初戦闘
鬼に気付かれないように『凪』を使って移動し、坂の下の鬼が視認できる位置まで来たところで、涼子が全員へ最終確認を始めた。
「まず、健之助と楓様があの鬼へ仕掛ける。その隙に私は滝の裏の洞窟へ、弥生様は坂を駆け上がって滝の上の鬼を襲撃。自分の相手を倒し終えた者から、他の場所へ援護に向かう。この流れで良いですね?」
「うん。なるべく早く片付けて健之助君のところへ戻るからね」
「私もそうする。健之助は時間稼ぎさえ出来れば良いからな」
弥生さんも涼子も俺が鬼を倒せるとは思っていないようだ。楓さんはピンチにならないと助けてくれないらしいので、基本的には俺一人で戦うしかない。
「分かった。出来る限り一人で倒せるように頑張るよ」
俺は腰の刀を抜くと、『凪』を解除して『身体強化』へとシフトさせる。これでいくらかマシに戦えるはずだ。
「――待って」
鬼目掛けて走り出す寸前で、楓さんの制止が入った。
既に『凪』を解除してしまっているので、いつ鬼に気付かれるか分からない。こんなタイミングで止めないで欲しい。
「さっきまで『凪』を使っていたから気付かなかった。この洞窟、かなり奥まである」
「そ、それが何か問題なんですか?」
「洞窟の奥に、鬼が更に二匹いる。涼子一人で勝てるか分からない」
楓さんからもたらされた情報で、俺たちの作戦は破綻してしまった。一から考え直さないといけないかもしれない。
「もう一度離れて作戦を練り直しますか?」
「嫌だ。これ以上時間をかけたくない」
「楓さん、そんなこと言ったって……」
「大丈夫だ、健之助。私を舐めるなよ。3匹くらい余裕だ」
涼子は強がっているが、顔色は悪く焦っているのがまる分かりだ。
「なら、涼子こそ時間稼ぎに徹してくれ。俺と弥生さんが援護に行くまでなら余裕で持たせられるだろ?」
「……不本意だが、鬼が強ければそうしよう」
「よし、じゃあ行こう」
話が終わると全員が自分の役割を果たすために走り出す。
俺はいい加減こちらに気付きそうな鬼に対して距離を詰めると、5メートルくらいの距離を残して刀を振りかぶった。
「くらえ! 『霞刃』!」
霞刃で長さを延長した刀が小鬼目掛けて振り下ろされる。
そのまま真っ二つに斬られてくれれば良かったのだが、小鬼はこちらに気付いて回避行動を取り、直撃を免れた。
俺の『霞刃』によって左腕を斬り落とされた小鬼が絶叫を上げながら転がったかと思えば、すぐに俺へ敵意の視線を向けて立ち上がる。
「健之助、気を抜いちゃダメ」
「わ、分かってます!」
小鬼は腕を斬り落とされた痛みなど忘れたかのように素早く動いて俺で接近し、残っていた右手の爪で攻撃してきた。
俺がその爪を刀で受けると、受け止めるどころか爪が斬り落とされる。
「そのまま攻撃に転じて!」
「はいっ!」
もはや小鬼には俺を傷付けられる武器は牙くらいしかないはずだ。俺は力任せに刀を振り、小鬼を斬りつける。
一撃目で右手が飛び、二撃目が首筋から斜めに入った。そのまま身体を両断されて小鬼は絶命する。
俺は人生で初めて人型の生き物を殺したわけだが、思ったほど不快感はない。人型とはいえ、見た目が明らかな化け物だからかもしれない。
乱れた息を軽く整えつつも、地面に倒れた死体がもう動かないことを確認する。
「健之助、次行ける?」
「は、はい。大丈夫です」
楓さんに声を掛けられたことで、洞窟へ涼子を助けに行くことへと思考がシフトした。
「健之助君!」
滝の裏へ向かっていると、後ろから弥生さんが駆け寄って来た。
俺は『身体強化』を使って走っているのだが、レベルが違うからなのか弥生さんの方が速いようだ。
「弥生さん、急ぎましょう!」
「うん。楓様、涼子ちゃんが無事か分かりますか?」
「無事。鬼は二匹倒したみたい。残り一匹」
「すごい!」
「けど、三連戦はキツイと思います。急ぎましょう!」
