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吸血伯爵様に血を捧げよ

作者: 雪嶺さとり


 結婚、というものは一般的に武器を手にして執り行うものではない。

 

 それぐらい私だって知っていた。

 

「いいか、ヴィア。必ず……必ず、あの男を始末するんだぞ」

 

 実家であるリーディス子爵家を出る前のことだ。

 普段は私のことなど目もくれない父親からそう言われ、渡されたのは銀の短剣だった。


 

 没落寸前の子爵家に生まれた私にとって、人生で最も重要なのはいかにこの家を建て直し、弟だけでも良い将来を歩めるようにすることだ。

 

 お金が無いだけならまだしも、父親は酒浸りで母親は浪費癖が一向に治らない。

 

 才能がなかったのか父は事業に失敗し大金を失って以来、失敗を無理やり忘れるように酒に溺れ、子爵家の財産目当てで結婚した母は父を早々に見限り、残った資産を我が物顔で使い込み始める。

 

 今さえ良ければ、と自分本位な彼らにとって、幼い私と弟のことなどお構い無しだった。

 

 両親に対して散々な言い様だと他人から指を指されてしまうかもしれないが、十数年の歳月は私を冷淡な人間に変えるには十分すぎた。

 

 破綻寸前なのは家計だけでなく領地経営も夫婦関係も、そして子爵家の外聞もだ。

 

 このまま人生を両親に潰されてたまるかと、出来ることはなんでも手を尽くした。

 

 私に魔術の才能はなかったが、幸いにも弟にはあったようで、私の第一の目標は弟の才能を引き伸ばせる環境を作り将来性を高めることだった。

 魔術学院で良い成績を収めれば宮廷の官職のような高給取りになれる上、子爵家の建て直しにもなるからだ。もちろん、弟がもしこの先子爵家を切り捨てたいと思えば、その時はそれまでだが。

 

 弟の教育も資産の運用も、なんとかして自分なりに手を尽くし、他の貴族に頭を下げて援助を求めることもいとわなかった。

 例えそれが、社交界で私の評判を下げることになってもだ。


 将来的に我が家の顔となるのは弟であり、裏で全てを操るのは私。

 

 この先結婚などするつもりもなければ、贅沢な暮らしを夢見ているわけでもなく、ただ、返済に追われることのない平穏でのんびりした日々を心から求めているだけなのだ。

 

 そしてようやく弟が魔術学院の特待生として選ばれた、まさにその日。


「お前は吸血伯爵の花嫁として、奴を殺すのだ」

「……ついに頭がおかしくなりましたか」

 

 酒臭い父親に悪態をついて見せれば逆上してわめきだす。

 とうとう娘に殺しまでさせるとは、そこまで落ちぶれるだなんて思ってもみなかった。

 

「親に向かってなんだその口は! いいか、これが成功すればエゼルド商会が借金を全部肩代わりしてくださるんだぞ! その上、私を商会の運営へ加えてくださるとも約束してくれたんだ! ついにあの時のやり直しができるんだぞ、嬉しいと思わないのか!」

 

 思わない。思わないに決まっている。

 

 それを口にすることすら嫌で、私はただ黙って目を逸らした。

 

 親への情がないわけではないが、だからこそなんとか生活を変えようと努力してきた自分の気持ちが容赦なく踏みにじられるようで、虚しいだけだった。

 

 目先の利益に釣られてロクに物を考えられなくなった父親を、エゼルド商会が贔屓にするはずがないだろうに。

 

 大方、過去への執着を捨てきれない父を甘言で上手いこと利用するつもりなのだろう。

 

(あの時、伯爵様に頼るんじゃなかった……。そうすれば、個人的な繋がりがあると誤解されるようなこともなかっただろうに)

 

 吸血伯爵ことミルドヴェステ伯爵は、魔族の血を引く貴族だ。

 少し変わり者で寿命も年齢とは違うため、社交界に顔を出すこともなかなかない。



 西都の経済界を牛耳る大商会、エセルド商会が伯爵を亡き者にしようとするのは、伯爵との間に商売を巡るトラブルがあったと噂で聞いたことがあった。

 ミルドヴェステ伯爵はあまり表に出てこない方だから、商会も報復したくても手をこまねいているのだとも。


 だったらどうしてこんな没落寸前貴族の娘に報復をさせるのか……それは、私と伯爵にとある縁があったからだろう。


 ただ、領地でとある果実の出荷ルートや利益を増幅させるにはどうすべきかに頭を悩ませていたところを、他の貴族の方のツテから伯爵が手を差し伸べてくれたのだ。

 

 お金になりそうな鉱山やら土地やらを持っているわけでもなく、それまでほとんどが領地内で流通していた果実を特産品として売り出せないか目を付けただけのことなのに、伯爵は歳若い令嬢が珍しい、とわざわざ手紙まで送って助言してくれた。


