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努力の結晶

 俺が涼子に地獄の特訓を課してから一週間が経った。


 あれから涼子は本当に常時『身体強化』を使っており、さらに裏庭で俺たちの稽古まで付けてくれるという超人的な努力を重ねていた。


「……ぐっ、げ、限界だぁ!」


 涼子が音を上げるように叫んで裏庭に仰向けで倒れる。特訓開始から毎日のように見る光景だ。


 『鬼魔法(おにまほう)』は自然魔力が源なので、集中力以外に負担は無いかと思われがちだが、実際には大地から自然魔力を体内へ呼び込むための道を体内魔力で作っているので、少量の体内魔力を消費しているらしい。


 検証した結果分かったのは、長時間使用した時にだけ少しずつ魔力が減少するということだ。


 魔力も体力と同じで休息で回復するのだが、魔力の回復中だと体力の回復が遅くなるらしく、俺たちの稽古に付き合っている涼子は魔力よりも先に体力が底を付いて倒れてしまうのだ。


「大丈夫か、涼子?」

「これが……大丈夫に、見えるか? くそっ、魔力が減ると、体力が回復しない……なんて、聞いてないぞ!」


 息も絶え絶えに答える涼子へ水筒を渡す。

 涼子は何とか息を整えながら上体を起こすと、水筒に口を付けようとしたところで固まった。


「どうした?」

「……い、いや……何だ、これ……?」


 涼子は水筒を地面に置くと、何もない空間を触って何かを確認している。


「もしかして、ついに来たか!?」

「違う。魔法じゃなくてスキルだ……『魔力回復LV1』? き、聞いたことないぞ?」

「効果は?」

「……10秒で最大魔力の1%を回復できるみたいだ」

「てことは、1分で6%。10分で60%か。便利だな?」


 おそらく、何度も魔力を消費した結果、習得出来たスキルだろう。


 しかし、涼子はこの特訓がやりやすくなりそうなスキルを習得出来たというのに、あまり嬉しそうにしていない。


「便利は便利だが、これはアクティブスキルだぞ。意識的に使うスキルで、使い続けるのに体力を消費する。結局変わらない気がしないか?」

「どうだろうな? そのスキルを使ってさっさと魔力を全回復させた方が、結果として体力の回復も早い可能性はあると思う」

「……せっかく、習得出来たスキルだし、一応使ってみるか」




 涼子が『魔力回復LV1』を習得してから更に3日が過ぎた。


 俺と弥生さんは涼子との特訓を通して確実に刀の腕をあげており、二人には言っていないが俺はレベルアップもした。


 秘密にしている理由は、蓮さんが最大で15までしかレベルが上がった事が無いと言っていたので、俺はそれ以上のレベルであることを言わない方が良いだろうと思ったからだ。


「涼子ちゃんが疲れにくくなったおかげで、私たちの稽古は捗っているけど、本当に大丈夫なの?」


 弥生さんが顔色の悪い涼子を気遣うと、どういうわけか涼子は俺を睨んだ。


「健之助の言う通りに常時『身体強化』を使っているので、体力的に問題無くても精神的な負担が大きいんですよ。もう一週間以上続けていますが、一向に『霞刃(かすみやいば)』が習得できる気配はありませんけどね」

「私も真似してちょっとやってみたけど、ずっと『身体強化』を維持するのって難しいもんね」


 弥生さんが困った子供を見る様な目で俺を見る。そんな目で見られても、今は試行錯誤でやっていくしかないのだから仕方ないと思う。


 俺が他に良い特訓方法はないだろうかと考えていると、裏庭の端で魔法の訓練をしていた蓮さんが声を上げた。


「――き、きたっ! きたきたきたきたぁ!」


 全員の視線が蓮さんへ集まる。


 持っていた竹刀を空高く掲げている蓮さんは、その先を見て目を輝かせながら喜びの声を上げていた。


「姉上! 健之助! これって、そうだよなっ!?」


 蓮さんの持つ竹刀の先には霞が集まって長い刀身を形成していた。まごうことなき『霞刃』だ。


「うん。間違いなく、『霞刃』」

「やりましたね、蓮さん」

「これが『霞刃』か……やっと……やっと習得出来た!」


 蓮さんは自分の『霞刃』を嬉しそうに眺めた後、安全のために解除した後で俺に向き直る。


「半信半疑だったが、本当に『霞刃』を習得出来た。ありがとな、健之助」

「蓮さんが頑張ったからですよ」


 俺の言葉に蓮さんは目を丸くして驚いた後、フッと力が抜けたように笑った。


「男は好きじゃないが……お前は別だ。気に入ったぞ、健之助。俺の家来になる気はないか?」

「家来? 蓮さんの護衛とかですか?」


 突然のお誘いに驚きつつも、その言葉の真意を探るべく慎重に言葉を選ぶ。


 気に入ってもらえたのは嬉しい限りだが、今の俺は松葉組のサムライ見習いだ。彼の護衛にジョブチェンジするメリットはあまり感じられない。めでたい空気を壊さないようにお断りするにはどうしたら良いだろうか?


