対等な関係
鬼の討伐が終わると、これまで基本的には見守る姿勢でいた楓さんが主導となって事後処理が始まった。
今回は鬼が群れで行動していたので、他に潜んでいないか探す必要がある。俺たちだけに任せていては日が暮れてしまうので、楓さんが『気配察知LV3』などのスキルを使って素早く安全を確認してくれた。
しかし、別動体がいる可能性もなくはない。大事を取って今日は村に一泊し、明日また見回りをしてから江戸へ戻ることになった。
楓さんは村へ帰還してすぐに鬼の討伐報告を簡潔に済ませると、お金の後払いを約束して大量の白米を要求した。空腹に耐えるために眉間に皺を寄せているので、とても不機嫌に見えて怖い。
村人たちは突然の要求に目を白黒させながらも炊飯の準備に取り掛かった。
「健之助……お米が炊けたらおにぎり作って」
「えっ? 俺が握るんですか?」
今夜泊めてもらう予定の家の座敷で出されたお茶を飲みながら休んでいたら、楓さんが真剣な表情で要求してきた。俺も疲れていたのでこれ以上働きたくはないのだが、楓さんの頼みでは断り難い。
「うん。健之助が作ったものだけ別格に美味しかったから、また食べたい」
「健之助が『料理LV2』を持っているというのは聞いていますが、おにぎりを握るだけでもそんなに違うのですか?」
「違う。もう健之助のおにぎりしか食べたくないくらいには違う」
「な、なるほど……」
楓さんの熱弁を聞いた涼子までもが期待するような目で俺を見るようになったところで、隣に座っていた弥生さんが俺の着物の裾を引っ張った。
「や、弥生さん?」
「……健之助君、わ、私の分も……その……」
日ノ本の女性とは思えないほど可愛らしい仕草で顔を赤らめている弥生さんを見れば、やらないとは絶対に言えない。むしろ喜んで握らせてもらおうと思う。
「分かりました。ちょっと時間がかかるかもしれませんが、全員分俺が握りますよ」
俺はお茶を飲み終えた湯呑を置くと、台所へと向かった。
それにしても、弥生さんは出会った頃に比べて大人しくなったというか、奥ゆかしくなったきがする。最初は頼もしくてカッコいい女性というイメージだったのだが、最近は同年代の普通の女の子と接しているような感覚になることが多い。
楓さんの睨むような視線に晒されながら大量の白米を要求されたからなのか、台所では本当に驚くような量の米が炊かれていた。とても俺たち4人分とは思えない。
俺はとりあえず20個ほどおにぎりを作り、3人の元へと戻る。
『料理LV2』には、味だけでなく見た目も魅力的に見えるようになる効力があるので、涼子は見ただけでゴクリと唾を飲み込んでいた。その効力は俺自身には作用しないので、自分で食べても普通のおにぎりの味しかしないのが悲しいところだ。
米の味や塩分などの量が変わることは無いと思うので、旨味が足されているような感じなのだろうか?
俺が二つほどおにぎりを食べる間に、3人は残りの18個のおにぎりを平らげてしまったのだから驚きだ。
最後に残った一個を素早くかっさらった楓さんに涼子と弥生さんが羨ましそうな目を向けていたのが印象的だ。
「美味しかった。ありがとう、健之助」
「喜んでもらえて良かったです」
「夕食も期待するね」
「え――」
どうやら俺は3人の夕食も担当するらしい。
サムライ見習いとして鬼と戦って、帰って来てからもみんなの料理を作って、何だか俺が一番忙しくないか?
どうにも釈然としない気持ちになりながら、俺は了承の返事をするのだった。
江戸時代。原因不明の江戸患いとして恐れられていた『脚気』という病気をご存知だろうか?