 幸いにも上手くいったものの、彼には謝礼をして以降特に関わりもなく、実際に顔を合わせたこともなかったのでそれきりの関係になっていたはずだ。

 

 あの当時私がもっと欲深ければ伯爵に取り入ろうと必死になっただろうが、残念ながら私は質素倹約・堅実に生きるを掲げている。


 しかし、エセルド商会はどこから聞きつけてきたのか分からないが、私と伯爵が個人的に親しくしていると誤解をしているようだった。

 

 無理もない。お金のため、時には色じかけ紛いのことまでするほかはなかった。

 私をそういう類の人間だと思う者がいても当然だろう。

 

「ここで奴を殺し商会を喜ばせることができれば、この家も救われるんだぞ!」

「そうは言っても、とても成功するとは思えませんが」

「成功するかどうかではなく、必ず成功させるんだ!相手は人間じゃないのだから躊躇う必要もなかろう。元より国の西都は伯爵の影響が及ぶ土地では無いのに、訳の分からぬ文句をつけて口を挟んできたのは伯爵側だ」

 

 なんてことを言うのか。

 嬉々として娘に人殺しをさせようだなんて、自分の父親がこんなに恥ずかしいと思った日は今日以上にない。

 

「貴族でありながらこの国の人間へ貢献はせず、常に魔族のことばかり第一に考えている奴らなど、気に食わないんだよ!」

「そんなことを言うのはやめてください。魔族の血を引いているだけで、ミルドヴェステ伯爵家は由緒正しい我が国の貴族です」

「なぜ奴らの肩を持つ? この一件で伯爵家への反発も多方面から高まっているのだぞ。お前は名誉にも大役を任されたというのに」

「名誉だなんて、なんてことを……」

 

 このままでは話は永遠に平行線だ。

 大義名分を掲げているようでいて、父の頭にあるのは野心と過去の失敗への執着ばかりなのは分かりきっている。

 

 他者の命を奪って得た富など、長く手元に残るはずもなかろうに。

 上手くいくはずのない無謀な計画に娘を差し出すとは。

 

「嫁入りの日取りはもう決まっている。それまでに支度を終えておきなさい」

「なっ……!」

 

 もうそんな段階まで進んでいたとは。

 今回ばかりは、父親の狂言として流してはいられないみたいだ。


 どうすればこの状況を切り抜けられるか、頭を悩ませてはや数日。

 

 …………結局私は、強大な権力に打ち勝つことができなかった。





「暗い……」


 昼間だと言うのに森の中は薄暗く、不気味な雰囲気が漂っていた。

 馬車の中は私と少しの荷物だけ、本当に結婚することは無いのだから、当然侍女なんていない。


 子爵家からの縁談をあっさり受け早急に手続きが進められた点からして、すでにこちらの魂胆が見抜かれているとしか思えない。

 死地に行くような気分だった。


(でも仕方ない……せっかく、弟のために頑張ってきたんだから、こんなところで終わりにするわけにいかない)

 

 結局、私が暗殺に頷いたのは弟の存在が理由だった。

 

 商会に反抗すれば、今後の子爵家や弟の魔術学院での立場が危うくなるからだ。

 そんなことになれば、これまでの私と弟の努力が全て水の泡になってしまう。

 それだけは絶対に避けたい。


 だから私は、ある作戦を練っていた。

 伯爵を襲撃して、そのまま逃げればいいのだと。

 

 そもそも、素人の令嬢に殺しを頼む、などという無謀な計画。

 

 これが意味するのはたった一つ。

 