「それも仕事に入る。今の俺の家来は一人だけだし、頼りない奴だからな。お前は男だが日ノ本の他の男どもみたいな軟弱野郎じゃない。俺ほどでは無いが、優秀だと姉上からも聞いている。どうだ?」


 どうだと言われても、答えはノーに決まっている。


 俺が良い感じの断り文句はないだろうかと必死に考えていると、弥生さんが助け舟を出してくれた。


「蓮さん、健之助君は松葉組のサムライであり、一振(ひとふり)家の専属料理人です。引き抜きは夕陽様と伊吹姉様(ねえさま)の許可が必要ですよ?」

「む。あの二人か……難敵だな」


 上手い。いくら蓮さんといえども、夕陽さんと伊吹さんの名前を出せば、家の権力と姉の名声を笠に強行突破は出来ないようだ。


「蓮。健之助に目を付けたのはさすが。でも、蓮は健之助を家来に入れて本当に大丈夫?」

「どういう意味だ、姉上?」

「健之助はモテる。既に華火(はなび)と弥生は籠絡済み。涼子も圏内。そのうち夕陽も危ないかも」

「「「ええっ!?」」」


 楓さんの爆弾発言に、俺と弥生さんと涼子が同時に声を上げた。


 何て出まかせを言ってくれるんだ、この人は?


 そりゃ、弥生さんとは良い感じに距離を縮めているけど、華火さんは恋愛というより俺の作る料理目的だし、涼子は友達とか仲間とかライバルって関係だ。夕陽さんに至ってはそんな雰囲気は微塵もない。


 俺が楓さんの妄想力の逞しさに頭を抱えていると、蓮さんが恨めしそうに俺を見た。


「お前、そっち方面も優秀なのかよ」

「い、いや、誤解です!」

「健之助は天然だから自覚がないだけ」


 超が付く天然の楓さんにだけは言われたくないですけど!?


 俺は思っても口に出来ない暴言を心の中で吐きながら、楓さんを睨む。


「蓮が健之助に負けるとは思わないけど、家来に入れたらエラに手を出されるかも」

「ぐっ!? そ、それはダメだ! あいつは俺のだぞ!」

「うん。だから、健之助を家来にするのは諦めた方が良い」

「……ちっ、仕方ないか。健之助、今の話は無かったことにするぞ」


 何だか分からないうちに、俺が物凄い悪役に仕立て上げられて、誘いが撤回された。


 楓さんが蓮さんに見えない角度で俺に向かってウインクしているのがムカつく。上手くやったつもりだろうが、俺はそれ以上のものを失った気がするよ?


