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水の都の怪奇伝

作者: 秋絽

 ある水の都(ウォータタウン)に住んでいたフォンテリーナは、謎の現象に恐怖していた。町の半数の人が謎の病にかかっていたのである。ある者は高熱で倒れ、ある者は発狂しモノを壊し、ある者は都の水路に落ちて死んでいった。

 はじめは港で働いていた一人の老人ジョンだった。その老人はいつも元気に暮らし、仕事をしていたのだがその日は特別違っていた。彼にしては珍しく高熱を発していたのである。港の漁師仲間は語った。


「あの爺さんふらついてたから支えてあげようとしたんだけどめっちゃ熱かったんだよ。あまりにも変だから医者のところまで運んであげたんだけど、大丈夫かな爺さん」


 その後、その老人は風邪として診断され解熱剤が処方された。


<>

 連れの漁師が老人を老夫婦の家に送った後、


「ウェイバ君、わるいのぉ。ここまで送ってくれて」

「いえ、日ごろからお世話になってますし、これくらいはさせてください。それじゃ、今日は休んでてくださいね。僕は仕事に戻ります」


 そういってウェイバという若い漁師は職場に戻っていった。老人は出迎えてくれた老婆に支えられながらリビングのフカフカなソファに腰掛ける。


「爺さんや、大丈夫かい?」

「ばあさん、全然大丈夫じゃないぞ。病院で熱を測ったら39度とか言われたわい」

「あらそんなに熱を。もうずっと病気とは縁遠かったあなたが。今日はウェイバさんの言う通り、仕事をするのは休んで、ベッドで寝ときなさいな」

「そうじゃの。頭痛がするしのどが渇いてしょうがない」


 老人はまた老婆に支えてもらいながらキッチンに行き、蛇口をひねり、コップに水を注いでのどを潤した。そこから2階にある寝室まで支えてもらってベッドに寝転がる。

 老人は老婆と一緒に暮らしており、看病についてはあまり心配はいらないだろう。

<>


 数日後、老婆が漁師たちに助けを求めてきた。なんでも、老人がのどの渇きをずっと訴えてきているそうだ。漁師たちは何も変に感じなかったが、普段お世話になっている老夫婦のために一人の漁師ウェイバが名乗りを上げて老人の様子を見に行くことになった。ウェイバが老婆と一緒に2階建ての老夫婦の家に着き入ると別段変わったところは無いように思えた。


「なんだ、別段と変なところは無いじゃないですか」

「そりゃそうだ。熱の症状があるだけで暴れたりはせん」


 確かに物が壊されていたり、水がだしっぱになっていたりしているわけではなかった。そんなに助けを求めるような状況ではない気がした。


「じゃあなんで助けを?」

「さっきも言った通り、水を飲む頻度が多すぎる。家の中だと支えてやれるが、さすがに病院まで送るのはきつくての。そこで助けを呼ぼうとしたんだ」


 それはそうだ。問題は老人の方なのだ。いったい何を期待していたんだとウェイバは自分を恥じた。そんな自分を反省しながら老婆についていく。建築してから結構経っているのか階段を1段1段上がるたびにきしむ音がする。今にも抜け落ちそうだがなぜかそうはならない、よくわからないが安定感があった。そうした不安を持ちつつ家の2階に上がると、いつの間にか老人の寝室の前に立っていた。


「爺さんや、入りますよ。」


 老婆は扉を優しくノックして入ることを知らせる。


「失礼します、ジョンさん」

「おぉ、来てくれたか」


 老人の様子は変わったところは無かった。少ししゃべってみても呂律が回っていないことや会話がかみ合わないなどのおかしなところは無かったが、会話中少ししたら水を一口、少ししたらまた水を一口と、やたら水を飲む頻度が多いように感じた。話しているうちに10口くらいコップに口をつけており、3杯くらい水を飲んでいた。さすがにおかしいと感じたウェイバは老婆の頼み通り老人を病院まで連れていくことにした。

 老夫婦の家を出て少しした後、


「ジョンさん、さっき会話しているときかなりの水の量を飲んでいましたけど」

「ん~、なぜか高熱が出た翌朝から無性にのどが渇く。もう数分おきに水を飲んでおかないとのどが渇いてものすごく痛いんじゃ・・・」

「そうだったんですね」

「すまん、水を飲ませてくれるかの」


 ウェイバはそう言われて老婆が渡してくれた水筒を腰に下げたカバンから取り出した。そうして、水筒の蓋に水を注ぎ、老人に飲ませた。


「ありがとう。おかげで楽になった」

「なら良かったです」


 その後は、話していると咳やのどが渇いて辛そうだったのであまりしゃべらないようにした。ときどき老人が話しかけてくれるときだけ話すようにしていたが、老人がおしゃべりだったため、かなり話してしまった。具体的には仕事で大変だったことや、ジョンが侵されている病気の症状のことなどを話した。