 私という存在を送り込むことで伯爵家への脅迫となるからだ。

 成功するとは誰も思っておらず、伯爵家への脅しとしてちょうど良い使い捨ての駒扱いされたに等しいだろう。

 どこまでも私は一場面の小道具として都合のいい人間だった。ただそれだけ。


 ならば、役割さえ果たせば後はどうなったっていいだろう。


 伯爵を襲撃し、しかし返り討ちにはされない程度で引き上げて脱走する。

 そのまま付近の街に潜伏し、ほとぼりが冷めた頃に弟と連絡を取って名前を変えて生き延びる。


 これは弟からの提案で、詳しい逃走経路や潜伏先ももう手はずはついている。

 こちらだって諦めたまま日々が過ぎるのを待っていたわけじゃない。


『姉さんには絶対に死んで欲しくないんだ』


 弟の悔しそうな表情を思い出す。

 あの子のためにも、必ず私は生き延びるんだ。


 そう、思った矢先のこと。


「きゃっ!?」


 ガタンッと馬車が激しく左右に揺れ、馬のいななきが響く。

 さては事故かと思ったが、御者の悲鳴が聞こえてきた。


「ひぃっ! 殺さないでくれ!」

「いいから金目のものを寄越せ!」


 まずい、盗賊に囲まれたようだ。

 もちろん護衛なんていない。

 あっという間に扉を開けられて、私は乱暴に引きずり出される。


「あ? 貴族じゃないのか? こんなみすぼらしい女一人なんてな」

「そ、そうよ、お金なんてないんだからこんなことしたって……!」

「いいや、若い女は高く売れるからな。貧相だが悪くはない」


 豪華な宝石やアクセサリーもなければ、所持金だって驚く程に少ない。

 盗賊たちの期待するようなものはないはずなのに、私自身が獲物として価値があると踏んだらしい。


「離してっ……!」

「おい、暴れるな!」


 暴れて逃げ出そうとするも、盗賊に腕をひねりあげられて、そのまま強引に押さえ込まれる。


「こ、殺される!助けてくれぇ!」


 その隙に、御者が情けない悲鳴を上げながら、私を置き去りにして逃げてしまった。

 走り去っていく馬を絶望して見送るしかない。

 

「嘘でしょ……」


 あの様子からして助けを呼びに行ってくれるとは思えなかった。

 たとえそうだとしても、もう間に合わないだろうが。

 

「琥珀の目か、高く売れそうだな」


 震えが止まらない。頭の中が真っ白になって、心臓がばくばくと暴れている。

 本当の恐怖とは、こういうものだと思い知らされるようだった。


「いや……まだ、死にたく…………」

「――――おやおや、皆さんお揃いでどうかされましたか?」


 あまりに場違いな呑気な声が聞こえ、私は思わず顔を上げた。


「誰だ!?」

「出てこい! ぶち殺してやる!」


 突然の乱入者に盗賊たちが威嚇する。

 だが、次の瞬間。


「騒々しいです。こういったことはやめていただきたい」

「ぐぅっ……!」


 私を押さえ付けていたはずの盗賊が、突然呻きながら倒れてしまった。

先程の呑気な声とは打って変わって、恐ろしく低い声だった。

 

「なんだ、どこから……ぎゃぁぁぁ!」


 それどころか、次々と盗賊たちはバタバタ地面に倒れていく。

 まるで、見えない何かが彼らを攻撃しているかのようだ。

 不可解な現象に目を疑うも、今のうちに逃げなければと思うのに、足が震えて立てない。


「もう……嫌……っ!」

「お嬢さん、ご無事ですか」


 ふわりと私の体が持ち上がる。

 私を抱き上げてくれたのは、黒髪の男性だった。

 柘榴のように赤い瞳がこちらをじっと見つめていて、私を安心させるように微笑を浮かべている。

 口元には、魔族特有の尖った歯が見えた。

 なんて美しい方なのだろうか。


「あ、あの……」

「もう大丈夫ですよ。怪我をしているようですから、私の屋敷へお連れします」


 私の頭を優しく撫でてくれたその手は、手袋越しでも温かく感じた。

 そうしているうちに、急に眠気に誘われてしまい、私は抗うすべもなく目を閉じた。


 ああ、そうか……彼が吸血伯爵なのだ


 



「……っ!」


 目が覚めて、自分が生きていることを実感する。

 

 あれば全て悪い夢だったのだ。

 そうに違いない。

 私は盗賊に襲われて死んだりなんかしていない。


 冷や汗と速くなる呼吸をなんとか落ち着かせながら体を起こすと、ふかふかのベッドの上で寝ていたことに気づいた。


「ここは……」

「お目覚めですか、お嬢さん」

「!」


 見計らったかのようなタイミングで入室してきたのは、背の高い黒髪の男性だった。


「あなたは……」

「ええ、お察しの通り私が吸血伯爵ことルベル・ミルドヴェステです。どうぞよろしく」


 あの時助けてくれた男性は、やはり伯爵様だった。

 ということはここは伯爵様の屋敷だろう。

 意識を失う直前、屋敷へ連れて行くと言っていたのは聞こえていた。


「た、助けていただきありがとうございます」

「いえ、私の管理が行き届いていませんでした。怖い思いをさせてしまいすみません。それと、荷物は全て預からせて頂いたのですが……念の為聞きますけど、これ、いります?」


 伯爵が取り出したのは、あの日父から渡された銀の短剣だった。

 やはり、伯爵はこちらの魂胆に気づいていたのだ。


「も、申し訳ありませ、……っ」

「ああ、そんなに怯えないで。いいんですよ、別に。こういうことはよくありますから」

「な……」


 助けて貰っておきながら暗殺を企てていたなんて、今ここで殺されてもおかしくないはずなのに、伯爵はまるで気にも留めていない様子だった。


「こんなおもちゃじゃ、僕は殺せませんから。どうしても試したいなら、今ここでお嬢さんの気が済むまで刺してもらっても大丈夫ですよ」

「そ、そんなことは……!」

「ふふ、エゼルド商会も酷いものだ。こんなに愛らしいお嬢さんを身一つで寄越すなんて。これじゃあ、僕が好き勝手なことをしても文句は言えませんよ」


 まるで私を品定めするかのような視線に、抗いがたい魅力を感じる。

 彼の年齢はゆうに三百歳を超えていると聞いたが、見た目は歳若い青年としか思えない。

 と、私が肩を強ばらせていることに気づいたのか伯爵様は私を宥めるように笑った。

 