俺もそこまで詳しいわけでは無いのだが、脚気は白米ばかりを食べているとなる病気だと聞いたことがある。
少し前に気になって伊吹さんに聞いたところ、この世界でも脚気は存在していて、やはり江戸や西の都市部で暮らしていると患う人がいるらしい。
その原因を俺は知っている。ビタミン不足だ。江戸で暮らす人々は馬鹿みたいに白米ばかり食べる。俺のイメージでは和食と言えば一汁三菜なのだが、江戸の食卓に三菜もおかずが並ぶことは無く、並んだとしても少量ずつ。味噌汁の具も少なめなので、栄養が不足しがちなのだ。
そして少ないおかずの代わりなのか、茶碗に盛られる白米は大盛りだし、裕福な家庭では全員が当然の顔でおかわりをする。
弥生さんが白米は江戸以外では貴重だと言っていたが、江戸以外では別の物を食べているから脚気にならずに済んでいるのではないかと思っている。
一振家や松葉組は富裕層の中でも更に上位で、大盛りの白米だけでなくおかずもちゃんと出てくれるので脚気の心配はないと思いたいが、一食を大盛りの白米と少しの漬物だけで済ませている町人たちのビタミン不足は少し心配だ。
そして、俺の今日の食事はと言うと、朝食として一振家で白米とナスの味噌汁。鬼討伐の出発前におにぎりを一つ。討伐から戻っておにぎりを二つ。かなりバランスが悪いのが分かるだろう。
それを改善するべく、俺は楓さんにお願いして夕食までに狩りに出てもらった。
俺が肉を使った鍋を作りたいと提案したら、喜び勇んで飛び出して行き、一時間もしないうちに一頭の巨大な猪を狩ってきてくれた。
猪の解体などやった事が無いので村人たちに手伝って貰いながら調理を行い、俺は人生で初めての牡丹鍋の制作に成功した。
具材は猪肉、大根、山菜、芋、茸だ。名前の分からない食材が多かったが、村人が食べられると言っていたので、気にせずに鍋に入れた。味付けは醤油と砂糖と味噌と酒。どれも高級らしいので楓さんにお金の後払いを約束して貰った。
一振家や松葉組と違って農村なので昆布や豆腐が手に入らなかったが、奇跡的に鰹節があったので助かった。
しっかりと味見をして確かめたが、自分で食べてもちゃんと美味しい鍋が出来たのが嬉しい。
「け、健之助、まだ!?」
楓さんが待ちきれないと声を上げる。
囲炉裏で囲むようにして鍋の完成を待っていた3人は何度も唾を飲み込んで涎が垂れないようにしている。
俺の目から見てもかなり美味そうなので、スキルの影響を受けている3人からはとんでもないご馳走に見えているのだと思う。
「お待たせしました。もう食べられますよ」
俺が許可を出すと、そこからは戦争だった。
本当は俺が全員に取り分けてあげようと思っていたのだが、3人ともギラ付いた目で自分の小鍋に具材を取り始めたので、俺も慌てて自分の分を確保した。
久しぶりの肉という事もあり、獣臭さはあったものの、物凄く美味しい。卵も欲しいところだったが、これ以上の贅沢は言えないだろう。
俺は予想以上の出来となった鍋に満足しつつ、全員が食べ終わりかけた頃を見計らって取っておいた白米を持ち出す。
「じゃあ、そろそろ雑炊を作りますね」
俺が汁だけになっていた大鍋に米を入れ始めたのを見て、3人が息を呑んだ。
ああ、これはまた戦争が起きるな。
この後始まる雑炊の奪い合いを想像しながら、俺は自分の分をちゃんと確保しようと気持ちを引き締めるのだった。
大激戦だった食事が終わり、夜の見張りの順番決めが行われた。
忘れてはいけないのが、俺たちがこの村で一泊するのは鬼の残党がいないか確かめるためという事だ。全員で寝てしまうわけにはいかないのである。
長い話し合いの末、俺と涼子が最初の見張りとなり、次に弥生さん、最後に楓さんが見張りを行うことになった。
俺と涼子がペアなのは、戦力的な問題だ。
どうやら楓さんの中では『霞刃』が使えない涼子も半人前扱いらしく、俺と組ませることでやっと松葉組のサムライ一人分という計算らしい。
