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【バッドエンド】現実世界

 売れない俳優である渡瀬智わたらせさとしと出会ったのは、私が25歳の時だった。



「いらっしゃいませ」

「これください」

「ありがとうございました」



 当時、夜のコンビニでバイトをしていた私。

 智は、よく出会う常連客の一人だった。

 ある日、そんな私に智が連絡先を渡してきたのだ。

 出会いは、すごく良かった。

 私達は、5年間の交際を経て結婚した。

 結婚した瞬間に智は、売れっ子の階段を駆け上がっていった。


 結婚して半年が経った頃、亜美から。

 智が若い女の子と歩いているのを見たと言われたのだ。

 それは何か仕事の関係の人なんじゃない?って私が話したら、亜美はそうなのかなーー?と疑った様子だった。

 違ったとしても、ウジウジ悩んで考えてしまう私の性格を知っているから亜美は、わたラブを教えてくれたのだ。


 私の性格を知っているのに、余計な事を言ってごめんねと謝ってくれたけど。

 私は、亜美のおかげでわたラブに出会えて感謝している。


 まあ、わたラブの話しは置いといて。

 俳優という不規則な生活だから、智は帰りが遅くなったりするだけで、特別変わったことはなかった。

 あっと言う間に三年が過ぎ。

 そろそろ、子供が欲しいかなって思い始めた頃に智が新人賞をとったと言ってきたのだ。



「すごいね」

「授賞式来る?チケットもらったよ」

「行く、行く」

「亜美ちゃんと一緒においで」

「うん」


 レッドカーペット。

 ドレスコードまである授賞式。

 売れない頃から、智をずっと応援して支えてきたから良かった。


 嬉しくて喜んでいた私とは違って、智はあのサプライズをするつもりだったんだと思うと今でも怒りがこみ上げてくる。



「すごーい、普通に来たら高いよね」

「みたいだね」



 あの日、私の人生の分岐点はバッドエンドに向かって進んでいったのだ。



「しかも、これ目の前俳優さん達が座ってる席じゃん」

「そりゃあ、そうだよね。プレミアムチケットになるのかな?」

「関係者チケット?」

「まあ、そんな感じかな」

「でも、本当によかったよね」



 亜美は、泣きそうになりながら話してくる。



「もう、泣かないでよー。化粧とれちゃうよ」

「そうだね。我慢しなきゃだね。だけどさ、ずっと苦労するのかと思ってたんだよ。俳優なんて職業、不安定でしょ?このまま凛々りりこが苦労する人生だったらって思ってたから」

