ステータスとスキル(前編)
「見ながら聞いて貰った方が良いだろうから、自身のステータスを確認して欲しい。やりかたは分かるか?」
「ス、ステータス? い、いえ……」
健之助は目の前の幽霊の言葉に激しくツッコミを入れたい気持ちを抑えながら首を振る。鬼や魔法が存在するファンタジー世界だとは理解していたが、ステータスの確認という単語から、この世界が彼の予想よりもゲーム的な要素の詰め込まれた世界だと分かった。
健之助の動揺を他所に、幽霊はこの世界の常識とも言えるステータスの確認方法すら知らなかった彼を本当の異世界人だと確信していた。彼が先ほど語った生い立ちの半分も意味が理解できなかったが、同じように彼も幽霊の説明を理解できていないはずなので、まるで幼子に親が教えるように丁寧に常識の教育をすることにする。
「頭の中で『ステータス確認』と念じながら、視線を左下に向けてみてくれ」
健之助が言われるままに念じつつ視線を左下に向けると、視界の隅に小さなアイコンのようなものが現れた。半透明のアイコンに『ステータス』と文字が書かれている。何となくそのアイコンが触れるような気がして、スマホを操作するように『ステータス』と書かれた横長のアイコンをタッチすると、視界一杯にパソコンのウィンドウのようなものが表示された。
「うわっ!」
「どうやら開けたようだな?」
「は、はい。これが――俺のステータス?」
半透明のウィンドウ越しに幽霊と会話した後、自身のステータスウィンドウに視線を戻す。
「名前、種族、性別、年齢と項目があるだろう?」
「はい。種族は人族って書いてあります」
「まずはそこから説明して行こう。この世界には汝のような人族以外にも多くの種族が生きている。亜人族、獣人族、竜族、竜人族、魔人族、そして妖魔族だ」
「その妖魔族が使う魔法があの裂け目に関係があるんですよね?」
「十中八九そうだろう。この世界において、空間を裂くことが出来るのは妖魔族のみが習得できる『天』の魔法だけだろうからな」
「……ってことは、妖魔族を探し出してその魔法を使って貰えば、俺の世界に繋がる空間の裂け目が――」
「待て、待て。先ほども言ったであろう。様々な要素から、それは難しい」
せっかく見えてきた希望への細い道を断ち切られた気分になり、眉を寄せた。同時に会話をするのに邪魔になっていたステータスウィンドウの右上にあった「×」の字をタッチしてウィンドウを消す。幽霊と視線を合わせると、彼女はとてもかわいそうなものを見る目で健之助を見つめていた。申し訳なさそうに開かれた口から、非情な真実が告げられる。
「『裂け目』がどこかへ通じているのでは――という話は妾が肉体を持っていた頃もよく議論されていた。だが実験と称して裂け目に自ら飛び込んだ者たちがこちらの世界へ帰って来たことは一度としてない。汝のような存在が向こう側からやって来たこと自体、妾が知る限り歴史上初めての事ではあるが、『裂け目』が汝の世界へ通じているという確証は無く、それどころか全く別の第三、第四の世界へ通じている可能性すらある」
「それはそうかもしれないですけど、やってみない事には分からないんじゃないですか?」
「そうだな。汝が帰れるのか、はたまた更に別の世界へと飛ばされるのか、やってみなければ分からない。だが……そもそもやってみることなど出来ないのだ」
「え?」
幽霊は健之助に同情しつつも、今を生きている彼のために続けた。
「おそらくは今この世界に生きている妖魔族は一人もいない。もしも、妾が知らない内に産まれていたとしても、人族である汝が妖魔族に接触するのは不可能だ」
「ど、どうして」
「妖魔族は魔人族の子孫の中に産まれてくる突然変異種族なのだ。魔人族は魔人族系種族だけの国で暮らしていて、希少な妖魔族が産まれたらその子は貴族の養子となるはず。敵対関係にある人族が魔人族の国に妖魔族に会うために訪れても、門前払いされるに決まっておろう?」
「敵対関係……」
「人族と魔人族は妾が産まれるよりも昔、この日ノ本や魔人族の国が建国されるよりも前から対立し続けている。近年は大きな戦争こそ起きていないようだが、それでも人族が魔人族の国へ入国するなど夢のまた夢だろう」
健之助は予想もしていなかった真実に愕然としつつ、頭の中で情報を整理する。明確に自分たちと異なる種族がいれば、間違いなく種族間の争いは起きる。人間だけの世界ですら何度も戦争をした歴史があるのだ。種族ごとに国を作って敵対していても不思議はない。
がっくりと肩を落とした健之助を見て、幽霊は慰めるような優しい声で提案する。
「汝はここを死後の世界だと思っていたのだろう? であればそういうものだと割り切って、第二の人生をこの世界で送ってみればどうだ?」
「…………」
「この世界の常識を持たない汝は生きていくだけでも大変なはずだ。人生の最終的な目標を何にするのも自由だが、まずは生きていくために衣食住の確保から動いた方が良いだろう」
