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遭遇

 健之助君と涼子ちゃんの二人と共に、私は川上へと走っていた。


 前世の記憶を取り戻したとはいえ、17年間弥生として生きて来た記憶や経験が消えたわけでは無いので、日本で学生をやっていた時とは違って鬼と戦う事にそこまでの抵抗はない。


 健之助君は人の死体を見て恐怖に怯えているようだったが、私は酷い惨状を見て恐怖よりも怒りを覚えた。


 知り合いが殺されたわけではないのだが、江戸の町の人々は全て守るべき対象だと考えているサムライとしての心が、私の怒りの感情を増幅させているのだろう。


 今すぐに目の前の鬼を皆殺しにしてやろうと考えているサムライの私と、冷静に状況を分析してブレーキを踏もうとしている日本人の私がぶつかり合った結果。


 目の前の鬼を斬り殺すのではなく、鬼の作戦を台無しにしてやる方が良いと判断が下された。


 私が同じように怒りで周りが見えなくなりかけていた涼子ちゃんを諭すと、彼女は必死に頭に登った血を下げて冷静さを取り戻し、鬼の狙いに気付いてくれた。


「川上に鬼がいるの?」

「分かりません」

「えっ?」

「ですが、鬼は明らかに私たちを川下へと誘導しています。つまり、川上の鬼は全て始末したという安心感を私たちに与えたいのだと思ったのです」

「じゃあ、川上に鬼の主力が潜んでいる可能性があるってことかな?」

「かもしれません。どちらにしろ、鬼の侵入経路を確認すれば見えてくるものがあると思います」


 どうやら彼女もまだ鬼の作戦の全貌を把握したわけではないらしい。


 私たちは新たな情報を求めて川沿いを走る。


 人と鬼の死体が入り混じる地獄のような場所を駆け抜け、江戸の北西に辿り着く。


 江戸は北西と北東の二か所から川が流れており、それぞれ北門を守っている討伐組と東門を守っている討伐組が見張りをしている。


「……ここは三岳(みたけ)組のサムライが守っているはずですが」


 涼子ちゃんがキョロキョロと辺りを見回すが、それらしいサムライの姿は見えない。

 遺体があるわけでもなく、近くに鬼の死体も見当たらないのでここで戦闘が起きたとは考えにくい。


「持ち場を放棄して鬼討伐へ向かったのかな?」

「さすがにそれはないと思いますが」


 私と涼子ちゃんが見張りがいない理由を考えていると、健之助君が川に向かって指を向ける。


「水中にいることは考えられませんか? 嫌な考えですけど、殺して川に流せばこの状況は作り出せます」

「確かにそうだけど、争った痕跡も全くないよ?」

「こういう場所の見張りに立つサムライって実力的には華火(はなび)さんくらいはあるんでしょうか?」

「まさか。華火姉様(ねえさま)は冬の移動を打診されるほどの強者だよ? 川の見張りは門よりは重要度が低いから、平均的な強さのサムライ二人とか、ベテラン一人と新米一人みたいな構成が普通かな」

「立っていても二人なんですね?」

「うん」

「なら、やってやれない事は無いと思う。たぶん俺でも出来るし、頭の良い中級鬼ならやりそうだ」


 健之助君の言葉に私と涼子ちゃんが戦慄する。


 争った形跡が無いという事は少なくとも二人のサムライを瞬殺したということだ。しかし、健之助君はそれを「俺でも出来る」と言い放った。

 発言したのが健之助君以外の見習いだったらサムライを舐めるなと怒っている所だ。


 私は踏み止まったが、涼子ちゃんはそうではなく健之助君の胸倉を掴む。


「健之助、あまり適当な事を言うな。ここに立っていたサムライは私や弥生様と同等の強さを持っていたはずだ。それをお前が簡単に殺せると言うのか?」

「正面からじゃもちろん無理だけど、川を使って奇襲すればたぶんやれるぞ」

「……どうやって?」

「まず、『凪』を使って水中を泳いで接近する」

「は?」

「えっ?」


 私と涼子ちゃんは同時に声を上げた。


 鬼が水中で『凪』を使って侵攻してくるなど、欠片も考えていなかったからだ。


「お、鬼が『凪』を使うのか?」

「そりゃ使うだろ? 『鬼魔法(おにまほう)』は元々鬼の魔法だ。『霞刃(かすみやいば)』を使う鬼がいるんだから、『凪』を使える鬼もいるはず。そして水中で射程圏まで接近したら『霞刃』で奇襲。これでよほどの使い手じゃない限りは暗殺出来ると思うぞ。中級鬼は両手に『霞刃』を使っていたから、二人同時も可能だ」


