捨て身の一撃
涼子の後に続いて貝塚家の屋敷へ入ろうとした時、中級鬼との戦いに勝利した際に手に入れた『危機回避LV1』が発動した。
玄関の引き戸の奥から強烈な殺気のようなものを感じ、俺は即座に隣にいた弥生さんを突き飛ばす。続いて涼子の着物を掴んで引っ張り、自分の体ごと脇へ倒れるように飛び退いた。
間一髪という言葉がこれ以上似合う状況は他になく、俺と涼子に直撃するスレスレのエリアを扉の裏から飛び出してきた『霞刃』が通り過ぎていった。
完璧な奇襲が回避されるとは考えていなかったのか、破壊された扉の奥から出てきた男は生きている俺たちを見て僅かに目を見開く。
「二人とも気を付けて、上級鬼だ!」
弥生さんの言葉で、俺の目の前の男が鬼だと分かる。
これまで見てきた鬼とは違い、見た目そのものに恐ろしさはなく、目つきの悪い人族の男にしか見えないが、手足が震えるほどの威圧感がある。
鬼も魔力による威圧を使うとは聞いていたが、体感するのは初めてだ。
「『霞刃』!」
弥生さんが叫び、彼女の『霞刃』が振り下ろされる。
鬼は『霞刃』を纏った刀で弥生さんの攻撃を受け止めた。
「涼子ちゃん、今のうちに家の人を!」
「――っ! わ、分かった!」
弥生さんが鬼を押さえている隙に、涼子が立ち上がって屋敷の中へと入っていった。
この鬼が上級鬼ならば、楓さんがいなければ勝つのは難しい。貝塚家の人達を逃す時間稼ぎくらいしか出来ないだろう。
俺は刀を抜くと『霞刃』を上級鬼に目掛けて横薙ぎにする。
すると鬼は受け止めていた弥生さんの『霞刃』を切り上げるように弾いてから、俺の『霞刃』にぶつける様に刀を振り下ろした。
俺の『霞刃』は鬼に届く前に地面へと叩き落とされる。
「うわっ!」
再び『危機回避LV1』が発動したので、俺は落とした刀を拾う暇もなく地面に転がって鬼の追撃を避けた。
「健之助君、下がってて!」
弥生さんが鬼に斬り掛かると、上級鬼は表情一つ変えずに彼女の攻撃を防いでいく。
俺は刀を拾って鬼から距離を取ると、意識を集中させて『霞刃』を遠距離へ飛ばす魔法である『鎌鼬』を放つ。
渾身の攻撃だったのだが、鬼は即座に反応して『鎌鼬』を刀で斬り払った。
「なっ!?」
ただ俺の『鎌鼬』を防ぐだけなら分かるが、あの鬼は弥生さんと斬り合いをしながら俺の攻撃まで防いだのだ。とんでもない技量なのは間違いない。
「今だっ!」
弥生さんが声を上げ、俺の攻撃を斬り払った鬼の『霞刃』へ自分の『霞刃』をぶつけると、当たり所が良かったのか、これまでのダメージが蓄積していたのか、鬼の刀が『霞刃』と共に半分に砕けた。
「よし!」
勝機が見えたと思った瞬間、折れた鬼の刀に黄緑色の霞が集まって、新しい『霞刃』が形成される。刀を折ったところで『霞刃』を使えるなら何の問題もないのだ。
そして、あの黄緑色の『霞刃』には見覚えがあった。
圧倒的な速さと力で鬼を瞬殺していた楓さんが使っていた『霞刃』と同じなのだ。
俺と同じ様に鬼の『霞刃』の変化を目の当たりにした弥生さんが顔色を変える。
鬼が高速で3回ほど刀を振ると、黄緑色の『霞刃』が弥生さんを襲う。
弥生さんはそれに素早く対応して防いだが、2発目の斬撃で刀に纏っていた『霞刃』が破壊され、3発目の斬撃を刀自体で受けることになった。
ただの金属となってしまった弥生さんの刀では鬼の『霞刃』を防ぐ事など出来ない。大した障害にもならずに刀は砕け散り、『霞刃』が弥生さんの左肩に直撃した。
弥生さんは『霞刃』に肩から斬り裂かれながらも、身体を後方へ倒すことで致命傷を避けることには成功した。
しかしそれでも肩の傷は浅くはなく、弥生さんは片膝を付いた状態で斬られた左肩を右手で押さえている。刀を持つことも出来ない状況だ。
「弥生さん!」
俺はこれ以上の追撃をさせないために、鬼に目掛けて『鎌鼬』を放つ。
鬼は俺の『鎌鼬』を難なく斬り払うと、今にも倒れそうな弥生さんから俺へと標的を変えた。
「け、健之助……君……」
弥生さんが目で逃げろと訴えている様に感じたが、俺がここで逃げれば間違いなく弥生さんは殺される。
俺は鬼に向かって駆け出すと、『霞刃』を使って正面から鬼と斬り合った。
死に物狂いで繰り出した攻撃を鬼は表情一つ変えずに防いでいく。
力、素早さ、技量、魔法、その全てが俺には足りない。
この程度の攻撃では上級鬼は倒せない。
もっと、もっと強大な力が必要だ。もっと大量の自然魔力を凝縮して鋭利な刃としなければ、こいつには勝てない。
俺は全神経を集中して体内魔力を操作し、自然魔力を迎え入れる道を極限まで広げる。痺れるような自然魔力を大量に身体へ招き入れ、その全てを刀へと集約させる。
