プロローグ
初めて書くお話に挑戦中。
応援していただけたら嬉しいです。
「おはよう、寝すぎだぞ!」
「うーーん」
イケメン感ただ漏れのボイスが聞こえる。
「いつまで寝てる!早く朝めし作れよ」
「うーーん」
朝めし……。
夫は、そんな言い方したことないような。
・・・。
薄目を開けると……。
「どひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
変な声を出した私に彼は驚きもせずに見つめている。
「早く朝めし作れよ!!」
「わっ、わっ、わかりました」
「その前に、ちゃんと顔洗えよ」
「はっ、はい」
ベッドから飛び起きて、洗面所に向かう。
これは……夢?
いや、確実に夢だ。
だって、さっき話しかけてきたのはわたラブの琥珀君だもん。
わたラブと言うのはスマートフォンアプリで出来る女性向け恋愛シュミレーションゲームだ。
【私とあなたのラブゲーム】略してわたラブだ!
ラブゲームってのが昭和感ただよってない?と友人の亜美に教えてもらったのは、夫に不倫疑惑が持ち上がった日だった。
あれから三年ーー
わたラブには、本当にお世話になった。
最初は、一通り全部のキャラクターと恋愛シュミレーションを楽しんだのだけれど。
今は、もっぱら琥珀君一筋だ!!
琥珀君だけは、攻略法がないのでハッピーエンドに向かう選択肢を選ぶのが難しいのだ。
わたラブは、先日最新の技術を使ってアップデートされたばかりで。
今までは、名前を呼んでくれる機能がなかったのだけれど。
最近では名前を呼んでくれる機能が追加されて名前を読んでくれるようにもなったのだ。
昔は、・・・ちゃんでちゃんだけ呼んでくれてて味気なかったのよね。
それで、最近は名前を呼んでくれるし。
推しからメールがリアルに届くわ。
指定された時刻に電話をかけてくれるし。
それと、何といっても学習機能がついたのだ。
この学習機能のおかげで、琥珀君のセリフが何パターンも増えて感動したのを覚えている。
そう言えば……昨日もやりながら寝落ちしたんだ。
って事は、これはまだ夢の中。
まあ、リアルに琥珀君がいるわけないし。
先月開催された推し会には行ったけど。
居たのは、琥珀君の仮面をつけた声優さんだったわけで。
わたラブの声優さんは全員顔出しNGなので、推し会もどっぷり世界観にハマれてよかったのよね。
実際の名前を呼ばれて感激したのよ、私。
洗面所に置いてあるフェイスタオルで顔を拭く。
やけにフカフカしている気がしないでもないが気のせいだ。
フェイスタオルをかごに入れてキッチンに行くと琥珀君が冷蔵庫を開けている。
「遅いから、牛乳飲むわ」
「はっ、はい」
「コップ出せよ」
「はい」
こういう意地悪なところが琥珀君のいいところ。
「どうぞ」
「ありがと」
冷たいと思ったら、優しく頭を撫でてくれるのが琥珀君。
いわゆるツンデレってやつ。
「ご飯作るね」
「わかった。向こうで座って待ってる」
「うん」
琥珀君はダイニングテーブルに向かう。
わたラブのいい所は、コインを集めて家具を購入したり出来るところだ。
コインを集めるには、本編でバイトをしたり、ミニゲームをする。
今回、貯めたお金で私はシステムキッチンのマンションに引っ越したのだけれど。
夢でもちゃんとなっているのだ。
薄いピンク色のシステムキッチンは、私のお気に入り。
これを買うのに、わたラブに1年はついやした。
でも、私。
何で?
ーーいたっ。
「死ねよ!」
「や、やめて……」
「今回の受賞を伝えたい方がいるんですよね?」
「はい」
「今回の授賞式には大切な人が来られているとか?」
「はい。今回は、妻も来てくれているんです。子供もできましたし、頑張らないとと思っていまして」
「な、何で……?」
ーージジジ。
大きなノイズが走るみたいに映像が乱れる。
あーー、そっか。
私は、死んだのか。
妙に納得したのは、売れない俳優だった頃から夫を支えてきたのを思い出したからだ。
殺されたわけじゃない。
別れ話になって、別れたくないって言って。
不倫相手だと解釈した女は……。
「なあーー、まだ?」
「あっ、ごめん。あっつ」
卵を入れたフライパンがモクモク煙を出していた。
慌てて取ろうとして、指を火傷する。
「お前、そそっかしいな」
突然指を掴まれたと思ったら、琥珀君は蛇口を捻った水道に私の指を持っていく。
ーーヤバい。
ドキドキする。
シークレットの台詞が多い琥珀君。
わたラブのNo.1キャラクターの琥珀君を完全攻略を出来る人は、女神であるスタグラのインフルエンサーの華ノ木あかり様しかいないと思う。
攻略方法を載せちゃうと垢バンを食らうからと。
琥珀君の攻略方法だけは、唯一出回っていないのだ。
「心配かけんなよ、あずき」
あーー、名前を……。
名前を読んでくれた!