 私は凝り固まった考え方しか出来ていなかった自分を責める。


 鬼が『凪』を使っていたなんて報告は私が討伐組に入ってからは一度もない。鬼が使う魔法と言えば、『魔力刃(まりょくやいば)』と『身体強化』。それと『霞刃』だった。


 私たちはいつの間にか、『鬼魔法』が鬼のものではなく、サムライの魔法だと考えるようになっていたのだ。


「……もしそうなら、ここを突破するのは簡単だな。鬼が水中を泳いで来ることもこれまではなかったから、見張りが警戒していたのは陸と水上だけだ。水中に目を向けていなくても無理はない」

「じゃあ、ここは健之助君の言う通りの方法で突破されたと仮定して、鬼たちは次にどう動いたと思う?」


 私が尋ねると、涼子ちゃんは腕を組んで考え始める。


 健之助君も考えているようだが、私と同じで何も思い付かないようだ。


「……全ての鬼が暴れながら川下へ向かったとは考えにくい。それを陽動として主力が別方向へ向かったと見て間違いない。江戸城――は松葉組に守られている。夕陽様や華火様なら上級鬼でも討ち取れる。いや、鬼の狙いはもう安全だと誤認させる事? 『凪』を使える鬼……最終目的の『鬼王(きおう)の骨』……」


 涼子ちゃんは焦ったような目で、私を見た。


「弥生様。鬼の狙いは私たちが警戒を解くまで江戸内に潜伏する事だと思います。もし、『凪』を使って江戸城へ侵入するなら、どうしますか?」

「夜まで待つ……かな?」

「私もそうします。それなら、江戸内で隠れる場所が必要だと思いませんか?」

「うん。江戸城に近くて、人目に付かない屋内のどこかだと思う」


 まずいことになった。

 鬼が『凪』を使って隠れているなら、発見するのは簡単じゃない。


「急ごう。江戸城に近い家を虱潰しに探し回るしか方法がない」


 私は涼子ちゃんと健之助君を連れて江戸城の方向へ駆け出した。


 江戸城の堀は川から水を引いており、鬼が暴れていた川からも繋がっている。


 私たちは先に江戸城へ立ち寄ると、今までに見たことが無いほどの威圧感を放っている夕陽様に状況を報告した。


「……鬼が『凪』を使うか。可能性としては有り得るが、私はこれまで鬼が『凪』を使ったという話は聞いたことが無い」

「で、でも、状況から考えると、そうとしか思えないんですよ!」

「健之助君、落ち着きなさい。私は君の話を信じていないわけでは無い。だが、上様から松葉組は見習いも含めて騒動が収まるまで江戸城の守りを固めるようにと仰せつかっている。私たちはここを動くことが出来ない」


 潜伏している鬼が主力と考えると、上級鬼の可能性がある。出来れば伊吹姉様や華火姉様の力を借りたかったのだが、上様からご命令があるならば、夕陽様や姉様たちは江戸城を離れるわけにはいかないだろう。


「楓と君たちは秘密の特訓とやらのために長期任務に就いている扱いになっていたので、江戸の守りに就く必要はない。ここへ方向に来た事は黙っておくので、楓と合流して周辺の家を探りなさい」


 どうやら、長期任務に就いている扱いだった私たちが江戸城に訪れたことが知れると、なぜ有事に江戸城の守りを優先しなかったのかと罪に問われる可能性があるようだ。


 夕陽様は周囲を気にするようにしながら、私たちに早く離れるように言ってくる。


 私たちは慌てて来た道を戻り、江戸城から見えない位置まで移動した。


「協力はしてもらえなかったけど、最低限『凪』の事は伝えられたから、江戸城に鬼が侵入することは出来なくなったね」


 夕陽様や姉様たちなら、鬼が『凪』を使って川を侵攻してくる可能性があると分かっていれば、対処することが可能なはずだ。3人は『妖魔写し(ようまうつし)』と呼ばれる特殊体質で、他のサムライたちとは実力の次元が違う。