健之助は幽霊の冷静な助言に納得し、落ち込んでいた気持ちを切り替えるように努めた。帰る方法を探すにしても、まずは生活の基盤を作らなければ帰る前に野垂れ死にしてしまう。
「……落ち込んでいる場合じゃないってことだけは、確かですね」
幽霊は健之助が素早く表情を切り替えたのを見て彼を見直した。自身がこの場に囚われてから気の遠くなるような月日が流れたが、目の前の少年には生前にこの国に生きていた者たちと変わらない心の強さがあるように感じたからだ。
「では、もう一度ステータスを確認してくれ。汝がこの世界で生きていくために教えておかねばならぬ事がまだたくさんある」
「分かりました。お願いします」
健之助は再び『ステータス確認』と念じて左隅に視線を向け、表示されたアイコンをタッチする。
「先ほど説明した名前、種族、性別、年齢の次に出身とあると思うのだが、そこは何と書いてある?」
「日本ですね」
「『ニホン』……先ほど汝の話に出てきた、汝の祖国だな?」
「そうです。ちなみに、ここの国名は『ヒノモト』で良いんですか?」
「そうだ。世界で最初に日が昇る国なので、日ノ本と言う」
頭の中で『日の本』という字を思い浮かべ、幽霊が着ている和服から文化的にも日本と近い国だと理解した。
「では、次のステータス項目の説明に移るぞ」
次の項目へ視線を移し、ゴクリと生唾を飲み込む。これまでの項目はこれと言って気になるところのないものだったが、ここから先は明らかに異質であり、しっかりと説明を受けなければここでの生活に支障をきたしそうなものばかりだった。
・名前:萩原健之助
・種族:人族
・性別:男
・年齢:17歳
・出身:日本
・経験値:920
・レベル:10
・生命力:200
・体力:440/480
・力:24
・魔力:20
・精神力:30
・素早さ:24
・器用さ:40
・運:40
・種族スキル:多才
・ユニークスキル:レベルダウン無効
・パッシブスキル:料理LV1
・アクティブスキル:運搬LV2
「経験値は一旦飛ばすとして、まずはレベルだな。いくつになっている?」
「えっと……レベル10です。これって、何ですか?」
「ふむ、そこからか。汝の世界ではステータス確認がない、もしくは確認方法を知る者がいないようだから、自身のレベルを知っている者もいないということか」
健之助は「そもそもレベルとかいうゲーム的な要素が現実にはない」とツッコミを入れたかったが、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。この世界ではレベルがあるのが常識で、幽霊は大真面目な顔で説明を続けている。水を差すべきではない。
「レベルとは自身の強さの指標と言えるな。一つ前に経験値の項目があると思うが、これが100貯まるごとにレベルが1上がるようになっており、レベルが上がるとその先の項目の数値が上昇する仕組みなのだ」
「経験値100で1レベルアップですか」
初めて遊ぶRPGのチュートリアルを受けているような気分になりながら、質問を交えつつ解説を聞いていく。
「生命力と体力は何が違うんですか? 言葉的には近い意味だと思うんですけど」
「生命力は怪我や病気や空腹で減少するステータスだ。0になると死ぬから気を付けるのだぞ。そして体力は疲労で減少するステータスで、こっちは0に近付くと意識を失う。まあ、よっぽどの事が無い限りは休息を取るだろうから、体力が0になった者など見たことは無いな」
生命力をゲームのHPの概念だと理解する。今は怪我も病気もなく空腹状態でもないから200だが、もしも先ほどの鬼の攻撃を受けていたらこの数字が減っていたのだろう。そして鬼から逃げるために走り回った結果、体力は480から440へ減っている。こちらは休めば回復するようなのでそこまで気にする必要はなさそうだった。
「力、素早さ、器用さ、運に関しては言葉通りのステータスだ。汝は人族だから体力、器用さ、運のステータスが他の種族よりも伸びやすい。逆に魔力や素早さは低いはずだ」
幽霊の言う通り、健之助のステータスは器用さと運だけが他のステータスの二倍近い数値となっていた。
「魔力と精神力はどんなステータスなんですか?」
「魔力はそのままだと他者へ威圧感を与える強さを表したステータスだ」
「え? 魔法の強さとかじゃないんですか?」
大抵のゲームでは魔力や知力などが魔法の強さに直結するステータスなので、健之助は予想外の返答に驚きの声を上げた。幽霊は不思議そうに首を傾げる。
「魔法の強さは使う魔法によって変わるものだろう?」
「そ、それはそうでしょうけど、同じ魔法でも使う人によって威力が違ったりしないんですか?」
「ああ、そういう意味か。それは魔力ではなくスキルで変化するものだ。魔法の威力を上昇させるスキルを持っている者といない者とで、同じ魔法でも威力が変わるな」