「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」

「伯爵様は、全て知っていたのですか」

「ええ」


 やはり彼は最初から父と商会の計画を見透かしていたのだ。

 ならば、なぜ私との結婚を了承したのか。


「だって、せっかくお嫁に来てくれるって言うんですから断るわけにはいかないじゃないですか。断る理由もないですし、そろそろお嫁さん探しでもしようかと思っていたので」

「え……?」

「もうあと二十年すれば魔族としての婚期を逃すところだったんです。だから、周りが結婚しろってうるさくて。まさかこんなに若いお嫁さんを貰えるとは思いませんでしたけど」

「に、二十年……」

「あ、そうそう。弟くんにはもう連絡してありますから安心してくださいね。今頃安心して学校で講義を受けていると思いますよ」


 魔族特有のジョークなのか分からないが、話のスケールについていけない。

 しかし、どうやら伯爵は結婚適齢期でちょうど嫁候補を探している途中だったということらしい。

 そこに舞い込んできた私との縁談に、裏にある計画を見越した上でちょうど良いと受けることにしたと。

 一つだけ言えることは、私があれほど苦悩した暗殺は、彼にとっては取るに足らないものだったというのとだ。


「弟のことはありがとうございます。ですが、私は伯爵様にお返しできるようなことはなにも……」


 まさか本当に結婚するとは思っていなかったため、伯爵家の妻として相応しい教育などは受けていない。


「いいえ、あるじゃないですか。そこに」


 伯爵が見つめているのは、私の首元だった。

 寝ている間に私の持ち物ではないネグリジェに着替えさせられていたのか、首元は露出している。

 まさかと思い息を飲めば。

 

「それがですね、若い頃はガバガバ飲んでたんですけどそのうちに吸血伯爵って言われるようになっちゃいまして。流石に反省してやめるようにしたら、飲まなくても月の光だけで生きていけるようになったんですよね。あ、知ってます? 魔族って月の光を栄養素にするんですよ。環境に優しくて良いですよね。でも、このところ天気も悪いし体の調子も悪くて。だから、そろそろ新鮮な血を貰おうかと」

「は、はぁ……」


 またしてもついていけない話だ。

 困惑する私を他所に、伯爵はぺらぺらとそのまま続ける。

 

「お恥ずかしい話ですが、昔は誰彼構わず貰っていたんですけどそういうのってやっぱり良くないじゃないですか。だから、嫁取りしてお嫁さんから吸えば問題ないと思いません?」

 

 聞かれても困る。


「え、ええと……」


 要するに、妻と言うよりも新鮮な血を提供する生贄という認識でいいのだろうか。

 だが……それなら私にもできるはずだ。

 このまま伯爵に助けてもらってばかりでは、申し訳なさで潰れてしまいそうだった。

 妻という名の生贄をまっとうすることで、伯爵への恩を返せるのならば十分だ。


「なあんてね。いきなりそんなこと言われても困るでしょう。結婚はしなくていいですよ。ただ、あなたと弟くんは僕の庇護下でやって行けるように手は回しますから、後のことは心配しなくても……」

「いえ! ぜひ結婚させてください」

「え」


 伯爵はなぜか驚いている。

 

「本来なら処刑されて当然ですのに、伯爵様は私を助けてくださいました。その御恩に報いたいのです」

「そんな大袈裟な。別に無理しなくても……」

「では、他にどんな方法で伯爵様へ見返りを提供できるのですか?」

 

 私の言葉に、伯爵は困ったような表情になった。


「見返りなんていりませんよ」

「私が返したいのです。どうかお願いします」

「ですが」

「お願いします!」

「ううん。なるほど、これは頑固だ」


 見返りを求めない親切というものほど恐ろしいものはない。

 私は人の欲深さをよく知っている。

 自分自身も、生き残るために手段を選んでいられなかった。

 

 この世に、無償の善意など存在しない。

 たとえ本当に伯爵が私になんの見返りを求めていなかったとしても、ここで返さねば彼に借りを作ることになり、いずれどこかでこの借りが私の首を絞めるに違いない。

 