俺は強く握りしめていた両手に電撃のような痛みを感じながら、『霞刃』へ追加の自然魔力を送り込んだ。
「おらぁぁあああ!」
俺の『霞刃』と鬼の『霞刃』が激しくぶつかる。
鍔迫り合いになると力が弱い俺の方が不利だが、だからといって引くわけにはいかない。全身全霊の力を込めて刀を押し込むと、何故かいとも簡単に鬼の『霞刃』が砕けた。
「――っ!?」
理由は分からないが、今までにないチャンスだ。
俺はそのままトドメまで持っていこうと『霞刃』を振り回したが、鬼は素早くバックステップで俺の追撃をかわして距離を取り、『霞刃』を復元した。
「く、くそ、当たらねえ! どうす――っ!?」
悪態を吐きつつも次の手を考えようとした瞬間、両手の激痛を感じて刀を取りこぼした。
俺は痛む手のひらに目を向ける。
激痛に苛まれている両手のひらは細かな傷が大量に付いて血に染まっていた。
「ど、どうして?」
痛みで幾分か冷静さを取り戻した俺は、視界の左隅にアイコンが光っていることに気が付く。
『レベルアップ』
『スキル習得』
『魔法習得』
当然だが、確認している余裕はない。
俺は落とした刀を拾い上げ、両手の痛みを無視して握り込む。すると貝塚家の屋敷から足音が響き、待ちに待った声が聞こえて来た。
「弥生様、健之助、無事か!?」
「涼子! 弥生さんを見てやってくれ!」
絶体絶命の状況に、屋敷の中から涼子が駆け出してきたことで、状況が一変した。
涼子は肩を押さえて今にも倒れそうな弥生さんを一瞥した後で、刀を抜いて俺の前に出る。
「ここは私に任せて、お前は弥生様を連れて下がれ!」
「で、出来るかよ、そんなこと!」
「相手は上級鬼だぞ? 弥生様が戦えない以上、私が食い止めて逃げる時間を稼ぐ」
「それじゃあ、お前が死ぬだろ!」
「弟と妹は裏口から逃がせた! もう悔いはない!」
ダメだ。涼子の奴、完全に死ぬつもりだ。
どうやら家族は無事だったみたいだが、俺と弥生さんを逃がす代わりに涼子が死ぬなんて許容できるわけがない。
俺は両手の痛みを無視して、先ほどの感覚を呼び起こす。
あの瞬間の俺の『霞刃』は明らかにおかしかった。俺たちよりも強力な鬼の『霞刃』を正面から破壊したのだ。あれをもう一度使うことが出来れば、この状況を打開できるかもしれない。
ビリビリと痺れる感覚が体内を通過して血塗れの両手に激痛が走る。
「――ぐっ!? い、いってえぇえ!」
「け、健之助? なんだ、それは!?」
さっきはちゃんと見ていなくて分からなかったが、俺の『霞刃』が黄色い光を帯びている。
涼子が驚き、鬼が警戒するように刀を構える。
やはり、この『霞刃』はあの鬼も怖いみたいだ。
「ダ、ダメだ……維持できない。痛みが強すぎる」
俺はぼたぼたと流れ出る血で刀が滑らないように着物の袖で拭いつつ、通常の『霞刃』に戻す。
「お、お前……もしかして」
「涼子、今の『霞刃』なら、あいつをやれる。協力してくれ!」
俺が頼むと、涼子は血が止まらない俺の手を見て息を呑んだ後で、意を決したように頷いた。
「分かった。私はどうすればいい?」
「とにかくあいつの動きを止めてくれ。そうしたら、俺の全てを賭けてあいつを倒す」
「……信じるぞ」
涼子は鬼に向かって『身体強化』を使って接近すると、目の前で『霞刃』に切り替えて、鬼と斬り合った。
やっぱり涼子は凄い。
俺や弥生さんでは終始圧倒されていた上級鬼と互角の斬り合いを見せている。
両者の戦闘能力は完全に拮抗し、高速の刃が何度もぶつかり合う。涼子と上級鬼の違いはただ一つ。『霞刃』の強度だけだ。
何回目かの激突で、涼子の『霞刃』と刀が砕けた。その隙を逃さんと鬼が前に出て、涼子へ斬りかかる。
すると、涼子は『身体強化』を使って鬼の攻撃を回避しつつ、鬼に回し蹴りを食らわせた。
あの状況で回避しながら蹴りを出せるのか。
鬼は全く予想していなかった攻撃によろめき、片膝を付く。
「健之助、今だっ!」
「分かってる!」
涼子が作ってくれた攻撃のチャンスを生かすべく、俺は大量の自然魔力を刀へと送り込んだ。
両手の激痛に耐えて完成した『霞刃』はバチバチと音立てて黄色に輝いていた。
「くらぇぇええええ!」
鬼は『霞刃』で受け止めようとしていたが、俺の『霞刃』は鬼の『霞刃』を軽々と切断し、鬼の身体を縦に両断した。
鬼の死を見届け、全身の力が一気に抜けていく。
『レベルアップ』
『スキル習得』
『魔法習得』
視界の片隅にアイコンが見えた気がしたが、俺は詳細を確認する前に意識を失った。
霞刃のバリエーションについてはそのうち分かります。
次回はお偉方に結果報告です。