「スキル……」
健之助は『スキル』という言葉を聞いて、自分のステータスの最後の四項目へ目を向けた。種族スキル、ユニークスキル、パッシブスキル、アクティブスキルと並んでいる。
「スキルの説明の前に、魔力と精神力の説明を終わらせるぞ。魔力は先ほど伝えたように他者へ威圧感を与える力があるが、それ以外にも魔法を使う際に消費するものでもある。魔法を使えば使うだけ魔力は減っていき、回復には食事や睡眠が必要になる」
「じゃあ、魔法を使うとその人の威圧感は和らいでいく感じですか?」
「そうなるな」
魔力をゲームのMPに近いものだと考えながら、健之助は自分にも少なからず魔力があることに少しだけ面白さを感じていた。もしかしたら、魔法を使えるかもしれないのだ。状況が状況だけに手放しで喜んではいられないが、魔法というファンタジー要素に彼の少年心が少しだけうずいていた。
「そして精神力は魔力に対抗する力の事。相対する人物の魔力が自分の魔力よりも高いと本来なら威圧されるのだが、自身の精神力が相手の魔力を上回っていれば威圧を感じずに済むのだ」
「目の前の相手から威圧を感じたら、自分の魔力や精神力よりも相手の魔力が高いという事ですね」
「うむ。威圧はする側がやろうと思わない限りは発動しない。汝が日ノ本で威圧されるとしたら、強い魔力を持った鬼と対峙した時くらいだろう」
「えっ!? 鬼も魔力を持っているんですか?」
「全ての生命には多少なりとも魔力がある。鬼も当然ながら魔力を持っているぞ。汝は鬼から逃げてきたと言っていたが、その時に鬼から威圧を感じなかったか?」
幽霊に問われて、健之助は鬼と対峙した時の事を思い出す。現実で初めて二足歩行の異形の姿を目にし、時間が止まったかのような感覚に襲われた。しかし、あれが威圧された状態だったのかは正直分からない。
「鬼の見た目に驚いたのは確かです。けど、威圧される感覚が分からないので何とも言えません」
「ふむ。では、少しやってみようか?」
「え――」
突如として幽霊の存在感が増大する。健之助は全身の肌が粟立つのを感じ、先ほどまで友好的に見ていた幽霊に対してかつてないほどの恐怖を覚えた。たまらず一歩下がろうとしたところで震える両足が思うように動かず、バランスを崩してその場で尻餅を付く。
恐怖に怯える健之助を見た所で、幽霊は素早く威圧を解除する。すると、先ほどまでの圧迫感が嘘のように消滅し、健之助は身体の震えから解放された。
「――っ!? な、何だ? 今の?」
「これが威圧だ。その反応からして、汝が遭遇した鬼はそこまでの魔力は持っていなかったようだな」
健之助は乱れた呼吸を整えつつ立ち上がると、自分の身に起きた事を思い返して目の前の幽霊に怯える様な視線を向けた。まだバクバクと心臓が脈打っているのが分かるほどには威圧された際の恐怖が残っていた。
「すまぬ。少々やり過ぎたようだ。妾と汝では魔力と精神力に差があり過ぎた」
「……幽霊なのに、魔力もあるんですね」
「ここから動くことが出来ぬし、触ることも出来ぬが、ステータスは自由だった頃とあまり変わっておらぬからな」
「人族は魔力が低くて精神力が高いって言ってましたけど、あなたは違うんですか?」
「ん?」
本来は精神力が高いはずの人族である健之助が圧倒的な魔力を前に威圧されたのだ。幽霊の魔力の高さは人族の女性のものとは思えないほどに高かった。
健之助の疑問を聞いて、幽霊は思い出したように声を上げた。
「そうであった。人の子と会話など数十年ぶりであったので、すっかり忘れていたよ。妾は人族ではない。この姿は人族に溶け込むために使っていた『姿を変える魔法』によるものだ」
「姿を変える魔法?」
幽霊の衝撃的な告白を前にして、健之助は疑うように寄せていた眉を上げて驚いた。
「そうだ。妾はその魔法を使っている状態でここに縛られたので解除すらままならぬが、本来の姿は人族とはかけ離れておる」
「何て種族なんですか?」
幽霊は健之助の問いに少しためらうように視線を彷徨わせたあとで、ニコリと笑顔を作った。
「妾は魔人族と獣人族の混血だ」
「えっ、魔人族? それって……」
「……人族と敵対し、今ではこのありさまだ」
幽霊は自身の半透明の身体を一瞥して自嘲するように笑う。
「へ、変ですよ。じゃあ、どうして、人族の俺にこんなに良くしてくれるんですか?」
「うん? 確かに変か……だが、妾からして見れば、人族と敵対していたのなど何年前の話だと思っておる。百年や二百年どころではないのだぞ。ましてや、同じ人族とはいえ異世界から来たばかりの汝を恨むのはお門違いというものであろう?」
気にする必要はないと笑う幽霊は、健之助の目にとても寂しそうに映った。
経験値、生命力、体力などの変動を毎回計算して書くのは大変なので、そこまで頻繁に表示するつもりはないです。
次回はスキルについて詳しく教わります。