「元々リーディス子爵家に帰すつもりはありませんでしたが……まあいいでしょう」


 頑なな私を見かねてか、伯爵はやっとうなずいてくれた。


「今日からあなたは私の妻です。この誓い、決して後悔はさせませんよ」


 柘榴の瞳が私を真摯に見つめている。

 まるで、その赤に吸い込まれそうだった。

 だが、見とれている暇は無い。


「寝起きでベッドの上というのも味気ないかもしれませんが、先に婚儀を済ませておきましょうか。後であなたの気が変わってしまったら私は悲しい」

「えっと、ここでって……」

「吸血鬼の結婚は、お互いに血を飲むんです。人間のあなたには少々くらっとしますので、耐えてくださいね」


 そんなやり方があるなんて初めて聞いた。

 血を飲むとは、一体どうすれば良いのだろうか。

 私は伯爵のような牙もなければ、他人の血なんて飲んだことがない。

 そもそも衛生面とか、痛くないのかとか、色々と聞きたいことは山ほどある。


「まずは、僕が先にしましょうか。……それでは、失礼して」


 伯爵は私に寄り添うようにベッドに腰掛けて、私の左手を取る。

 そっとひと撫でしてから、伯爵は私の薬指を摘んだ。

 指輪でも嵌めてくれるのかと思いきや。

 

「まっ、そ、そんな」


 かぷり、と伯爵が私の指に噛み付いた。

 痛みはないが、あまりに倒錯的な光景に目を疑った。

 まるでわ度数の強いお酒を飲んだ時のような感覚がする。

 頭がぼうっとして、くらくらするような……。


「ああ……なんと美味な……」


 伯爵が何か言っている。

 混乱する頭ではよく分からないけれど、頬に赤みがさして恍惚とした表情は、見てはいけないもののような気がしてしまった。

 

「あ、あの……」

「ふふ、もう我慢できませんか? では、正気のうちに私のものを飲んでもらいましょうか」


 伯爵の口がやっと離れたら、伯爵は自分の指を噛んでから私に差し出した。

 見ると、噛み跡からたらりと血が流れている。


「人間には牙がありませんからね。さあ、どうぞ」

「こ、これを……わたしが……」

「ええ。さあ、ほら。飲んでください」


 伯爵は甘くとろけるような声で私に迫ってくる。

 そうだ、はやく舐めなければ垂れて落ちてしまう。

 そんなの勿体ない。

 だって、こんなに美味しそうなのに……。


「……っ」

 

 気がつけば私は、一心不乱に伯爵の指にしゃぶりついていた。

 口の中に甘くて苦い独特のお酒のようなが広がって、美味しくてたまらない。

 家のことも商会のことも、何もかも忘れて私はただひたすらに血を貪った。






 それから私は、またしても気絶してしまったらしい。

 目が覚めたら外は夕陽が沈んでいて、昼寝どころではないぐらいに眠っていた。

 それから、伯爵の案内で改めて屋敷の皆と顔を合わせ、正式に伯爵の妻として迎えられた。

 反発も多いだろうと覚悟していたのだが全くそんなことはなく、むしろ大喜びされたぐらい。

 使用人たちは皆、このまま伯爵が独身のままでいるつもりじゃないかと口酸っぱく見合いや縁談を勧めていたのだとか。

 

「まったく伯爵様ったら、浮かれすぎですよ!」

「すみません、嬉しくって。つい」

「ただでさえ奥様はお疲れなのですから、もっと慎重になさってください」


 私専属の侍女だと紹介されたラティという女性は、伯爵に対して注意をするぐらいだった。


「奥様ってとっても可愛らしいお人だわ……!」

「こんなに華奢で小さいなんて、私たちがちゃんとお守りして差し上げないと!」

 

 その他のお屋敷の使用人たちも皆魔族の血を持つ者らしいが、彼女たちは私の存在が物珍しいのかやたらはしゃいでいる。

 

(華奢って初めて言われた……)

 

 伯爵同様に口元から牙が覗いているあたり、やっぱり彼女たちには人間が物珍しいというだけなのだろう。


 ある程度屋敷の中を回ってから、食堂に連れていかれる。

 そこでは伯爵が待っていた。


「夕食にしてはもう遅いけれど、よく眠れる紅茶とちょっとしたお菓子を用意してもらったんです。一緒にどうです」

「そうでしたか。では、ご一緒させていただきます」

 

 平静を装うものの、あんなとんでもないやり取りをしてしまったと、思い返すと恥ずかしくなってくる。

 正直緊張はしているが、伯爵の好意を無碍にする訳にはいかない。

 花で飾り付けられたテーブルに、ケーキスタンドとティーポットが用意されていた。

 

「ありがとうございます、ラティ。もう遅いですし、そろそろ休んでください」

「かしこまりました。それではお二方、ごゆっくり」

 

 てっきり一緒に居てくれるものだと思ったが、ラティは頭をぺこりと下げて退室していく。

 

 つまり、この場には私と伯爵二人だけ。

 

 気まずい。私の頭の中は、先程の伯爵の耽美な表情でいっぱいだった。

 

「ほら、座ってください。一緒に食べましょう」

「は、はい」

 

