裏庭特訓
俺、涼子、弥生さんの3人が特訓するという噂はたちまち松葉組内に広まった。
とはいえ特訓なので、他のサムライや見習いがいるところでやるわけにもいかない。すると、話を聞き付けた楓さんが特訓の場所として七々扇邸の裏庭を提案してくれた。
普段から松葉組の面々が利用させて貰っている七々扇邸だが、当然ながら普通に七々扇千奈さんの家であり、俺たちが立ち入りを禁止されている区画は沢山ある。
俺は正門側の庭、稽古場、玄関、台所、書類仕事用に使われている部屋くらいしか出入りしたことがなかったが、奥には七々扇家の人々の生活スペースがあるのだ。
そして屋敷の裏側に回り込むと、正門側の庭と同じくらいの広さの庭があった。池などもあり、こちらの方が豪華に見える。
「ここなら他のサムライたちに気を使わずに暴れられるよ」
「俺たちだけ、良いんですか?」
「うん。ここは普段、弟しか使わないから」
「弟?」
楓さんに弟がいたのは初耳だが、驚くことでもない。だが、弟が使っているとはどういう意味だろうか?
見たところ庭木や庭石なども綺麗に手入れがされているようなので、弟さんが管理している庭という意味かとも思ったが、それにしては言い回しが変だ。
弥生さんと涼子も変だと思ったのか首を傾げている。
「健之助、弟に紹介しても良い?」
「それはもちろん。良いですよ」
俺が了承すると、楓さんは縁側から屋敷に入り一人の男性を連れてきた。
楓さんの弟らしき男性を見て、俺たち3人は同時に息を呑んだ。
「私の弟の蓮。仲良くしてあげて」
蓮と呼ばれた楓さんの弟は、俺と同じ袴姿であり、日ノ本では俺以外に見ることがない短髪だった。
年齢はおそらく年上で、20代前半くらいに見える。イケメンと言って差し支えないほどに整った顔立ちだが、目付きが悪い上に愛想なく口を引き結んでいるので少々とっつきにくそうな雰囲気だ。
「姉上がよく話している健之助か」
「は、はい。よろしくお願いします」
「どうやったんだ?」
「は?」
なんだ?
何を聞かれている?
俺は突然内容の分からない質問をされて困ったように首を傾げた。
蓮さんは面倒そうに眉を寄せると、今度は分かりやすく質問してくれた。
「だから、男のお前がどうやって『霞刃』を習得したのかって聞いているんだ」
「どうやってって、自然魔力を大量に身体に流して、それを刀に集めたら出来ましたよ?」
「そんなのは何年も前に姉上から聞いて知ってる。俺が知りたいのは男のお前が呪いを無視して魔法を習得している方法だ!」
「呪い? 呪いはレベルが下がりやすくなるだけじゃないんですか?」
「は?」
「え?」
何だろう。異様に会話が噛み合っていない。
「蓮、健之助は外国育ちだよ」
「ああ……そういやそんな話だったっけ」
蓮さんは苛立ちをため息と一緒に吐き出して、仕方なさそうに説明を始めた。
「日ノ本の呪いってのは、男だけレベルが下がりまくるって思われてるが、正確にはそれだけじゃない。この呪いは男がとにかく弱くなるように出来てるんだ」
「弱くなる……レベルだけじゃないって事ですか?」
「忌々しい事にな。おそらく、ありとあらゆる経験値が土地に吸われてる」
「ありとあらゆる? 待ってください。つまり、スキル経験値や魔法経験値が存在するって事ですか?」
「……お前――意外と呑み込みが早いな」
呑み込みが早いというより、ゲームでよくある設定だから聞いてみただけだったのだが、正解だったようだ。
つまり、ステータスで確認しても俺自身の経験値しか表示されていないが、見えていないだけでスキルや魔法の経験値も存在しており、それが一定に達するとスキルや魔法を習得できるということだろう。
「でも、弥生さんからはそんなこと教わらなかったんですけど、一般的に知られている内容ですか?」
俺が弥生さんへ視線を向けると、弥生さんと涼子が同時に首を振った。