 そうして水を飲ませて話しているといつの間にか町の病院まで着いていた。病院に着くなり老人を待ち受けの椅子に座らせ、受付をする。

 しばらく待っていると診察の順番が来た。ウェイバは老人の肩を持ち診察室まで送っていった。

 老人は主に訴えていたのどを中心に診察を受けた。一応X線検査もしたが特におかしなところは見つからなかったようだ。老人は前回と同じ解熱剤と痛み止めを処方され家に帰った。


 数日たったある日の朝、老婆が港の漁師たちに助けを求めてきた。今度は老人の様子がおかしいそうだ。大人数で来てくれとのことなので数人の漁師が老夫婦の家に向かった。その漁師たちの中にはウェイバもいた。漁師たちのリーダー的存在の人が老婆に聞いた。


「どうしたんだ婆さん、今回も爺さんが水を飲む頻度がおかしいから病院に連れていくんじゃないのか?」

「いや、今回ばっかりは違って。私が朝起きたとき大きな物音がして、キッチンの方に向かって。そうしたら・・・ごめんなさい。あの時見たジョンさんが信じられなくて、口にしたくない・・・。」


 そう言う老婆の顔は青ざめていて震えていた。


「そうか」


 老人と長い時をともにしてきた老婆がそういうんだから普段のジョンさんと比べて信じられない様子だったのだろう。漁師たちには少しの緊張が張っていた。


「着いたぜ」


 老婆と漁師たちは老夫婦の家に着いた。家の外観を見ても違和感をすぐに感じられた。窓がひび割れていたのだ。老人の普段の姿からは考えられない。家の中に入ってみると、そこにはひどくなった内装があった。床はところどころ割れており、板材のとげとげしい断面がはっきりと見えていた。リビングを見てみるとテレビが普段置かれているであろう台座から数m先に無残にも投げ捨てられていた。ソファは一見すると無事だが傷つけられ、フカフカな印象はまるで感じられなかった。キッチンを見てみるとコップなどの食器は割られ、水道の水は流れっぱなしになっている。近くの窓は床に転がっている椅子でも投げつけられたのかひび割れていた。

 変なところしかないが、特に風呂場はシャワーの水が流れたままで、キッチンの水道もそうだった。両方とも水が流れたままになっているのが気がかりで、『のどが渇きすぎて水を飲もうとした』と言う事態を超えていた。家に着く前、老人を病院まで運べば良いだろうと考えていた漁師たちは戦慄していた。想定していたよりも状況が悲惨だったのだ。皆、直接老人の口から真実を聞かないと気が済まないのだろう。漁師たちはすぐに老人を探した。

 だが、家中を探しても老人は見つからなかった。まさか老人は外に行ったのか?一抹の不安がその場にいた全員によぎった。ここは水の都であるため水路が多く、老人がそこに落ちたら溺死するかもしれないからだ。それに狭い通路に行かれると見つからない可能性もある。

 漁師たちは急いで外に駆け出した。文字通り四方八方に探しに向かった漁師たちの中で、ウェイバは都の中央にある大きな水路に向かった。その大きな水路は人や物を運ぶ船の交通量が多く、何か聞き出せるかもしれないと思ったからだ。家の中の捜索が長引いたせいで太陽はウェイバの頭の上でサンサンと照らしていた。ウェイバは近くにいた船頭に老人の行方を聞いた。


「船頭さん!ここらへんでジョンさん見なかった?」

「いや~、今日は見てないよ。最近体調が悪そうだったけど、なにかあったのか?」

「それがずっとのどが渇くみたいで。今日家に行ってみたら家の中がめちゃくちゃで、食器がほとんど割れてたんですよ。幸い奥さんには被害はなくて良かったですけど」

「は~、あの爺さんがそんなことするようには思えないが・・・にわかには信じられないな」

「僕たち漁師も信じられなくて、直接聞きたいんですけど、ジョンさんが今家にいなくて・・・」

「だから探してるってわけか。わかった、あの爺さんを見たらお前の仲間に言っておくよ」


 あの船頭に聞いても特に情報を得ることはできなかった。ウェイバはその後も付近にいた人たちに老人の行方を聞きまわった。通行人や他の船頭、水路の近くに住んでいる人にまで聞き込みをした。しかし、皆「今日は老人を見ていない」と言った。老人は大きな水路とは逆方向の山や海岸に行ったのだろうか。その方向には別の漁師が探しに回っているからそこは任せよう、そうウェイバは考えてまだ都にいる可能性もあるため捜索を続けた。