 と向き合うように座る。

 スタンドには小さく切り分けられたケーキやパイが用意されていて、見ているだけでも心が踊るくらいだ。

 

「うちの料理人が作るスイーツはどれも絶品ですから。好きなものを食べてください」

 

 そう言いながら、公爵は砂時計の頃合いを見てカップに紅茶を注いでくれていた。

 林檎のタルトが目に付いて、私はそれを取らせてもらう。

 

「美味しい……!」

 

 一口食べてから、私は思わずそう言っていた。

 甘い口どけの焼き林檎と、香ばしい匂い。

 しばらく甘いものなんて食べていなかったから、全身にしあわせが染み渡るような味だった。

  

「おや、やっと笑ってくれましたね」

「え?」

 

 じっと見られていたことに気づいて手を止める。

 

「ずっと肩の力を張っていたでしょう。今日からここはあなたの家でもあるんですから、もっと自由にして欲しかったんです」

 

 私の、家……。


 子爵家は、自分の安心出来る居場所じゃなかった。

 いつ手を上げてくるか分からない父親に、私たちに見向きもせずに遊びに出かけてしまう母親。

 弟を不安にさせまいと必死に耐えてきたが、最後は父に全てを壊された。

 伯爵を殺すために送り込まれた花嫁のはずなのに、こんなに優しくしてもらっていいのだろうか。


「……ヴィア?」


 考え込んでしまった私に、伯爵がそっと声をかけてくれる。

 

「伯爵様は、とてもお優しいのですね」

 

 人と魔族は価値観が違う。

 父のように、魔族を悪く言う人間も少なくはない。

 けれども、彼は私の知っている「人」の何倍も優しかった。


「本当に、そう思いますか?」

「……え?」


 まただ。あの柘榴の瞳が、その視線が私を捕らえている。

 

「あなたに優しいと思って頂けているのなら何よりです。あなたは僕の妻ですからね。あなたには誠心誠意、心の底から尽くしますよ」


 伯爵はとても親切で良い人、それなのに、どうしてだか目の前にいる伯爵は、底知れない恐ろしささえ感じられる程だった。


「……そうだ、伯爵様。次はいつ血を渡せば良いですか?」


 話を変えるように、聞かなければと思っていたことを尋ねる。

 

「おや?」

「血が必要なのですよね? 私の血が美味しいかは分かりませんが、伯爵様が望んでくださるのならいくらでも吸ってください」


 この家で私が求められている役割は血液を提供する事だ。

 子爵家にいた頃は毎日忙しく奔走していたせいで、自由にして欲しいと言われても難しい。

 それならば、まず自分のやるべきことをいつすべきなのかは明確にしておきたい。

 

「気持ちは嬉しいですけど、そんなに毎日吸ったりしませんよ。必要になったら言います。それか……あなたが僕に血を捧げたいと思う時、ですかね」

「……!」


 そう言われて、あの時の酩酊を思い出す。


「病みつきになりました? ふふ、ダメですよ。何事も、ほどほどが一番ですからね」


 伯爵は私の心の中を見透かしたかのように、妖しく笑った。






 伯爵家での日々はとても穏やかだった。

 昔なら読む暇もなかったような娯楽小説を買ってもらったり、のんびりとティータイムを楽しんだり。

 けれど、遊んでばかりいるのは申し訳ないと使用人を手伝おうとしたら皆に遠慮されてしまい、落ち込んでしまった私を見て、それならばと大掃除大会を開催してくれたり。

 広い庭園の手入れも手伝わせてもらったりした。ここには薔薇がたくさん咲いていて、うっかりすると出口が分からなくなって迷宮の中に迷い込んだかのような気分を味わえたりする。


 夫婦としても上手くやっている方だとは思っている。

 伯爵様、ではなくルベル様とお互い名前で呼ぶようにもなった。

 世間一般の夫婦というものをあまり知らないのもあって、恋人や夫婦らしいことは私はまだよく分からない。

 

 けれど、伯爵に血を吸われるのは心地よく感じられる。

 あの感覚がクセになったから、というわけではない。

 伯爵に求められているその実感が、私の存在意義を高めてくれるからだ。


 時々弟からは手紙が来て、お互いの近況を報告した。

 学校では上手くやっているようで、毎日楽しくて仕方がないとのことだった。

 伯爵がいつ手を回したのかは知らないが、伯爵が弟の後見人となっていて、学校の中にいるかぎり父が弟を連れ戻すことができないようにされていた。

 しばらく一安心だといえるが、私が居なくなったあとの子爵家がどうなっているのか、それだけが心配だった。

 領地や財産の管理も、今は心配しなくていいと伯爵様からは言われていたが、本当にそうだろうか。


「ヴィア? どうかしました?」

「あ、いえ……ただ、少し考え事をしていたんです」


 お屋敷の近くには街があって、市場や劇場などにも連れて行ってもらっている。

 今日は夜市でのお祭りがあるようで、伯爵様が気分転換にと連れてきてくれた。

 社交界には出ておらず、人付き合いもないので国内の情報を集めるにしても限りがあるが、こうして外へ連れ出してもらえるのは嬉しかった。


「子爵家の領地がどうなっているか、気になって……。小さいし、領民も少ないですけれど心配で……」


 大した歴史も逸話もないけれど、ご先祖さまがずっと昔に王家から賜った、大切な土地と爵位だ。

 父にその思いはなかったようだけれども。


「ああ、そのことですか。それなら心配いりませんよ」

「ですが……」

「リーディス子爵領は、我がミルドヴェステのものになりましたから」

 