「そんなの初めて聞いたよ」
「女の私には関係ない話だからな。詳しく調べたことは無い」
なるほど。これはこの国で生まれ育った男性である蓮さんだから分かった事なのかもしれない。弥生さんは男兄弟がいないので、呪いの詳細までは分かってなかったのだろう。
「それで、お前はどうやって『霞刃』を習得したんだ?」
「申し訳ないですけど、さっき説明したやり方で習得しただけなんで、特別な事はしていないです」
「…………マジか?」
「マジです」
蓮さんは大きくため息を吐くと、縁側にドカッと座る。
「ここで稽古するんだろ? 男のお前がどれだけ戦えるのか見せてみろ」
「わ、分かりました」
俺は弥生さんと涼子と一緒に裏庭の中ほどまで移動すると、二人に小声で話しかけた。
「あの人……ちょっと変わってないですか?」
「日ノ本の男の人っぽくはなかったよね」
「健之助よりも不遜な男なんて初めて見たぞ」
「涼子、俺は良いけど楓さんの弟にそれは不味くないか?」
「ぐっ……仕方ないだろ、あんなの他になんて言ったらいいんだ?」
「荒っぽい喋り方ではあったけど、涼子も似たようなものじゃないか」
「私は女だから良いだろう?」
俺は当然のような顔の涼子の言葉を苦笑いで流しつつ、気持ちを本来の目的へと切り替える。
「ともかく、せっかく裏庭を貸してもらえたんだ。蓮さんも見せてみろって言っていたし、そろそろ始めよう」
「そうだな。とりあえず健之助がどのくらい動けるのか見たいから、自由に攻めて来てくれ」
そう言って竹刀を構えた涼子は、顔付きが一層引き締まって真剣そのものになり、サムライの顔になった。
俺は竹刀を強く握って構えると、一気に距離を詰めて竹刀を振り下ろす。
涼子は俺の一撃を簡単に見切ってかわすと、流れる様な動きで反撃を入れて来たので、慌てて竹刀を引いて受け止める。
「ん、これは防げるのか」
涼子が小さく呟いたかと思うと、次の瞬間――俺の左足に衝撃が加えられた。
「えっ?」
どうやら涼子に蹴られたらしい。
軽くよろめいてバランスを崩すと、俺の眼前に竹刀の先端が突き付けられた。
「いっ!?」
「まあ、こんなものか」
「け、蹴るのはありなのか?」
「当たり前だろう。実戦だったらお前は死んでいるぞ」
涼子の言葉が俺の心に深く刺さる。
そうだ。鬼との戦闘だったら俺はあっという間に死んだ事になる。今は稽古だが、その目的はスポーツの試合に勝つためではなく、殺し合いに勝つためだ。反則など一つもないのだ。
「そもそもだが、健之助。今の攻防で『身体強化』は使ったか?」
「えっ? 使ってないけど」
俺の回答に涼子は呆れた顔で息を吐いた。
「何のための見習い訓練だ。この十日間何をやっていた?」
「いや、だって、『身体強化』と『魔力刃』は同時に使えないから、斬り合いの時は『身体強化』は使わないだろう?」
「そんなわけあるか。魔法の切り替え訓練はしているだろ? 基本的には『身体強化』を使い続け、刀がぶつかる瞬間にだけ『魔力刃』を使うんだ。そして刀が離れたらまた『身体強化』に戻す。あの訓練はそのためのものだぞ?」
俺は『身体強化』を防御や回避に使う物だと思っていたので、ここまで近距離の戦闘でギリギリの使い分けをしているとは思わず、目から鱗が落ちた気分になった。
奏ちゃんとの訓練を思い出して『身体強化』を使用すると、涼子に向かって竹刀を構え直す。
「涼子、もう一回頼む」
「ああ。一応言っておくが、今回は『魔力刃』を使うなよ?」
「分かっているよ。竹刀がぶつかる瞬間だけ『身体強化』を消せば良いんだろ?」
二戦目も当然の如く俺は負けたが、初戦よりは上手く戦えたし、命も長持ちした。
俺と交代で始まった弥生さん対涼子の稽古も見たが、あの弥生さんが終始苦戦した挙句に良いところが一つもなく負けたので、やはり涼子はサムライの基準で考えても強いようだ。