 1000年前に『鬼王』と呼ばれて恐れられた妖魔族(ようまぞく)に匹敵する力を持っているのだ。不意を突かれない限りは負けるはずがない。


 私が楓様は現在どこにいるのだろうと考えていると、涼子ちゃんが焦ったように口を開く。


「すみません、楓様を探すよりも先に、すぐそこにある私の家を確認しても良いですか?」


 どうやら貝塚家の屋敷が近くにあるらしい。

 私も一振家の屋敷にいる奉公人たちが無事か気にはなるが、この3人で上級鬼と遭遇しても勝てるか分からない。楓さんとの合流を優先するべきだ。


 私は即座に首を横に振る。


「私たちだけじゃ、もしも鬼が上級だった場合対処できないよ。急いで楓さんと合流しよう。楓さんなら上級鬼でも一人で討伐できる」

「私たちだけで上級鬼に勝てないとしても、家族を守って逃がすことは出来ると思います。すぐ近くなので、先に確認させてください。妹と弟がいるんです」


 私は知らなかったが、涼子ちゃんには妹と弟がいるらしい。家族が心配な気持ちは理解できるので、私は返答に困っていると、健之助君が私の肩に手を置いた。


「ここで言い争っている時間も惜しいですよ。さっさと涼子の家を確認して、楓さんと合流しましょう」

「健之助君……」


 サムライとして考えるなら、絶対に楓さんとの合流を優先した方が良い。けれど、健之助君を見ていると、日本人の私が顔を覗かせる。


 この空気で断ったら私が冷徹なサムライみたいになるではないか。健之助君は本当にズルいと思う。


「分かった。急いで涼子ちゃんの家に向かおう」

「ありがとうございます! こちらです!」


 涼子ちゃんの後を追って、貝塚家の屋敷へと到着する。本当にすぐの場所に屋敷はあった。


 貝塚家は静寂に包まれており、庭には奉公人すら一人もいない。


「鬼の知らせを聞いて閉じこもっているんだと思うけど……」


 私には伊吹姉様のような未来を見る力はない。だから今の私が感じているのは、確証の無いただの予感でしかない。

 けれど、物音一つしない貝塚家の屋敷が、私には酷く不気味に見えていた。


「涼子だ! 只今戻ったぞ!」


 涼子ちゃんが叫ぶように帰りを知らせるが、屋敷から人が出てくる様子は見られなかった。


 私たちは顔を見合わせる。


 どうやら私と同じように涼子ちゃんと健之助君も嫌な予感がしているようだった。


「鬼に怯えて屋敷の奥に籠っているのかも知れない。とにかく中を確認します」


 涼子ちゃんと一緒に屋敷へ入ろうとしたところで、健之助君が声を張り上げた。


「危ないっ!」


 突然、健介君が隣にいた私を突き飛ばすと、涼子ちゃんの着物を掴んで扉から引き離すように自分ごと身を投げた。


 『身体強化』を使っていたのか、物凄い力だ。私はなす術もなく突き飛ばされて貝塚家の庭に転がった。


 私は驚きと共に、懐かしさを感じていた。


 あの日。裂け目に落ちそうになった私を助けてくれた時も、こんな風に乱暴に地面に転がされた。


 そして今、健之助君によって突き飛ばされた私たちは、貝塚家の玄関を破壊して飛び出してくる自然魔力を目にしていた。


 完璧な奇襲。あのまま進んでいれば、私たち三人は同時に絶命していたと分かるほど強力な『霞刃』が屋敷から飛び出し、庭を引き裂いていく。


 私は即座に体制を立て直して、刀を抜いた。


 一の太刀を外した敵が屋敷から姿を現す。


 私たちと変わらない背丈。人族と変わらない容姿。


 ボロボロの着物を身に纏ったそいつは、銀色に煌めくサムライの刀を携えている。


 私は即座にユニークスキルを発動して、得体の知れない敵を見る。


・名前:

・種族:

・性別:

・年齢:

・出身:

・経験値:3420

・レベル:35

・生命力: 700

・体力: 700

・力:126

・魔力:210

・精神力:175

・素早さ:126

・器用さ:168

・運:70

・パッシブスキル:刀LV2、自然魔法LV2、気配察知LV2、消音LV2

・鬼魔法:魔力刃、身体強化、凪、霞刃、鎌鼬

・鬼神魔法:風の霞刃


 鬼特有の空欄だらけのステータス。その後半部分を目にして、私は死を覚悟した。


「二人とも気を付けて、上級鬼だ!」

ついに上級鬼と遭遇しました。

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