「え」


 今、伯爵はなんと言っただろうか。

 あまりに予想外で、話がとても頭に入ってこない。


「隠してたんじゃなくて、頃合いを見てあなたに譲渡するつもりだったんです。ヴィアが無理をしないか心配で。あなたは頑張り屋さんですから」

「で、では父や母は……」

「お元気だと思いますよ。今はどこにいるか分かりませんけれど」


 伯爵はにこにこと楽しそうにそう告げた。

 ここに来たばかりの頃、私は伯爵に優しいと言ったことがあった。

 その時の彼の様子は、今も覚えている。


『本当に、そう思いますか?』


 底知れないあの恐怖が、再び私の前に姿を現した。

 何故だろう。

 伯爵はいつも私のことを大切にしてくれて、何不自由なく生活させてくれている。

 本当に、とても良い夫だと……そのはずなのに。

 

「ちょっと怖がらせ過ぎましたかね。冗談ですよ」


 その声で、ハッと我に返る。

 そうだ、伯爵が恐ろしいだなんて馬鹿げている。どうかしていた。


「あなたがいなくなってからとうとう首が回らなくなったようで、お義父様自らが申し出てきたんです。まあ、既にその時にはお義母上は出ていってしまわれたようでして、お会いすることは叶いませんでした」

「そうでしたか……。最後までルベル様にご迷惑をかけてしまうとは、申し訳ありません」

「いえ、妻の不安を解消するのも夫の大切な役目ですから」


 いつかこうなるような気はしていたが、やはり、と言った具合だろうか。

 結局、子爵家は家族としては崩壊したまま終わってしまったのだ。

 

 それよりも、伯爵に迷惑をかけてしまったことが申し訳ない。

 伯爵はどうして、こんな私に尽くしてくらるのだろうか。


「そうだ、あっちで硝子細工の店が出ているみたいですよ。良かったら見ていきましょう」

「確か、ラティたちが素敵な硝子細工が売っていたと言っていましたね」


 皆が気を利かせてくれたのか、今日は二人でのお出かけだった。

 事前にラティたちからも、色々とデートスポットを教えてもらっていた。


「今日はなんでも好きなものを買ってあげます」

「なんでも買ってくださるのはいつもじゃないですか。申し訳ないですよ」


 私がそう言えば、伯爵はくすりといたずらっぽく笑う。

 

「そうですか? では……帰ったら見返りでも貰いましょうか。あなたの大好きな、『見返り』をね」


 耳元で囁かれて、思わず頬が熱くなる。


「からかわないでください!」

「ふふ。ああ、本当にあなたは可愛い人だ」


 見返りなんて言っているが、伯爵が言いたいのは吸血のことだ。

 首筋が疼いたのには、知らないフリをしておく。



 しばらく夜市を見て回り、楽しい一時を過ごした。

 いきなり夫婦として始まった関係ではあるものの、まだまだ夫婦というより恋人未満のようだとも感じている。

 私はそれで十分だが、伯爵はどう思っているのだろう……。


「ヴィア、あまり遅いと明日に響きますからそろそろ帰りましょう」

「はい」


 伯爵に肩を抱かれ、帰りの馬車の方へ向かう。

 だが、その時だ。


「お前っ! お前が吸血伯爵だろう!」


 場違いな怒鳴り声に、周囲がざわつく。

 思わず驚いて伯爵に抱きついてしまった。


「な、何事ですか!?」

「ふむ、厄介なものが来てしまいましたね」


 人々の間から現れたのは、ぼろをまとい薄汚れた男だった。

 目は血走っていて、怒り狂っている様子だ。

 私と伯爵の方に近づきながら、ぶつぶつと何か恨み言のようなものを呟いている。

 

「吸血伯爵、俺から全てを奪って満足か!」

「奪う? いやだな、お前たちのちっぽけな財なんて要りませんよ」


 伯爵の声は、まるで初めて会った時を思い出させるような低く恐ろしい声だった。


「この方を……知っているのですか」

「あなたもよく知っているお方ですよ。ねえ、エゼルドさん」


 私は伯爵の言葉が、にわかには信じられなかった。


「うそ、エゼルド商会の……」


 私を伯爵にけしかけた張本人だ。

 西都で巨額の財を築いたはずのエゼルド商会のトップが、こんな姿でいるはずがない。

 だが、そこで私はあることに気づいた。

 

