現れた王子様
ーーピンポーン
はっ?
目を開けると……。
「わたラブの世界」
どうやら、夢を見ていたようだった。
テーブルが濡れてる。
ってことは、あれはやっぱり現実だったんだ。
ーーピンポーン
誰か来たんだ。
立ち上がって、玄関に向かう。
「はい」
ーーガチャ
「あっ、あっ、失礼します」
扉を開けてすぐに私は動揺した。
あの日の私を夢を見たせいだ。
「開けてくれない?あずきちゃん」
この優しくて甘い声。
「あずきちゃん、出たよね、今」
「あっ、はい。開けます」
わたラブの王子様だーー。
「よかった。開けてくれて」
ニコッと笑った笑顔も美しい。
毒づかなくて優しくて。
わたラブの王子様だと言われている翡翠君だ。
「あ、あの。琥珀君は出掛けましたよ」
「琥珀?あーー、琥珀には特に用事はないんだよ」
翡翠君は、琥珀君の従兄弟だ。
頭脳明晰、優しくて、誰からも好かれる王子様。
女の子を傷つけることをしない優しい存在。
わたラブでは何故か二番人気なのだ。
たぶん、全世界の女子は《《特別》》っていうのが好きだからだ。
誰にでも優しい翡翠君は嫌なのだろう。
「それならどうして」
「今日は、あずきちゃんに会いに来たんだ」
カァーーッと頬が熱くなる。
翡翠君は、さらりと恥ずかしい台詞を言えるキャラクターだ。
「えっと……」
「たいした意味はないよ!一緒にケーキ食べない?」
こ、これは。
わたラブのスイーツ王子こと、美春君のケーキだ。
パティシエである美春君は、甘々台詞を囁くのが上手で。
ケーキも最高に美味しいのだ。
「た、食べます」
「よかった」
ケーキを食べた過ぎて、翡翠君を家にあげてしまった。
【分岐点を選択しました】
ああ、やっぱり。
何となくわかってはいたけどね。
絶対ハッピーエンドになるのは確定してるからわたラブをやるんだけど。
選択肢によっては波乱が起こるんだよね。
まあ、これは乙女ゲームあるあるなんだけどね。
順調すぎると飽きちゃうのが人間なんだと思うのよ。
退屈でつまらないというかね。
私は、退屈でつまらない安定が好きなんだけど。
美春君のケーキってなかなか食べれないんだよね。
翡翠君が手土産に持ってくるか、美春君本人じゃない限り食べれるチャンスはほぼゼロ。
それにケーキはわたラブの体力回復アイテムだから、課金する仕組みなんだよね。
ケーキを300円で課金すると半日は体力消費なしで遊べるシステム。
ちなみに体力は1場面ことに減っていくから、さっきで言ったら琥珀君に朝御飯作れと言われたシーンで1なくなって。
選択肢を選ぶ時に、また1減ってるはずだ。
あっ、でも。
特別なシーンを見たら、2減るから。
たぶん、さっきの指を冷やしてもらったシーンがそれにあたるはず。
目の前の分岐点選択肢は、【どうしよう……家にあげる?】って言葉の下にある【はい】に選択がついたようだ。
これは、何か波乱が待ち受けているはずだ。
で、ここで体力は0になったはず。
でも、今からケーキを食べる。
「コーヒーいれますね」
「ありがとう。じゃあ、これ」
「はい」
わたラブだったら、体力ゲージの下に出てくる数字を見ながら10分待つか。
ケーキなどのアイテムを購入するのだけれど。
私は、今。
この世界にいるから無敵だ!!
