始動
江戸が鬼に襲撃されてからひと月ほど経過し、季節が秋から冬へと移り変わる兆しを肌で感じるようになって来た頃。
夕陽さん、楓さん、華火さんの三人が江戸から西へ出発した。
本格的に冬が到来すると西で鬼が大量発生するので、江戸の各討伐組から3名ずつ実力者を西へ派遣することになっている。
主力が抜けた穴を補うため、松葉組のサムライたちもより一層訓練に力を入れている。
俺は上級鬼を討伐した功績が認められたことで見習いからサムライへと昇格し、夕陽さんから刀を賜った。
とはいえ、やっていることは稽古場で弥生さんや涼子と掛かり稽古をしたり、庭で見習い達と一緒に自然魔法と一般魔法の訓練をしたりしていただけなので、これまでとそこまで大きな違いはない。
ララミアさんに教わった一般魔法はというと、俺と弥生さん、そして涼子の3人は『浄化の水』と『命の水』を習得しており、怪我の治療や汚れの洗浄にとても役立っている。
俺が『浄化の水』を使って調理器具を洗浄していたことで、一振家や七々扇邸の料理人たちも一般魔法を習得しようと努力を始めた。この調子でみんなが『浄化の水』を使えるようになればいいと思う。
目当ての魔法を習得出来たので、次は木魔法を習得しようと弥生さんたちと頑張ってはいるのだが、木刀の形にするのに苦労している。
基本の形である『緑の杖』は比較的簡単に習得出来たのだが、別の形にするのがとても難しい。元々の植物の形から離れているほど難易度が上がるとのことだ。
一般魔法にかなり興味を示していた伊吹さんは、たまに弥生さんや俺の未来を見るようにしているらしいが、それ以外の日は魔法の練習をしている姿をよく見るようになった。
すでに木魔法と水魔法は習得しており、現在は松葉組で一人だけ『石魔法』に挑戦している。
ララミアさんが木魔法と水魔法以外の下級魔法にはサムライの役に立つものが無いと言っていたが、実は中級魔法にとても便利な魔法があったらしい。それに目を付けた伊吹さんは、石魔法の経験値を貯めるためにひたすら下級魔法で石を生み出し続けている。
おかげで最近は伊吹さんが作った『石の盾』を江戸の外に運んで防壁として使えるように地面に突き刺して固定するという謎の仕事が見習い達に追加された。魔法で作られた石なので軽いのが救いだ。
俺は一般魔法の訓練を中断して屋敷の縁側に腰掛けると『命の水』を注いでおいた水筒を手に取った。『命の水』は浄水器の無いこの世界においては、世界一美味しい水なのだ。
「それにしても……江戸の町を一周しそうな量の盾が出来そうだな……」
「健之助君はそれほどまでの間、私が中級魔法を習得できないと思うのですか?」
「うっ、し、失言でした」
俺の呟きを正確に聞き取った伊吹さんがこちらへ振り返って睨みを利かせてくる。
俺が即座に謝ると、伊吹さんはニコリと笑って俺の隣に座ってきた。滅茶苦茶怖い。
「ララミアさんにも、中級魔法は熟練の魔法使いでも適性が無いと習得できないと言っていたので、江戸一周分の盾を作っても習得できなければ諦めます」
中級魔法というと、鬼魔法で言えば『霞刃』の事なので、涼子のように何年も訓練してやっと習得できるという場合もある。結局は努力と根気の勝負だ。
「そういえば、伊吹さん。中級魔法は規模が大きいから見せてもらえなかったと前に言っていませんでしたっけ? どうして中級の石魔法を知っているんですか?」
「後日、江戸の外までご足労頂いて、見せて貰いましたから」
「ええっ!? 聞いてないですよ」
「ふむ。健之助君も見たかったのですか?」
「まあ……面白そうなので」
規模の大きな魔法というのがどういうものなのか。自分の目で見てみたかったという気持ちはある。魔法というファンタジー要素にある程度慣れてきたが、やはり俺の中ではゲームに出てくる存在というイメージが強いので、魔法を見るとワクワクするのだ。
「中級魔法にはどんなのがあったんですか?」
「そうですね……木魔法は暴れる植物を生み出す魔法でした。あれも使いようによっては便利だとは思いますが、味方を攻撃しかねないので優先順位は低いです。同じ理由で『炎魔法』も駄目ですね。あれはとにかく攻撃性の塊のような魔法で、私たちが使うのには向きません」
炎魔法が危険なので使わない方が良いという意見には俺も賛成だ。
木造建築が主流の日ノ本で炎を出すなど一歩間違えば大火事に発展してしまう。この国で放火は死罪なので、ララミアさんが見せてすらくれなかったのはそういう理由だろう。
「ただ、一種類だけ習得出来れば多くの人々の助けになりそうな炎魔法がありましたが、前提条件が厳しすぎたので諦めました」
「どんな条件だったんですか?」
「『魔法LV2』以上のスキルを習得する事です」
「それは現段階ではほぼ無理ですね」
そのスキルは、俺が上級鬼を倒した時に習得した『自然魔法LV2』の一般魔法対応版スキルだ。とてもじゃないが経験値が足りない。
