良いくらい賑わっている。


 とはいえ、サムライや武家の立場にある人間はあまり多くなく、あくまでも町人たちで賑わっている場所なので、帯刀している俺と弥生さんは少し注目を集めている気がした。


「な、何か見られていますね」

「ごめんなさい。私の翼が目立つみたいで」

「えっ? いや、俺や弥生さんの刀が目立っているんだと思いますよ?」


 俺が周囲を気にするように呟くと、エラさんが申し訳なさそうに謝って来た。彼女は桃髪桃翼だからとても目立つのだ。


「それを言ったら、私の髪も目立っていると思いますよ。日ノ本では基本的にいつも注目されていました」


 ララミアさんが俺たちをフォローするように自分の髪の毛を摘まんで主張するが、それは絶対に髪色の話だけではない。ララミアさんは和服ではなく洋服を着ているのだ。あまり服飾に詳しくない俺には名前が分からないが、ゆったりとしたワンピースのような服を着ているので、和服ばかりの江戸では目立つに決まっている。


 とはいえ、目に見えて巨大な武器を所持している俺と弥生さんが町人たちの視線を一番集めている気がするのは本当だ。観光に来ている外国人よりも、自国の軍人が武器を持って町を歩いている方が怖いのは現代でも同じだろう。


「弥生さん、例のお茶屋さんってこの辺りですか?」

「えっとね。確かそこを左に曲がるとあったはずだよ」


 弥生さんは伊吹さんから魔眼に映っていた少年が働いている茶屋の場所を聞いているので、道案内をしてくれていた。


 伊吹さんが言うには、半獣人族(はんじゅうじんぞく)の可愛い男の子がいる店として有名らしい。


「あっ、ここだよ。とりあえず、お茶を飲みながら話を聞いてみよっか?」


 弥生さんが先頭に立って茶屋へ入ると、中にいた店員と客の両方が驚いたようにこちらへ注目して来た。このメンバーなら驚くのも仕方ないと思う。


「5人なんですけど、二階って空いてます?」

「い、いらっしゃいませ。二階は限られたお客様だけに開放しているのですが、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「一振弥生です。伊吹姉様がたまに使っているって聞いてるけど、妹の私では駄目ですか?」


 弥生さんが名乗ると、対応していた青年は目を見開いて驚いた後、全力の作り笑顔で二階へ案内してくれた。


「あ、そうだ。この茶屋で人気の半獣人族の子と話したいんですけど、今日はいますか?」

「はい。もちろんいますが……賢一郎と宗次郎のどちらでしょう?」

「二人いるんだ。じゃあ、とりあえずどっちも呼んでください」

「か、かしこまりました」


 二階の座敷で薄い座布団に腰を下ろすと、俺は一階へ降りていく青年の足音を聴きながら弥生さんへ苦言を呈す。


「弥生さん。二人同時に呼んじゃったら、この店が回らなくなるんじゃないですか?」

「あっ、確かに……」

「伊吹さんの魔眼によると、町を私たちと一緒に行動していたということですから、どちらか一人は一緒に付いて来てくれるはずです。事情を話して、乗り気な方に動向を頼むと良いのではないですか?」


 俺と弥生さんがララミアさんの提案に頷くと、一階から誰かが登ってくる足音が聞こえて来た。入室の挨拶と共に開かれた襖から、二人の半獣人族が姿を現した。


 エラさんと違って翼は無いが、代わりに耳が犬のような獣耳になっている。漫画でよく見る犬耳キャラと違って、耳の位置は頭の上ではなく俺たちと同じで顔の横に付いているので、長い髪の毛を後頭部で縛っていなければ半獣人族だと分からなかったかもしれない。


 物腰は柔らかで愛想も良いが、ややクールに見える青年と、まだ接客に不慣れなのか笑顔がぎこちない少年の二人組だ。


 二人はよく似た顔立ちをしているので兄弟だと思う。二人とも俺と同じか少し小さいくらいの身長しかなく、顔立ちが女性のように可愛らしい。実に江戸の女性好みの男だと思う。


「お茶とお団子をお持ちしました」


 全員分のお茶と団子が配られ、弥生さんがお金を払うと、半獣人族の青年が軽く首を傾げながら尋ねてきた。


「それで、お話というのは何でしょうか?」

「私たち、人を探しているんです。ここ最近、笠を被った外国人の女性を見ませんでしたか?」

「外国だとトラリドの方はたまに見えますけど、笠を被った方は記憶にないですね」


 青年はチラリとエラさんを見てから答える。


 確かエラさんもトラリド出身だと言っていたので、翼のある半獣人族はトラリドの出身者が多いのだろう。


 しかし、俺たちが探しているのは半魔人族であって半獣人族ではない。


「人族の女性ならどうですか?」

「それだと、何人かいらっしゃった気もしますが、具体的な事は覚えていません。店に入ると笠は取りますし、わざわざどのお客様が笠を被っていたかを覚えようとはしていないので」