「健之助は男にしては力があるみたいだが、それでも私たち女よりは弱い。それを理解した上で、自分より力の強い相手と戦う意識で立ち回った方が良いな。当然の顔で私と鍔迫り合いをしようとした時に驚いたぞ。せっかく『刀LV1』のスキルを持っているのだから、それを活かして相手の攻撃を受け流して隙を突くように動け」
年下の女の子を自分より力が強いと想定して動けと言われて、俺は少し躊躇いを感じたが、それがこの世界の現実だ。
そして、鬼は十中八九俺より力が強いのだから、変な癖を付けないように気を付けなければならないだろう。
「『刀LV1』って力と素早さと器用さが少し上がるだけだぞ?」
「スキル詳細には書いていないが、そもそも刀の使い方が上手くなる効果があるんだ。だからこそ、竹刀を持ったお前の動きは素人丸出しではなく、それなりに訓練を積んだ人間の動きになっているんだぞ。気付かなかったのか?」
全く気付かなかった。
剣道の授業で使った時よりも竹刀が使いやすい気はしていたのだが、レベルが上がったからだけではなく、そもそも竹刀の使い方が上手くなっていたとは思わなかった。
「次に弥生様。弥生様は『自然魔法LV2』を持っているのではないですか?」
「えっ!? ど、どうして?」
「一振家の方は代々自然魔法が得意だと母上から聞き及んでいます。伊吹様が戦っている所を見たことはありませんが、華火様は見事な魔法の腕前ですので、弥生様もそうなのではないかと思ったのです」
「……も、持ってるよ。この前レベルアップした時に習得したから」
「なら、次からは常時『身体強化』でいきましょう」
「良いの? なんだかズルい気がして……」
「健之助にも言いましたが、実戦では何をしても良いのですよ? 稽古でも変な制約を課さない方が良いと思います」
「わ、分かった」
そこからは、俺と弥生さんが交代で涼子と戦い、涼子からアドバイスを貰って戦い方を修正。再び戦って新しい戦い方を身体に慣らす。という稽古を続けた。
一時間ほど戦ったところでさすがに涼子に疲れが見えてきたので休憩になったのだが、そのタイミングで蓮さんが近付いて来た。
「なあ、いつになったら『霞刃』の稽古をするんだ?」
「えっ? 予定はないですけど?」
「どうしてだよ。さっきからずっと基本戦闘の稽古しかしてないだろ。楽しいかそれ?」
「いや、稽古は楽しい優先でするものじゃないので」
「せっかく、俺の裏庭を貸してやってるんだから、『霞刃』とか『鎌鼬』の稽古をしろよ」
裏庭の所有権を主張されると断っていいものか分からず、俺は楓さんへ視線を向けた。
楓さんは俺たちが稽古している間もずっと、隅の方で素振りをしていたのだが、俺の視線に気付いてこちらへ来てくれた。
「涼子も疲れたみたいだし、次は魔法の稽古にしても良いんじゃない?」
まさかの俺への助け舟ではなく、弟の蓮さんへの助け舟だった。
俺は水を飲んでいた涼子をチラリと見た後で、少し考える。
この稽古は俺と弥生さんが涼子に教えを乞うことで、涼子は強いのだと周囲に知らしめる目的で始まったものだが、魔法が苦手な涼子が『霞刃』を習得出来れば、それはそれで彼女の弱点がなくなるので良いのかもしれない。
「確かにそれも良いかもしれませんね。じゃあ涼子、次は俺が『霞刃』のやり方を教えるよ」
「……そんな事出来るのか? 私だって夕陽様や華火様にコツを教わったことはあるのだぞ?」
「確実に習得できるとはさすがに言えないけどさ、俺は『霞刃』の存在すら知らないのに習得出来たんだぞ? 他のサムライたちとは違うやり方を教えられるかもしれない」
「まあ、さすがに体力的にきつかったし、次は魔法の稽古でも良いか……。あまり期待はしていないが、教えてくれ、健之助」
俺は力強く頷くと、竹刀を手に取って真っ直ぐに構えた。
久しぶりに健之助以外の男が登場しました。
次回は健之助が霞刃習得のカギを探ります。