「もう、お母さんみたいなこと言わないでよーー」

「お母さんじゃないって。あっ、行こう」

「この席、亜美の好きな俳優さんいたらいいね」

「確かに、それは嬉しいね」



 ドレスコードがあるから安いフォーマルな服でとも考えていたんだけど。

 智の初めての晴れ舞台なのだからと亜美が衣装貸付のお店に行こうと行ったのだ。

 高価な衣装もリーズナブルで借りられるそこで、一生着ないであろう30万円もするパステルグリーンのドレスを借りた。

 靴も貸してくれて、何と10万円。

 アクセサリーやバックも借りれて、私が今身に付けている総額は70万円にもなる。

 ヘアメイクは専門の美容院を予約して、かかったお金はたった5万円だ。

 いや、たったではない。

 実際、明日からもやしと豆苗生活が待ち受けているのだから。

 でも、今日ぐらいは豪華な料理を食べよう。




「やっぱり、みんな豪華だね」

「確かにそうだね」

「奮発してよかったね。安物だったら浮いてたよ」

「……言えてる」

「バックもみんなブランドバック持ってるよ!私達のプチプラコーデだったら、全視線集めてた」

「そうだね。言えてる」



 二人で生活していたから貯金はほぼない。

 でも、これからは智も稼げるし。

 少しぐらい贅沢は出きるかな。

 嬉しくて、嬉しくてしかたなかった。

 ずっと応援してきた夫である智が、こんな立派な賞をとることが出きるようになるなんて。



「ああ、ここだね」

「亜美ちゃん、瀬里せり君がいるじゃん」

「ほ、本当だ。メイク直してくる」

「私も一緒に行く」



 モデルから俳優になった瀬里は、無名時代から亜美ちゃんが推していた人だ。

 僅か2人のファンミーティングにも行ったぐらいで。

 こないだ行われたバースデーイベントでは豆粒だったと泣いていた。

 でも、瀬里が売れることが一番嬉しいからと無理矢理笑っていたから。

 神様がこんな良い席を用意してくれたのだ。


 ちなみに瀬里は、亜美ちゃんのことをちゃんと覚えている。

 昨年あったファンミーティングで

瀬里との握手と記念撮影があったみたいで。

 瀬里は、亜美ちゃんを見た瞬間に「亜美ちゃん、ずっと応援してくれてありがとう」とキラースマイルを浮かべてくれたのだ。



「瀬里君、亜美ちゃんに気づくかな?」

「気づかないでしょ。振り返ることないだろうし」

「絶対、気づくよ」



 激混みだったトイレにやっと入れた私達は、トイレをしてから備え付けの鏡でメイク直しをする。

 そこにいるみんなそのパターンのせいで、トイレはずっと混んでいる。



「すみません」

「はい」



 化粧直しを終えた私達は会場に戻る。

 レッドカーペットを俳優さん達が歩いて行くのをテレビじゃなく見れるなんて最高だ。

 関係者席扱いだから、俳優さん、女優さんが近くて嬉しい。



「やっぱり、肌綺麗だよね」

「ノエちゃん、化粧品出してるもんね」

「使ってみようかな!節約して」

「確かにしなくちゃ使えないよね。オールインワンで2万とかでしょ?」

「でも、2か月は使えるって言ってた気がする」

「1か月1万ってわりと高価だよね」

「確かにそうだよね」



 亜美ちゃんと話しをしながら待っていると目の前にいる俳優さん達がどこかに行くのがわかる。

 ファンサービスをかねて座っていてくれたのかな。



「たぶん、レッドカーペット歩くんじゃない?」

「だから、ちょっとしかいなかったんだ」

「まあ、瀬里君はファン想いだしね」

「確かに、ノエちゃんもそうだよね」



 証明が暗くなり、スポットライトが赤い絨毯に向けられる。

 たくさんの拍手に迎えられながら、授賞した俳優さん、女優さんが現れる。



「智君じゃない?」

「あっ、本当だ」



 有名な俳優さん達と一緒に智が歩いてくる。


ーーヤバい。

 泣きそう。

 高級なバックからハンカチを取り出して目頭を押さえる。

 こんな日がくるなんて思わなかった。

 本当に神様ありがとう。



 全員が席につくと授賞式が始まる。

 出された食事を食べながら、私と亜美ちゃんは様子を見ている。



 そして、ようやく智の番がやってきた。

 授賞した喜びを語った後で、司会者が言う。



「今回の受賞を伝えたい方がいるんですよね?」

「はい」

「今回の授賞式には大切な人が来られているとか?」

「はい。今回は、妻も来てくれているんです。子供もできましたし、頑張らないとと思っていまして」



 智の言葉に亜美ちゃんが、私の手を握りしめる。


 でも、何か引っ掛かる。



「奥様は、どこにおられますか?」



 亜美ちゃんに催促されて立ち上がった。



「奥様、こちらにどうぞ」


 歩きだそうとした時だ。

 暗い場所にスポットライトが当たる。


ーーえっ?



「奥様は、モデルの麗香さんでおられますね」



 スタッフの方に着席お願いしますと促されて、私は座る。



「どういう事?」

「聞いてない……」

「奥さんって、それは凛々子でしょ?」



 亜美ちゃんが怒って立ち上がろうとするのをとめる。

 後で話せばいい。

 この場を書き乱すのはよくない。



「渡瀬さんは、麗香さんとの結婚発表を今日この舞台でしようと決めておられたんですね」

「はい、そうですね。今まで支えてくれて応援してくれたファンの方に一番にお伝えしようと思っていました」

「素敵なお考えですね。麗香さんは、これが終わりましたら産休に入られるそうですね」

「はい。今、6か月になったばかりなので。ゆっくりお休みさせていただこうと思っています」

「会場にいるお父様もお喜びのことでしょう」

「はい。父もとても喜んでいます」



 いったい私は何を見せられているのだろうか?

 モデルの麗香は、去年まで全く日の目を浴びない人だった。

 去年の春、父である大物俳優の山上大やまがみだいがうっかり娘のことを話したことがきっかけで。

 彼女はあっという間にスターになったのだ。

 親の七光りであったものの。

 モデルとしての実績は、自分自身で掴みとったものであったから。

 世間からそれほどバッシングなどは受けなかった。



「終わったよ、凛々子」

「あっ、帰ろうか。衣装も汚したらよくないし」

「智君と話してきたら?電話でもして」

「いいよ、いいよ。今日は帰ろう」



 亜美ちゃんに心配をかけたくなくて一緒に帰る。

 本当は、あのまま楽屋に乗り込んで「智、どういうつもり!」と言いたかったけれど。

 せっかく授賞した智の栄光の傷をつけたくはないとイイコちゃんの私が顔を出したのだ。



「何かあったら言ってよ」

「うん、大丈夫だから」

「ちゃんと話するんだよ」

「わかってるよ、亜美ちゃん」



 家の前まで亜美ちゃんが送ってくれて別れた。

 慣れないドレス、慣れないヒールで、心も体もクタクタだった。


 無理して入居したオートロックマンション。

 鍵を開けて家に入る。

 変わらない景色。

 智のものは、相変わらずあるままだ。



「はあーー、何だったんだろう」



 窮屈な靴を脱ぐとあちこち真っ赤だ。

 アクセサリーは、すぐにはずして箱にしまって紙袋にいれておいた。


 ドレスを脱いだら、明日ダンボールで送るのだ。

 クリーニング代も入っているから助かる。



ーーガチャ。


 えっ?


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