 笠を取っているという事は、半魔人族ではない。つまりこの店には来ていないという事だ。


「そうですか。ありがとうございます」


 話を終えると、青年は一礼して素早く一階へと降りていく。


 その後ろに付いて行こうとしていた少年の方が、思いとどまったように立ち止まると、こちらへ振り返った。


「あの……もしかして、妖魔族(ようまぞく)に付いて調べているんですか?」

「え?」


 ここでその種族名を聞くとは思わず、俺は面食らってすぐに返答できなかった。すると、これまでずっと黙っていたミレーヌさんが口を開く。


「何故、そのように思ったのですか?」


 ミレーヌさんの声は穏やかで優しく、表情はにこやかだが、やや細められた目は真剣そのもので、俺はミレーヌさんと伊吹さんが重なって見えた。彼女も伊吹さんと同じで笑顔で人から情報を抜き取ろうとするタイプかもしれない。


「あ、えっと……ぼ、僕は歴史について調べるのが好きで、本屋で昔の資料を漁ったり、神社で昔の話を聞いたりしているんですけど、よく行く神社に妖魔族の話を聞きに来た女の人がいるらしくて、その人が笠を被った金髪の女性だって聞いたので」


 俺たちは一斉に顔を見合わせた。全員が驚いた表情をしているのが面白い。まさかここまでピンポイントで当たりを引くとは思わなかった。


 俺が伊吹さんの未来視の魔眼の性能に感心していると、ララミアさんが嬉しそうに少年と会話を始めた。


「君、名前はなんて言うの?」

「えっと、小林宗次郎です」

「宗次郎君って呼んで良いかしら?」

「い、良いですけど……」


 俺たちに対する時よりもララミアさんの態度が遥かに気安い。フレンドリーに声を掛けて情報を貰いやすくする作戦かとも思ったが、ララミアさんが妙に生き生きとした顔で話しているので、純粋に彼を気に入った可能性もありそうだ。


「私はララミア・プレオベール。リンドラム帝国で魔法の研究をしていて、日ノ本へは妖魔族だけが使えたとされている魔法について調べに来たの」

「それって、鬼王(きおう)が『鬼穴(おにあな)』を作り出したとされている種族魔法ですか?」

「そう! それ、それ! 江戸の誰に聞いても詳しいことは教えてくれなかったり、そもそも知らなかったりして困っていたのだけど、宗次郎君は何か知っている?」

「日ノ本の歴史を語る腕で妖魔族関連の話は欠かせないですからね。妖魔族の種族魔法についてもある程度は知っているつもりですよ」

「素晴らしいわ! ぜひ、その辺りをじっくり聞かせて欲しいのだけど良いかしら? もちろん、ただとは言わないわ」

「で、でしたら、リンドラムの歴史について代わりに教えてもらえませんか? 日ノ本では資料が手に入りにくくて」

「お安い御用よ。リンドラムの歴史どころか、建国前の事も父さんや叔父様さんから聞いているから結構詳しいの。国家機密以外なら、たぶん何でも答えられるわよ」

「す、凄いです。ララミアさん! ぜひ、お願いします!」


 宗次郎君が目を輝かせ、ララミアさんが生き生きと喋っているところ悪いのだが、完全に別の話題に逸れている。


 かなり興味深い内容について語られようとしていたのだが、弥生さんやエラさんが困った顔をしていたので、仕方なくララミアさんの暴走を止めることにした。


「ララミアさん、その話は後でしましょう。今は笠を被った女性を探さないと」

「あっ……そ、そうだったわね」


 本来の目的を思い出してくれたララミアさんは、気持ちを落ち着けるようにお茶を飲んだ。


「実は私たち、笠を被った女性を探しているの。宗次郎君にも協力して欲しいから隠さずに言うんだけど、その人はもしかしたら半魔人族かもしれないのよ」

「えっ? は、半――魔人族!?」


 宗次郎君が顔色を変え、手に持っていたお盆を胸の前で抱えるように握る。


「……そうか、だから笠を被っているんですね」

「ええ。角を見たら、日ノ本の人たちは物凄く警戒するからね」

「でも、待ってください。半魔人族が妖魔族について調べているのって、怪しくないですか?」

「怪しいと思うわ。私ですらその手の話題を出すと町の人にちょっと警戒されるもの。半魔人族なら尚更だわ」


 宗次郎君の視線が弥生さんへと移る。


「それで一振様ほどの方が調査をしているのですね」

「私は成り行きで協力することになっただけだけどね。でも、場合によっては私だけじゃなくて姉様や夕陽様が動く可能性がある内容だから、君にも協力して欲しいな」

「もちろん、僕で良ければいくらでも協力します」


 こうして、宗次郎君の協力を取り付けた俺たちは彼を引き連れて茶屋を出る。

 手始めに宗次郎君がよく行く本屋へと向かう事になった。

宗次郎は犬系の半獣人族になります。服に隠れていますが尻尾もあります。

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