そもそも俺は『魔法LV1』ですらまだ習得出来ていない。LV2など夢のまた夢だ。それこそ一般魔法を使って上級鬼を倒したりしない限りは習得出来ないだろう。
「水魔法と石魔法はどうでした?」
「どちらもぜひ習得したいと思える素晴らしい魔法でした。水魔法は『命の水』を雨として広範囲に降らせる魔法。石魔法は巨大な防壁を生み出す魔法です。道のりは遠いですが、鬼討伐での死傷者を減らすのに一躍買うのは間違いありません」
範囲回復魔法と範囲防御魔法か、全体に指示を出す伊吹さんが習得してくれたら、手足となって戦うサムライたちの生存率が跳ね上がることは間違いない。是非とも頑張って習得して欲しいと思う。
「後は獣魔法ですけど、どんな魔法でしたか?」
「自分自身を強化したり回復したりする魔法が多かったです。ただし、中級魔法はデメリットが大きすぎると感じたので、人族に適していないと言われている魔法をあえて努力して習得する気は起きなかったです」
「デメリットですか?」
「少しの間、魔法が使用できなくなる代わりに、身体能力が倍になるという魔法でした」
「それは……鬼魔法主体で戦う俺たちには必要ないですね」
鬼から全力で逃げる時などは素早さが倍になるのは使えるかもしれないが、鬼魔法が使えなくなるというデメリットが大きすぎるので討伐任務では絶対に使えない。人族は獣魔法が苦手という話だし、わざわざ努力する必要はないと思った。
「……ん!? な、なんだ、あの子?」
水筒に入った『命の水』を飲んでいると、松葉組の正門近くからこちらの様子を伺っている女性に気が付いた。
この世界に来てからというもの、ララミアさん以外はほとんど黒髪の人族しか見ていなかったので、彼女の容姿はとんでもなく目立っており、俺は驚きで飲んでいた水を吹き出しかけた。
なにせ、髪の毛が桃色のふわふわセミロングで、同じく桃色の巨大な翼が生えているのだ。ララミアさんとは違って、一目で人族では無いと分かる。
「ん? 珍しいですね。彼女は楓の弟に仕えている者です」
「蓮さんに、ですか?」
「ああ、健之助君は彼と面識があったのでしたね。そうです、私もまだ子供だった頃に小鬼に襲われていた彼女を楓が助けたらしく、以降は蓮さんの護衛として共に暮らしていると聞いています」
その話から察するに、蓮さんが一人だけいると言っていた家来が彼女なのだろう。
確か蓮さんが、俺のものだとか何とか言っていた人だと思うので、家来であり彼女なのだろう。
「何か用ですか?」
伊吹さんが尋ねると、桃髪女性はビクリと身体を震わせた後で、緊張した顔で翼を動かして空中を浮遊するように近付いて来た。
どうしよう。物凄く異世界っぽくてワクワクしてきた。
俺は彼女がどういう原理で空中に浮いているのか気になりながらも、近付いてきて目の前で着地する姿を見届ける。
「れ、蓮様に連れて来て欲しいと頼まれまして……」
「私を……ですか?」
「い、いえ。その、そちらの方を……」
桃髪女性は視線を俺に向ける。どうやら蓮さんが俺に会いたがっているらしい。
「俺?」
「はい。今、お時間は大丈夫ですか?」
「平気ですけど」
「では、付いて来てください」
俺は桃髪女性に手を引かれるようにして、屋敷の玄関へと連れていかれる。
そのまま屋敷へ上がると、普段は立ち入りを禁止されている七々扇家の人々の生活スペースへと入室する。
「こ、この奥です」
桃髪女性は襖の前に立ち止まると、中で待っているのであろう蓮さんに声を掛ける。
「蓮様、お連れしました」
「ん、入れ」
蓮さんのぶっきらぼうな返事が聞こえてきたので、俺は桃髪女性と共に襖を開けて奥へと入る。
俺が連れ込まれた部屋には、蓮さん以外にも二人の女性の姿があった。
「健之助君、こんにちは」
「ララミアさん」
一人は金髪碧眼の美人ハーフエルフである、ララミアさん。そしてもう一人は、これまた美人のお姉さんだが、こちらは面識がない。
黒髪だが肌が俺たちよりも白く、堀の深い顔付きからも外国人だと一目で分かる。
「遅いぞ、エラ」
「ご、ごめんなさい」
エラと呼ばれた桃髪女性は蓮さんに謝りつつ彼の隣にちょこんと腰を下ろした。
「健之助も座れ」
「は、はい」
何が何だか分からないが、俺は蓮さんの前にあった座布団に腰を下ろす。
「えと……こ、これはどういう集まり何ですか?」
俺は異色のメンバーを見回してから蓮さんに尋ねる。すると蓮さんはあからさまに面倒くさそうに眉間に皺を寄せた。
「一から話すのは、エラに任せる」
「ええっ? わ、私ですか?」
「そもそもお前が持ってきた話だろ」
「そ、そうでした……」
蓮さんがエラさんに説明役を押し付けようとしていると、俺の隣に座っていたララミアさんが手を上げる。
「あの、私が発端だと思うので、私から事情を説明させてもらっても良いですか?」
「うん? ああ、それもそうか。じゃあ、頼む」
蓮さんの許可が出たところで、ララミアさんはどうしてこのメンバーが集められたのか語り始めた。
ついに分かりやすい別種族のキャラクターが登場しました。