「ジョンさん、いったいどこに行っちまったんだ」


 ウェイバは老人がなかなか見つからないことに焦りを感じてきた。そんな感情を抱きつつ捜索していると、最後の望みだろうか、港に行き着いていた。空の色は薄暗いオレンジ色となっており、そろそろ見つけないと夜になってしまう。

 ウェイバはまず小道具のある小屋に行きランプを手に取った。外はまだ薄暗いといっても屋内だと暗い場所があり不安だったからだ。ランプを取って小屋から出たとき、遠くに捜索をしていた漁師仲間が見えた。


「お~い、どうしたんだ。ここまで来て」


 大声で呼びかけると、その漁師仲間はウェイバに気付いたようだ。漁師仲間は口元に左手を添えて右手で腕を振ってきた。


「どうしたもこうしたもあるかー!夜になるから捜索は一旦中止だ。警察に言った仲間もいるし、明日から本格的に捜索される。お前も疲れてるだろ、今日はもう休め」

「わかった~。でもせっかくランプを取ったんだ、ここを少し捜索してから帰るよ」

「そうか。気をつけろよー!」


 そう言って彼は帰っていった。彼の姿が見えなくなったのを確認したのち、ウェイバはランプの明かりをつけて捜索を開始した。ウェイバはどこに行くか具体的には決めていなかったが、とりあえず仕事中主にいる倉庫に行くことにした。


<>

 倉庫に着いたぞ。それにしてもジョンさんいったいどこに消えたんだ。あんなに探しても誰一人ジョンさんを見つけられなかったんだもんな。

 そう考えながらスライド扉を開いて倉庫に入る。


「うッ。やっぱ暗いなぁ。お化けでも出そうだ」


 倉庫内は外の光がさす所は明るくまだ見えるが、光のささない所はとことん暗い。お化けとか存在しないから出るわけないのだが、いかにも出そうな雰囲気がある。ましてやこの倉庫は広いからどこかにいるんじゃないかと考えてしまう。少し想像して背中が凍る。僕はランプのつたない光を頼りに倉庫内の捜索を始めた。


「ジョンさん、いますか。いたら返事してください」


 怪しいと思ったところを適当にふらつく。暗いところでも特に暗い場所や隠れやすそうな場所などを探していく。まあ何というべきか、やっぱりジョンさんや他に人がいるわけではなかった。外を見てみると真っ暗だった。


「見つからないし、そろそろ帰りますか・・・」


 今日で見つからなかったのは残念だが仕方がない、明日には警察による捜査が始まるのだからいつか見つかるだろう。そんなことを考えながら踵を返して倉庫の出入り口に向かう。


ーダン!


「誰!?」


 突然自分から発せられていない音がした。後ろを振り返っても誰もいない。だが確かに音がした。


「誰かいるのか!ジョンさんか?それとも漁師か?」


 大声で謎のものに問いかけた。


「幽霊なのか?」


 帰ってくるのは静寂だけだった。本当に誰もいないのか?ランプのつたない光だけじゃ倉庫に真っ暗なところが多く、少し不気味に感じる。確かにいるのに、こっちからアクションしてもリアクションがない。もの凄くもやもやする。そのもやもやを解消しようと音のした方に行く。

 音がしたであろう場所に着いた。ここはどこなんだろうか。この倉庫で働いているとはいえこうも暗いとどこにいるのかわからない。ランプの光を頼りに辺りを歩いていると、木箱が見えるとともに強烈な臭いがした。思わず鼻をつまみたくなるよう臭いに思わずえずいてしまう。気合で木箱を見てみると、


「ひ、もの?」


 どうやらこの木箱には干物が入っているらしい。ということはあれだ、搬入口近くだ。木箱の周りを歩き回ってみると。干した魚や大量の塩につけた商品が入っている木箱が多くあった。