 あと、ウインクの文化って日ノ本にあったのか。


「家来にするのは諦めるが、代わりに何か褒美はいるか?」

「褒美ですか?」

「ああ。女以外で頼む」

「そんな事、頼みませんよ!」


 すっかり俺が女たらしのようなイメージが付いてしまったではないか。


 チラリと弥生さんと涼子を見ると、俺と視線があった途端に目を逸らされた。気まず過ぎる。


「……じゃあ、旅費を貰えませんか?」

「旅費? どこへだ?」

「北にある那須野原ってところまでです」

「そんな田舎に何の用だよ?」

「ちょっと前にお世話になった人が居るんです。生活の地盤が固まったら、挨拶に行きたいって思っていたんで」


 今の俺は一振家と松葉組のおかげで不自由なく暮らせてはいるが、特に小遣いや給料を貰っているわけではないので、幽霊に挨拶に行く旅費も無いのだ。


 何か褒美が貰えるならそれが良い。


「分かった。今度、用意させておく」


 蓮さんが話を終えて満足そうに屋敷へと戻っていくと、涼子が不満そうな響きの声で話しかけて来た。


「健之助、お前、華火様と弥生様の二人と関係を持っていたのか?」

「か、関係って……誤解だって言っただろ?」

「ふうん? 私も圏内なのか?」

「だからそれは楓さんの妄想だって! 楓さん、よくも変な話をしてくれましたね!」


 俺が元凶である楓さんを睨むと、彼女はとぼけるように首を傾げた。


「半分くらいは真実だよね?」

「怒りますよ!」

「ごめん、冗談。涼子は真に受けすぎ。あれは蓮の誘いをかわすための咄嗟の嘘」


 俺がちょっと本気で怒ろうかと思ったら、楓さんはそれを察したのか即座に謝罪する。涼子はそれでも不満そうではあったが、とりあえず俺の名誉は守られた。


「それにしても、涼子よりも先に蓮が『霞刃』を習得するとは思わなかった」

「うっ……」


 俺が意図的に避けようと思っていた話題に、楓さんが堂々と踏み込む。

 涼子は現状を思い出したのか、暗い表情で俯いてしまった。


「わ、私は彼よりも才能が無いのだろうか……」

「そうかも。蓮は呪いさえなければ私より優れていたはずだから」


 江戸最強である楓さんが自信満々で弟を持ち上げる。


 俺たちから見るとかなり不遜で扱いの難しそうな人だったが、楓さんから見れば可愛い弟なのだろう。


 俺は才能の無さに嘆いている涼子を眺めながら、経験値について考える。


 現在の涼子は江戸で並ぶ者がいないほど『鬼魔法』を長時間使用して魔法の経験値を貯めているはずだ。いくら彼女に才能が無いと言っても、それを上回るくらいの努力をしていると思う。


 しかし、一向に習得が出来ない。もしかして経験値以外の条件が揃っていないのではないだろうか?


 最初はレベルアップかとも思っていたのだが、俺はおなじ『鬼魔法』である『獣の目』を習得した時にレベルアップはしていない。ということは、『鬼魔法』の習得にレベルアップは必須条件ではないと考えられる。


 そこまで考えた時、俺は最後のトリガーを押していないだけなのではと思い至った。


「涼子、『魔力刃(まりょくやいば)』って最近使ったか?」

「え? い、いや? 『身体強化』をずっと使っているから、もう何日も使って――」


 やはりそうだ。

 俺の質問から意図を察したらしい涼子は、目を見開いた後で薄ら笑いを浮かべた。


「――い、いや、まさかそんな……」

「ここまで努力したんだ。とっくに『鬼魔法』の経験値は貯まっていると思う」

「き、期待させるだけさせて、出来なかったらどうする?」

「なんで弱気になってるんだよ。もう自然魔力の操作に関しては誰よりも上手いだろ? その勢いでやってみてくれ」

「……で、出来なかったら、恨むからな」


 涼子は不安そうな顔で竹刀を構えると、目を閉じて意識を集中させた。


 ゆっくりと深呼吸した後で目を開くと、そこには不安そうだった少女の姿はなく、一人のサムライが溢れ出る自然魔力を竹刀へと集める姿があった。


 肉眼で確認出来るほどに高密度の自然魔力が霞のように集まって巨大な刀を作り出す。

 誰が見ても、間違いなく『霞刃』だ。


「で、出たぞ! やったな! おめでとう、涼子!」


 俺は自分の事のように嬉しくなって涼子に祝福の言葉を送るが、彼女からの返答はない。


 涼子はただ自分の『霞刃』を見つめて立ち尽くしていた。


 言葉を失い、瞬きすら忘れて、美しい自然魔力の塊に見入っている。


「涼子?」


 俺が心配になって彼女の肩に触れると、集中が途切れたのか『霞刃』が霧散する。


 涼子は俺の顔を見た後で脱力し、その場に崩れ落ちるように座り込んでしまった。


「だ、大丈夫か?」

「……ああ。大丈夫だ」


 俺が隣に膝を付いて目線を合わせてやると、涼子は力なく笑って見せた。


「私の『霞刃』、どうだった?」

「凄く綺麗だった。やったな」

「おめでとう、涼子ちゃん」

「……これで一人前だね」

「あ、ありがとうございます」


 弥生と楓さんからも祝福の言葉がかけられると、涼子の笑顔から涙が零れた。


「あっ」


 涼子は慌てて涙を拭う。


 前に泣かしてしまった時と同じ仕草を見て、俺は呆れるように言う。


「嬉し涙くらい、良いんじゃないか?」

「う、うるさい。サムライは涙を見せないものなんだ!」

「そうか。その割には止まらないみたいだけど」


 涼子の瞳から次々と溢れ出る涙をからかうと、彼女は顔を真っ赤にして俺の身体に抱き付いて来た。


 俺はバランスを崩して尻餅を付く。


「おわっ!? な、なんだよ!? どうした?」

「う、うるさい! 顔を見るな!」

「いや、顔は見えないけど! この状況はそれ以上にまずいだろ!」


 一向に泣き止む気配がない涼子は、俺に抱き付いたまま落ち着くまで離れなかった。

楓は蓮を溺愛していますが、甘やかしてはいないので彼が暴走しそうな時はいつもさりげなく軌道修正しています。

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