嵐の前の静けさ
鬼討伐へ出発した俺は、行き先の農村があまりにも目と鼻の先で驚いた。
夕陽さんが地名を口にしなかったので変だと思っていたのだが、江戸にほとんど隣接したところにある農村のことだったらしい。
俺たちは江戸の北門から馬で出発し、北西へ移動すると直ぐに一面の畑が見えて来た。その畑の中心に板で囲まれた場所が見えるので、あれが目的地の農村らしい。
俺たちの馬に気付いたのか、農村の出入り口で武器を持って警戒していた女たちが手を振ってくる。
俺は同乗していた楓さんに馬から降りるのを手伝って貰いつつ、地面へと着地する。
「健之助、今度一人で乗れるように練習しよう」
「そ、そうですね」
二人乗りは馬にも負担らしいので早く乗れるようにならないとダメらしい。俺としても迷惑をかけているのが分かるので、一人で乗れるようになっておきたい。
俺たちが到着したことで不安そうにしていた村人たちが安堵したように息をつく。鬼が討伐されるまで本当の安心は訪れないが、俺たちが村にいる限りはほぼほぼ安全だからだろう。
俺を見た村の女性たちが男なのに袴姿で帯刀しているのが珍しいのか、不思議そうに首を傾げている。
「松葉組の七々扇楓」
「な、なんと! 江戸一番のサムライである七々扇楓様が来てくださるとは! ありがとうございます!」
「うん。それで、鬼はどこに出たの?」
楓さんをまるで神の使いが来たかの如く崇める村人たちの話によると、この村から少し北に行ったところにある河原で三匹の鬼を子供が発見したらしい。
鬼は頭髪の無いゴツゴツとした岩のような頭に二本の小さな角、土色の肌に鋭い爪を持っていたそうだ。背は低く、子供と同じくらいとのことなので、俺は小鬼が群れを作っているのだろうと想定した。
子供は慌てて逃げ帰って来たので詳しく観察などしておらず、数の報告は正確ではない可能性があることも注意点として教えてくれた。
「涼子、弥生、鬼を探すのに使えそうなスキル持ってる?」
「『索敵LV2』と『遠見LV2』ならあります」
「私は『遠見LV2』だけです……」
二人の答えに楓さんは少しだけ残念そうに眉を寄せた後で、指示を出し始めた。
「じゃあ、涼子が『索敵』で弥生は『遠見』を使って進もう。健之助は涼子のすぐ後ろから付いて行って、敵を見付けたら間合いの外から『霞刃』で攻撃して」
「「はいっ!」」
「は、はい!」
楓さんの指揮のもと、鬼の目撃場所である河原まで徒歩で向かう。
楓さんは『霞刃』で攻撃しろと簡単に言うが、あんな長い刃物を味方に当てないように振り回すというのはとても難しいと思う。
俺は腰の刀に手を当てながら、素早く『霞刃』を使えるようにイメージを固めつつ、前を歩く涼子の後に続く。
「見えて来ました」
北の山から続く川を発見し、涼子や弥生さんが周辺を注意深く観察するものの、鬼の存在は見受けられない。
「このまま川沿いに山へ向かって進むよ。ここからは涼子が指示を出して」
「わ、私がですか?」
「何事も経験だから。無理なら弥生と代わって良いよ」
「い、いえ。やらせてください」
涼子は指揮権を任された事で、生き生きとした顔で進んで行く。
山に近付くにつれて周囲に木や岩が増えて行き、突然岩の裏から鬼が出て来るのではないかとヒヤヒヤしながら歩いていると、それなりに大きな滝を発見する。
「滝か……ん?」
「あそこ、一匹います!」
涼子と弥生さんが同時に気付き、俺は弥生さんの指先が指し示す方向へ目を向けた。
滝の上に見える巨大な切り株の上に、一匹の鬼が座っている。
「健之助君、『霞刃』で狙える?」
「いや、さすがに無理だと思います」
長さ的には出来る気もするが、あんな高い位置へ届く巨大な『霞刃』を作ったら確実に気付かれる。避けられるだけだろう。
「じゃあ、時間はかかるけど上に登れる場所を探そうか」
「そうですね」
「ま、待ってください。弥生様」
涼子が動き出そうとした俺の肩を掴むと、困ったような顔で弥生さんを制止する。
「ここはもっと慎重に行きましょう」
「え? 見つからないようにしながら登れる場所を探すんだから、十分に慎重だと思うけど」
「目撃した子供の証言では鬼は3匹以上いるのですよ? あんな分かりやすい位置に一匹いるのは囮としか思えません」
「囮って……あんな下級鬼がそんなことするかな?」
「下級鬼の中でも、力に特化して知能が低い鬼と、力は弱いけれど知能の高い鬼がいます。弥生様はああいった小鬼は初めてですか?」
涼子の説明に弥生さんは目を瞬いて驚く。
「う、うん。私がこれまで戦ってきた鬼は、中級でも下級でも私たちよりも大きい鬼だったから」