感動して涙を流すと琥珀君は、指先でそっと拭ってくれる。
学習機能付きのわたラブは、一度名前を登録すると変更は出来ない仕組みだ。
「でも、こんなの何て登録するの?」
「好きな食べ物とかでいいんじゃない?」
亜美の適当な言葉を真に受けた大福好きの私。
大福は嫌だし、あんこは嫌だし。
それで、残った選択肢の《《あずき》》にしたのだ。
「こ、琥珀君……」
「キスとかされると思った?しねーーから。もう、朝飯いいから外で食ってくるわ」
「ご、ごめんなさい」
「謝んなよ!お前の分もちゃんと買ってきてやるからな」
ポンポンと頭を優しく叩かれる。
琥珀君は、ツンツンしてる言葉と裏腹にめちゃくちゃ優しいのだ。
ーーはぁーー、尊い。
オタクと呼ばれる方達が、わたラブの推し会で呟いていた。
推しが生きているなんて、何て尊いのと。
まさに、それだ。
私の現実に推しが生きている。
何て、尊いのだ。
【分岐点の選択をしました】
ーーハッ?
何やらデカイ文字が視界に映る。
【琥珀と出かける?出かけない?】とかかれた文字の【出かけない】を選択されている。
ーーえっ?えっ?これって分岐点だったわけ。
「嘘でしょーー?言ってよーー」
大きな声を出した私は、慌てて口を閉じる。
分岐点選択とは、最後にバッドエンド、ノーマルエンド、ハッピーエンドに繋がるか別れる選択しだ。
これを選んだから最悪ではない。
バッドエンドに繋がる分岐点を選択しても、後の振る舞いでハッピーエンドに繋がることもあるのだ。
この分岐点を選択するやり方はわたラブアプリの中で、最高に盛り上がり。
わたラブを全世界に羽ばたかせた1つのアイディアなのだ。
わたラブの開発者である米子千鶴さんは、当時彼氏に三股交際をされていたらしい。
その中で、何度かあの時あの言葉をとか、あの振る舞いをしていたらと後悔をしていたらしく。
だったら、分岐点を選択するシステムを作れば面白いんじゃない?とわたラブに分岐点システムを導入したのだ。
って、分岐点を選択したって事はもうすぐ何かが起こるってことか。
だったら、早く洗い物を終わらせておこう。
焦げた目玉焼きを生ゴミ入れにいれて、フライパンを洗う。
朝御飯であるシリアルをお皿にいれて、冷蔵庫から取り出した牛乳を注いだ。
このイチゴ味のシリアルが発売された時には買いに行った。
わたラブで出てくるアイテムは、食品や日用品とコラボされていると嬉しくてつい買ってしまった。
「ふ、ふーーん、ふーーん」
鼻唄を歌いながら、ダイニングテーブルに座る。
マボガニーの高級なダイニングテーブルと猫足の姫系高級ダイニングテーブルのどちらかを決めかねていた時に、高級家具の店を見に行ったのだ。
それで、琥珀君が座るならマボガニーだと思って購入したんだよね。
本当にいい色。
姫系高級ダイニングテーブルは、わたラブの王子様の方が似合うよねーーと実際に見たら思ったんだけど。
やっぱり、この世界でもそうだね。
「いただきます」
ーーあーー、これこれ。
ザクザクとした食感を残しながらシリアルを食べる。
甘酸っぱいシリアルは、わたラブの甘酸っぱさを思わせる。
現実世界では、悲しいことばかりだった。
ーージジジ。
ノイズが走るように頭の中に映像が流れる。
現実世界で掴んだのは、バッドエンドだった。