発芽1
「久しぶりに来たなぁ」
タクトは懐かしそうにミナの家を見つめている。
「上がって。」
外見は普通の家だ。誰もこの家で何が起きているのかわからないだろう。真っ白な外壁とは真逆の真っ黒な人間の哀しき欲が彼女を縛り付け枯れさせようとしていたとは。
「ただいま。パパ。」
「おぉ、お帰り。ミナ。今日はお友達も一緒なんだね。タクト君、久しぶりだね…それと君は初めましてだね。ミナがいつもお世話になってます。」
タクトと僕は挨拶をかわし、ミナの部屋へ入っていった。
「見た感じ、普通のお父さんだね。」
そう言うとミナは、今はね。そのうちわかるよ。と何か含みをした言い方をした。
僕とタクトは目を合わせてきょとんとしていると、すぐにその意味が分かった。
ドンドンドン!と強くドアを叩く音、そしてドアの向こうから聞こえる声に僕らは驚き、恐怖した。
「カナ…!部屋に閉じこもってどうしたんだい?晩ご飯の時間だよ。カナ。早くおいで。」
優しい声色だが、不気味さがじわじわと染み込み、僕とタクトは体が強張ってしまった。
するとミナは平然を取り戻しなれたように、「わかったよ。」とだけ答えると安堵したのか、「先に待っているからね」とお父さんはリビングへ戻っていった。
「今のは…何だったの?それにカナって…?」口から疑問が零れるとミナが答えた。
「まず。パパはママが亡くなったショックで私をママと間違えてるの。カナは…ママのこと。ママの若いころにそっくりなあまり現実を受け入れられないパパはあぁやって私を重ねて現実逃避するの。あんなにドアを強くたたくのは鬱の症状だと思う。」
「思うって…なんで確信がないんだ…?」タクトが問うとミナは
「自覚が無いの。通常に戻ると記憶が無くなっているの。まるで別人のように見えるでしょう?笑っちゃうよね。」
そういうとミナは笑顔で本心を隠した。
彼女が他人に対して心を閉ざし、髪が白くなるほどのストレスの原因は母の死と父の豹変だったのだろう…。
そんなことを考えているとミナが早く行こう。ご飯はおいしいから。口止め料として食べて。とリビングへ案内してくれた。ご飯中は最初の時と同じ優しいお父さんだった。
よほど、奥様を大事に思われていたのだろう。
「ありがとうございました。」
「また、おいで。」
タクトと帰路を歩いているが、とても気まずい。今まで何を話していたのか忘れてしまったような。それほどの衝撃だった。愛する娘と妻の顔すらわからなくなってしまうなんて。ぼんやりと歩き進めていると、タクトが口を開いた。
「お父さん…どうやったら戻るんだろう。まるで認知症のような…」
「忘れられるのは辛いよな。それも大好きな父に。」
僕らには分かりえないほどの辛さだろう。
「桜井はなぜ、キツイ性格になったんだ?」
「ミナが変わったのは、お母さんが亡くなってからだ。」
タクトはミナの過去を教えてくれた。
昔から正義感が強くて、曲がったことが大嫌いだった。そんな中、母親が目の前で殺害されてしまった。それだけで辛く学校では明るい性格だったのが暗く、周りに対して興味のない性格になってしまった。そしてそのまま高校に上がり、いじめ現場を発見。いじめの内容は、母親のいない生徒に対し、侮辱行為をしていたそうだ。それに自分を重ね、正義感が許さなかった。その結果我を見失い、暴れた。ということらしい。
家に着き、彼女の父親をどうにか正気に戻せないかという気持ちの反面、このまま彼女を手に入れれば、僕に依存し彼女の瞳に僕だけを映せるのではないのか。彼女の瞳に満開の桜を映せるのは僕だけでいい。それには…タクトが…一番の敵だ。そんなことを考えながら、僕は眠りについた。
「ふうん。それが彼女の弱みってわけね。」