「であれば、あれは弥生様の常識が通じない鬼だと考えてください。私は『霞刃』が使えないので、いつもああいった小鬼を担当させられています。ここは私の指示に従ってください」
「分かった」
俺は出発にキレ散らかしていた時は別人のように冷静に説明する姿を見て、素直に涼子の事を見直した。
この姿を先に見ていれば、最初から涼子様と呼んでいたに違いない。
「ここからは『凪』を使って少しでも鬼に見つかる確率を減らしましょう。健之助も大丈夫か?」
「えっと、俺は『霞刃』しか習得してなくて……」
「下級魔法より先に中級魔法を習得するなんて、非常識だぞ」
「そんなこと言われても」
涼子は眉間に皺を寄せながら、『凪』という魔法について説明してくれた。
『凪』とは、気配や魔力を周囲と同化させることで、存在を気付かれにくくする魔法らしい。簡単に言えば影が薄くなる魔法ということだ。
やり方は、自然魔力を体内魔力と混ぜ合わせた状態で全身へ行き渡らせる。身体の外へは一切出さず、均等に全身を満たすことが重要とのことだ。
説明を受けた時は難しそうだと思ったのだが、実際にやってみると案外簡単で、自然魔力を身体へ取り込み過ぎない事がコツだと感じた。
・鬼魔法:身体強化
下級自然魔法。強化型。自身の体力、力、素早さが20%上昇する。
・鬼魔法:凪
下級自然魔法。強化型。気配や魔力が他者に感知され難くなる。アクティブスキルや他の魔法を使用すると解除される。
『凪』を覚えるついでに、本来は最初に習得するらしい『身体強化』も教わって習得した。
涼子が当たり前の顔をして早く習得しろと言うから無茶ぶりだと思っていたのだが、いとも簡単に習得できてしまったので、『霞刃』よりもよっぽど簡単な魔法だと分かる。
俺が『凪』を習得出来た後は、木や岩の陰に隠れながら出来る限り足音を殺して歩く。
滝の西側に上へ登れそうな坂を見付けると、その登り口付近の岩陰に隠れている小鬼を先に発見した。
こちらには全く気付かれていないので、一度撤退して作戦会議を始める。
「場所が分かった二匹を倒すのは簡単だけど、問題はあと一匹が見つかってないことだよね」
「ええ。ですがこのままだと日が暮れてしまいます。夜になれば村や江戸に夜襲をかけに動き出す可能性もあるので、明るい内に片付けてしまいたいと思います」
弥生さんと涼子がどうしたものかと悩んでいると、これまで黙って付いて来ていた楓さんが口を開く。
「明るいうちに倒すのは賛成。もうとっくにお昼を過ぎたし、お腹空いた」
「か、楓さん。そうは言っても、村へ食べに戻っていたらそれこそ夜に戦う事になりますよ?」
俺は緊張感のない楓さんの言葉にズッコケそうになりながらも、我慢するように言う。出発前に軽食として全員でおにぎりを食べてから来たので、昼食抜きでもある程度は大丈夫なはずなのだが、楓さんは耐えられないらしい。
「……仕方ない。二人に全部任せるつもりだったけど、少しだけ手伝う。三匹目の鬼は滝の奥にいる」
「――え?」
「たぶん、滝の裏に洞窟がある。鬼はその中」
俺は楓さんからもたらされた情報に呆然としている涼子と弥生さんの代わりに説明を求めた。
「待ってください。どうしてそんなことが分かるんですか?」
「私、『気配察知LV3』を持ってるから。滝の奥から鬼の気配が感じ取れる」
「つ、つまり、最初から全部の鬼の位置が分かっていたって事ですか?」
「うん。今回は涼子と弥生に経験を積ませるのが目的だから黙ってた。でも限界。お腹空いた」
彼女は本当に鬼討伐よりも涼子や弥生さんに経験を積ませることを優先していたらしい。俺たちの努力が強力なスキル一つで無駄となったが、おかげで鬼の位置は全て把握することが出来た。
「か、楓様。貴重な情報をありがとうございます。では、坂の下に隠れている鬼、滝の上の鬼、洞窟の鬼の順番で倒して来ましょう」
涼子が苦笑いを浮かべながら楓さんに礼を言いつつ作戦を立てると、楓さんが拒否するように首を振った。
「それだと時間がかかるし、三人がかりで小鬼を倒すのは無駄が多い。鬼の場所が分かったんだから、一人一匹片付ければ良い」
「わ、分かりました。では坂の下の鬼を健之助、滝の上の鬼を弥生様、洞窟の鬼を私が担当する形で各個撃破していきましょう」
「分かった。私は健之助と一緒に行動するから安心して」
俺は楓さんが一緒に来てくれることにホッとしつつ、ピンチにならないと助けてはくれないのだろうと思いながら、初の実戦へ向けて動き出した。
弥生は楓や伊吹の後ろにくっついて従うだけだったので、小鬼と戦ったことがありませんでした。
今回は健之助を守るために前に出ようと頑張っています。
逆に涼子はドンドンと前に出る性格なので、危なっかしく思った伊吹や夕陽に鬼の危険性について直接指導されています。