 普段は木箱からこんなに臭い漏れてないんだけどなぁ。


ークチャクチャ、クチャ・・・


 ん?微かだが咀嚼音がする。誰かいる。ジョンさんか?でもあの人が商品のモノを勝手に食べるようなことをするわけない。

 音の正体を知るために慎重に、足音を消して音のする方に進んでいく。進んでいくと咀嚼音が大きくなる。近くにいる。多分自分の隣にある木箱の裏にいる。


「そこにいるのは誰だ!・・・えっ」


 そう大声を出しながら犯人の姿を確認する。そこにいたのは、ジョンさんだった。ただし、肌は血が通っていないかのように青白くしわくちゃになっており、髪は元気な時に見た灰色の髪ではなく、悪魔を思わせるような真っ黒な髪になっている。爪は急速に伸びたのか鋭利な長い爪だった。全体の姿は外で何をしてたのか土で汚れていて、干物と塩辛を両手で貪っていた。体の所々が変わっていたがそれは紛れもないジョンさんで、僕は信じられなかった。


「あっ、あ・・・ああああああ!」


 その姿を見た僕は脳が命令する通り、その場から咄嗟に逃げた。

 ま、周りが暗い。何でだ。僕はランプを・・・持っていなかった。後ろを見てみると、自分が落としたランプを無視して自分めがけて走ってきた。


「くっ、くるなああ。・・・グハッ!」


 鈍い音が倉庫全体に響く。頭がクソ痛い。どうやら無我夢中に走っていたら倉庫の出入り口に着いたみたいだ。


「そ、倉庫から出なきゃ」


 しかし、出入り口にある扉は固く、押しても引いても全く動じない。


「えっ、なんで開かないんだよ!どうなってんだマジで」


 こうやっている間にも化け物はこっちに来ているのに!

 焦りからか、扉の持ち手をガチャガチャしてしまう。その時、扉が少し開いた。


「スライド扉じゃん!」


 急いで開けて遠ざかりたい一心で再び走り出す。後ろを確認すると成り果てたジョンさんが数m後ろにいた。もっと速く逃げなきゃ。息遣いは荒く、わき腹には激痛が走っているがもっと走らなければいけない。もはや走っている姿勢は前傾姿勢になっており、今にも転んでしまいそうだ。


「ま、まだなのか」


 今逃げている目的地は決めていてそこに一直線に向かっている。しかし、その場所を知っているからか余計に遠く感じてしまう。後ろからはジョンさんの叫びが聞こえる。おおよそ人から発せられるものとは思えない。

 永遠にも感じられる逃走で余計なことを考えてしまう。後ろの化け物に捕まった時のことや死んだとき家族がどんな顔をしてしまうのか。

 最悪な結果のことを考えているとある家が見えた。今、僕の希望はあの家だ。あの人なら何とかしてくれる。走って走って走って・・・とにかく追いつかれないように走る。

 もう苦しくて前が見えない僕に激痛が走った。


「誰だ、俺んの家にぶつかった野郎は・・・ってウェイバじゃねぇか」

「り、リーダー!た、たたたた助けてください。化け物が後ろに・・・」


 そう、僕が目指していたのはリーダーの家だ。


「後ろに化け物?」

「そ、そうです。倉庫に行ったら化け物に見つかってここまで逃げてきて」


 リーダーならあの化け物を何とかしてくれるはず。


「何言ってんだウェイバ、化け物なんてどこにもいないじゃないか」

「・・・は?な、なに言ってんですかリーダー。確かに後ろに」


 告げられたことが信じられず後ろを振り向いてみると、あの化け物はいなかった。



「・・・え?」

「な?言ったろ。誰もいないって」

「そう、すね」


 本当に後ろに化け物はいなかった。な、なんでだ?さっきまで僕を追いかけてきてたじゃないか。


「きっとジョンさんがいなくなったことがショックで幻覚を見てただけなんだよ」

「そうかも、ですね」

「今日はもう帰りな。心配なら俺がついていくからよ」

「・・・ありがとうございます」


 その後、僕はリーダーに送られて自宅に帰った。


「リーダーにまた助けられちゃったなぁ」


 帰り道、リーダーが僕に積極的に話をしてくれたおかげで少し落ち着いた。


「つ、疲れた~。結局何だったんだ、あれは」


 走りすぎて膝と足裏がものすごく痛い。これは椅子に座らなければ癒されない。椅子に座りに行く。


ートン


 ・・・!?


「誰!?」


 リーダーは帰ったはず。

 後ろを振り向くとそこには、ジョンさんがいた。

<>


 翌朝、警察の人たちの捜索で、都の細い水路にウェイバとジョンの水死体が発見された。

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