楓さんと弥生さんが眠りについた後、俺たちは北の山の方向を睨みながら村を守る様に見張りについていた。
町灯りの無いこの世界の夜は本当に真っ暗で、月と星の灯りだけが頼りだ。
「こう暗いと、鬼が近付いて来ていても気付けないんじゃないか?」
俺が呟くと、少し間が空いた後で涼子が大きく息を吐いた。
「ど、どうした?」
「お前が非常識な存在だと忘れていた自分の間抜けさにがっかりしただけだ」
「何だよ、その言い方」
俺が睨んだのが分かったのか、涼子は悔しそうな声で返す。
「自然魔力を目に集めてみろ。『霞刃』が使えるんだ。どうせ簡単に習得できるだろ」
「目に?」
俺は言われるままに自然魔力を身体に取り込むと、それを両目に集めるようにコントロールした。
すると、視界の左下に『魔法習得』のアイコンが表示される。
・鬼魔法:獣の目
中級自然魔法。強化型。視力を強化し、夜間でも日中と変わらずに見えるようになる。
「おっ、昼みたいに見えるようになった!」
俺が新魔法のリアクションを取っていると、隣で刀を素振りしていた涼子が嫌そうに表情を歪めた。
「……これだから嫌なんだ。私が『獣の目』を習得するのにどれだけ苦労したと思っているんだ」
「なんかごめん」
「謝るな、馬鹿」
涼子は不貞腐れるように視線を山の方向へ戻すと、素振りを再開する。
流れる様な所作で行われる素振りは見ていてとても美しく、正直に言うと少し見惚れてしまった。
勝ち気で生意気な少女だが、彼女の努力は本物であり、魔法の無い世界だったなら、彼女は優れたサムライとして組のみんなからも一目置かれたる存在だったに違いない。
「なあ、涼子。討伐前の約束、覚えているか?」
「約束? ああ、討伐数の勝負か?」
「そうそう。最後の鬼は協力して倒したから数えないとしても、俺が一匹で、涼子が二匹。俺の負けだな」
俺が負けを認めると、涼子が素振りの手を止めて納刀し、こちらを見た。
「お前はそれで良いのか?」
「良いも何も、そういう結果だろ?」
「……中級鬼を倒せたのは、お前の『霞刃』が起点として働いたからだ。私はトドメ役を貰っただけに過ぎず、貢献度で考えればお前と弥生様の手柄だろう」
涼子は悔しそうに俯くと、拳を握りしめた。
「なら、俺との勝負は引き分けか?」
「それが妥当だと思っている」
「……良かった。正直に言うと、いまさら涼子様なんて呼びたくなかったからな」
「け、健之助……!」
涼子は顔を上げると、俺を睨む。
馬鹿にされたとでも思ったのだろう。だが、それは勘違いだ。俺は心の底から涼子の事を尊敬している。
それを伝えたくて、あえて笑って見せた。
「様なんて付けたら、せっかく縮まった距離がまた開いちゃう気がしないか?」
「は? ど、どういう意味だ?」
「そのままの意味だよ。俺はこの討伐で涼子と結構打ち解けられたと思っているし、鬼と戦っている涼子はカッコよかった。俺も魔法に頼りきりじゃなくて、サムライとして刀で鬼と戦えるようになりたいって思ったんだ」
先ほどまで落ち込んだり怒ったりしていた彼女の表情が赤く染まり、視線を泳がせ始めた。
「ま、まあ? 刀の腕なら私はお前なんかとは比べ物にならないほどの強者だからな!」
涼子は再び刀を抜くと、素振りを再開する。
その表情は緩み切っており、威張り散らすような発言とは真逆の可愛らしさがあった。
「お前、結構可愛いよな」
「んなっ!? ば、馬鹿にしているのか!?」
「え? どっちかっていうと、褒めているんだけど?」
「か、かか、可愛いなんて言われて、喜ぶ女がいるかっ!」
俺は涼子の言葉で、この国の女性の特殊性を思い出した。
これだから日ノ本の女は難しい。
あれだけ敵視されていた涼子と仲良くなりました。
健之助は着実に女たらしの道に進んでいますが、本人は気付いていません。
次回は七々扇邸に舞台を戻します。