「待ってください、私がお屋敷にいる間、エゼルド商会は一体どうなって……」


 私が伯爵の妻となってお屋敷で楽しく暮らしていた間、外の世界の情報はほとんど入ってきていない。

 実親がどうなっているかさえ今さっき知ったぐらいだ。

 伯爵を嫌っているエゼルド商会の近況となると、尚更だ。


「潰れましたよ。この人たちがあなたにしたのと同じことをしてあげたんです。だって、エゼルドさんのおかげで僕とヴィアは出会えたんですから」


 伯爵は淡々と語る。つまらない世間話でもするかのように。

 

「一体、なに、したんですか……?」


 恐る恐る尋ねる。

 きっと知ってしまえば、これまで通りの関係ではいられなくなるような気がして、自分から聞いておきながら聞きたくないような気分だった。

 

「たいして面白い話じゃないですよ。目立ってしまいましたし、さっさと帰りましょうか」


 私の祈りが通じたのか、伯爵は詳しく語ることはなくそのまま帰ろうとする。


「待て! この化け物め! お前が商会に送り込んだ連中のせいで、俺たちは……!」


 エゼルドはナイフを取り出して私たちに向ける。


「きゃっ」


 よく見れば、ただのナイフではなく銀の短剣だった。

 あの夜、私が手にしていたものと同じようなものだ。


「殺してやる! 今ここでお前らを殺してやる!」


 周囲から悲鳴が上がり、人々は逃げ出していく。

 混乱が広がる中、伯爵はただため息をついた。


「僕がどうして吸血伯爵と呼ばれたのか、知っていますか? 僕に願いを叶えてもらう代償に、血を捧げるからですよ」


 こちらににじり寄るエゼルドに対し、伯爵様は武器も持たずに向かっていく。


「返せ……俺の妻を……息子を……金を返せ!」


 だが私は知っている。

 この人は恐ろしい程に強い。人間ではなく、魔族なのだから。


「ですが……あなたの血は、いりませんね」


 一瞬のことだった。

 伯爵の手に黒いもやのようなものが見えた次の瞬間、エゼルドは倒れていた。

 カラン、と短剣が音を立てて地面に落ちる。

 伯爵の言葉通り、血は一滴も流れていない。

 

 エゼルドは死んでしまったのだろうか。


「騒がしくなってしまいましたね。行きましょう」


 伯爵に肩を抱かれ、私はそのままこの場を去っていく。

 

 振り返った時、もうそこにはエゼルドの姿はなかった。






 屋敷に戻ってからも、どこか落ち着かない気持ちだった。

 

「今日はよく歩きましたね。疲れたでしょう」

「いえ……」


 ベッドの上で、伯爵が私の髪を櫛で梳かしてくれる。


「僕のことが嫌いになりました?」

「いいえ、そんなことは……!」


 慌てて否定すれば、伯爵は私の反応が分かっていたかのようにくすりと笑った。


「ルベル様は、血と引き換えに願いを叶えて下さるんですよね」

「ええ、そうですよ」

「では、私の血は……」


 私は、一度でも両親を恨んだことは無かっただろうか。

 一度でも、エゼルド商会を憎く思ったことは無いだろうか。

 私は、これまで伯爵にたくさんのことを叶えてもらった。それが、意図したものであってもなくてもだ。

 もしかすると、父はもうこの世には……。

 

「ふふ、僕は妻の願いに代価を求めたりしませんよ」


 私の不安を拭うように、伯爵はそう言う。


「彼らのことは僕が個人的にしたかっただけです。元々、僕や魔族に対しては嫌な態度の方々でしたからね。まあ、情勢というものはすぐに移り変わるものですから。僕が手を下さずとも、新しい商会に負けてそのうち潰れていたでしょう」

「そうでしたか……」

「僕にとって大切なのはあなただけです。あなたの血を願いの代価とするなど、あまりに価値が釣り合わない。あなたは、僕の唯一です。あなたがいないと、僕は生きていけない」


 伯爵が櫛を置いて、背後から私を抱きしめてくれる。


「愛しています、ヴィア」

「私も、愛しています」


 私に愛を囁くその声に、ほの暗いものを感じながらも、決して嫌だとは思わなかった。

 やはり私は、伯爵に愛されることで自分の存在を実感できる。

 彼がいないと生きていけないのは、私も同じだった。


「どうぞ、ルベル様」


 首元を緩めて誘うように肩を露出させれば、伯爵は私の望み通りに牙を突き立てる。


「ああ、ヴィア……なんと愛らしい……」



 今日も私は、愛する伯爵様に血を捧げる。

 

 首筋に感じる甘美な痛みは、震えるほどに心地よかった。

 


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