無敵って表現はちょっと違うけど。
私が見れないシーンを演じてるって感じかな。
わたラブでバイトして貯めたコーヒーカップやケトル。
実際に使える日がくるなんて、めちゃくちゃ嬉しい。
「お待たせしました」
「ありがとう」
ケーキを乗せるお皿は、20日間バイトした結果手に入れた高級品だ。
「開けていいですか?」
「いいよ」
箱を開けると美春君のケーキが並んでいた。
琥珀君が好きなレアチーズケーキお花のゼリーがついている。
翡翠君が好きなのはチョコレートケーキ。
濃厚なチョコソースが中からトロッと溶け出す。
「どれで好きなのを選んでね」
うわーー。
キラースマイル。
やっぱり、翡翠君はわたラブの王子様だ。
チーズケーキとチョコレートケーキを選ばずにフルーツケーキを取った。
「じゃあ、俺はチョコレートケーキにしよう。これは、琥珀に置いててくれる?」
「はい」
美春君のフルーツケーキ。
普通はキウイとかイチゴものっているけれど、柑橘と桃だけにこだわった一品。
「先になおしてきますね」
「うん」
冷蔵庫にケーキをいれて戻る。
翡翠君の横顔は、やっぱり綺麗だ。
翡翠君とのハッピーエンドを勝ち取った時にしか見れない横顔。
この世界だと見れちゃうなんて。
すごく贅沢。
「コーヒーどうぞ」
「ありがとう」
「砂糖とミルクもよければ」
「ありがとう」
翡翠君は、角砂糖を1つだけ入れる。
やっぱりわたラブだーー。
「いただきます」
「いただきます」
フルーツケーキを口に運ぶ。
うーーん。美味しい。
画面越しに、想像していたのより何倍も美味しすぎる。
ーービー、ビー、ビー
ん?
【ハプニング発生!?】
大きな文字が視界に映る。
ハプニング?
「あずきちゃん、口にクリームついてる」
「えっ?」
「待って、取ってあげるから」
翡翠君はポケットからハンカチを取り出して私の口についたクリームを拭いてくれる。
ハプニングってこれ?
確かに胸がドキドキしてハプニングが発生している。
「キスしてんのかと思った」
ーーガチャ
驚いて立ち上がった瞬間にテーブルに太ももをぶつけてしまう。
コーヒーカップとケーキ皿が一瞬だけズレて、大きな音がでた。
ハプニングって絶対にこれじゃん。
「琥珀、お帰り」
「い、今、ケーキ出すね」
「いや、いいわ」
「えっ、何で?」
「休日出勤なの忘れてたから」
「ちょ、ちょっと待って。琥珀君」
「ゆっくり食べて。じゃあ、またな、兄貴」
「はいはーーい」
翡翠君がヒラヒラと手を振っている。
やっぱり、波乱が待ち受けていた。
「私、ちょっと琥珀君とこに」
「待って」
翡翠君に腕を掴まれる。
「な、何でしょう?」
「ああなった時の琥珀は放っておくのが一番だよ」
【分岐点を選択します】
やっぱりか。
【このまま放っておく?】
はいかいいえの選択肢が選べる。
たぶん、はいを選べば翡翠君といい感じまでいってからの琥珀君でハッピーエンドのはず!?
はずっていうのは、私はまだ琥珀君とのハッピーエンドを勝ち取ったことがないからだ。
わたラブは、一人の相手を落とすのに最短でも半年はかかるゲームなのだ。
これは、課金しなければって話。
課金したら、最短1ヶ月でいけるらしい。
私は無課金勢なので、攻略まで半年かかったのだ。
登場人物は、7人。
もうすぐアップデートで、9人か10人になるのではと言われている。
琥珀君は、私が攻略する最後のお相手なのだ。
だから、どの分岐点を選べばいいかわからない。
美春君を攻略した時にも翡翠君が現れて。
追いかけない選択をしたら、翡翠君と途中まで仲良くなって美春君とハッピーエンドになったのよね。
わたラブを遊ぶ女子達は、だいたいそのパターンを選ぶの。
だって、ドラマの主人公になれたみたいで嬉しいでしょ。
って事は、【はい】を選択するしかないよね。
【分岐点を選択しました】
どうなる?
どうなる?
「ケーキ食べようか」
「はい」
翡翠君との何かが始まるのだろうか?
琥珀君は、謎すぎてわからない。
でも、ケーキは美味しい。
何となく体力が増えていっている気がする。
これを見れる機能とかあればいいんだけど。
中の人になっちゃってるから、見るのは難しいのかな。
「琥珀とはうまくいってる?」
「えっ、あっ、まあ」
「ルームシェアして一週間だから、まだわからないよね」
ルームシェア?!
えっ?いつ?
あーー、思い出した。
新しい機能が始まるって書いてあった。
ってことは、現実世界では昼過ぎ?
「そうですね」
「何かあったらいつでも言ってね。弟だから言ってあげるから」
「は、はい」
やっぱり翡翠君は王子だ。
この世界観すごくいい。
こんなに優しくされると胸の奥が暖かくなる。
さっきの夢のせいだ。