二匹倒したとは言っても、それまでの戦いで怪我をしている可能性もある。さっきの戦いで分かったが、鬼は負傷しても構わずに突っ込んでくる恐ろしさがあった。捨て身の攻撃を躱しきれなければ、サムライの涼子といえども危ないだろう。
洞窟に入ると、すぐ近くに鬼の腕らしきものが落ちていた。そこから血が奥へと続いている。
「負傷した鬼が奥にいる仲間の元へ逃げたみたいだね」
弥生さんが現場から分析して、状況を確認していく。
血痕を追うようにして奥へ進んで行くと、5メートルはありそうな巨大な鬼と涼子が戦っていた。
鬼の腕は4本あり、そのどれもが涼子の身体と同じくらいの太さだ。
「そんな、あれって!」
「うん、間違いなく中級鬼。涼子一人だと危ないかも」
俺は初めて見た中級鬼を前にして思わず足を止めた。
途轍もない存在感だ。身体が大きいだけではなく、魔力による圧も感じる。
そんな強敵を前にして、涼子は完璧に鬼の攻撃を捌いている。『霞刃』が使えないのに、『魔力刃』と剣技だけで巨体から繰り出される攻撃を防ぐ姿は、美しいとすら思えた。
「はぁあああ!」
涼子が飛び上がって鬼の首へ斬りかかるが、四本ある腕の一つがその斬撃を受け止める。
「ちっ」
涼子は防がれたことに舌打ちしつつ、鬼の反撃を避けつつ距離を取っていく。
「『霞刃』!」
弥生さんが助太刀に入り、『霞刃』で斬りかかるが、再び腕のガードに阻まれた。
「弥生様! それに健之助も来たのか!」
「うん。待たせてごめんね」
「助かりました。健之助は下がれ、お前が相手に出来る鬼じゃない!」
どうやら涼子は弥生さんと二人掛かりで中級鬼を倒すつもりらしく、俺は戦力に数えていないようだ。
弥生さんの『霞刃』が防がれたので、俺の『霞刃』も同様に防がれるはず。直接戦闘では役に立てる気がしない。
「楓さん。あいつの腕、どうして斬れないんですか?」
「あれは『甲羅』」
「甲羅って、亀とかの?」
「名前の由来はそうかも。あれは『甲羅』という名前の鬼魔法。生半可な攻撃は通らない」
よく見ると、二人の攻撃を防ぐ腕に二人の刃は届いていない。何か透明なものに阻まれているようで、それが『甲羅』という魔法なのだろう。
「あのままじゃ、二人の攻撃は防がれるだけだ」
「そうでもない。全身が『甲羅』というわけじゃないなら、やりようはある」
「それが勝ち筋ですか?」
「うん。あとは健之助次第」
「俺は戦力外ですよ」
「涼子は分かってない。健之助が加われば、攻撃手段は3つになる。威力や技術は関係なく、三方向から攻撃されるのはキツイ」
確かに、普通の人間相手ならそうだが、相手は腕が4本もある大鬼だ。そう簡単にはいかないだろう。
俺は涼子と弥生さんと激闘を繰り広げる大鬼を観察して、助太刀する方法やタイミングを見計らう。
そうして分かって来たのは、4本ある腕の中で内側にある二つが攻撃に使われ、外側の二つが防御に使われている。ということは、二つを押さえてしまえば防御手段はなくなるはずだ。
俺はすぐに駆け出して立ち位置を調整すると、『霞刃』を作り出す。
「弥生さん、左肩へ攻撃を!」
「っ!? わ、分かった!」
弥生さんが俺の指示通りに鬼の左側へ回るのを待ってから、俺は『霞刃』を振り下ろした。
「おらぁっ!」
ガキンと硬い物にぶつかった衝撃が手に伝わってビリビリと痛みが走る。
「涼子ちゃん、今!」
「分かってます!」
俺とタイミングを合わせるように弥生さんも『霞刃』で攻撃しており、鬼は左右からの同時攻撃を防御用の腕に『甲羅』を使用して受け止めた。
正面に立つ涼子からすれば、絶好の機会である。
涼子は素早く距離を詰めると、攻撃用の腕から繰り出されるパンチを回避して跳躍。『魔力刃』を纏った刀を鬼の首目掛けて振り下ろした。
魔力刃と霞刃は刃の長さが違うだけでなく、切れ味は2倍、強度は3倍くらいの差があります。
小鬼の爪は魔力刃で強化されていたのですが、健之助の霞刃なら斬り裂くことが出来ました。




