6.微恋
──美毘庵が八衢に現れてから、四度目の夏が訪れた。
「──はっ!……ふっ、はぁ」
「よしよし、その調子じゃ〜ほれほれ〜こうしたらどうするんじゃ?」
「……な、くっ……がぁ!?」
俺はまだ、美毘庵を殺せないままでいた。
来る日も来る日も美毘庵を殺すために全力を尽くした。考えうる限りの方法を全て試して殺害に臨んだが、どの方法も本懐を遂げるには至らなかった。
そして今日も、殺したい相手に殺しの指南を受けているのだ。
ジリジリと照り着く陽の光に、蝉の声が頭をぼうっとさせる。今日だけでもう何度 美毘庵に転がされただろう……泥だらけの俺と違って、アイツは汗ひとつ流していない。
「さて、そろそろ切り上げるかのう。立てバンビ」
「……触るな。一人で立てる」
「くくく。図体ばかり大きくなって、中身は変わっておらんのう……愛いやつよ」
初めて会った時はまだ美毘庵の方が背丈があったが、四年の間に俺は美毘庵を見下ろすほどに背が伸びていた。
背が伸びたところで、コイツを殺せなければ何の意味もないのだが。
「そろそろ服を仕立て直さねばならんのう。あちこち穴が空いておるし、傍に居って大変見苦しい」
「着物を仕立て直せば、お前を殺せるのか?」
「出た〜! バンビの口癖〜二言目にはそればっかり言うんじゃからもう〜!」
「……」
「そう睨むでないわ。しかしまあ、そうじゃのう……服を仕立て直せば案外 此方を殺せるやもしれんぞ?」
「なに、本当か。どうやって、何の関係があってだ」
「……え、伊達なバンビを見た此方が、脳殺されちゃうかもしれんじゃん」
「……よし、やってみろ」
「あ、これよく分かってないやつじゃ」
──八衢で唯一まともに残った建物……かつての美毘庵が住んでいたという御殿の中で、俺は美毘庵に裸に剥かれていた。
「……いやはや、真にいつの間にかたくましくなったのう。これもひとえに此方のおかげじゃな」
「殺せなかったらすべてが無意味だ」
「やれやれ、この四年でツッコミ不在に慣れてしもうたぞ此方は」
よく分からない事を言う美毘庵は、新しい着物を仕立てる為に、俺の身体に腕を回して寸法を図っていた。
畳に膝立ちになり、俺の腰に正面から抱きつくように腕を回した美毘庵の頭を見下ろす。
刀を合わせている時は信じられないような馬鹿力を発揮するのに、密着している美毘庵の身体はどこもかしこも柔らかかった。
「のうバンビ、そなたも年頃じゃし此方にこのように抱きつかれて妙な心持ちになったりしておらんのか? どうなんじゃ? ほれ正直に言うてみ〜?」
「何の話だ。今は首の骨か脳天か……あるいは両方かと考えていたところだ」
「で、あるか……ってそれ殺そうとしておったじゃろ! 今バンビの服仕立ててやろうとしとるんじゃからな!」
「それを着たらお前を殺せるかもしれないんだな?」
「それ、自分で言っててどう思うんじゃ?」
「……だよな」
俺は美毘庵を身体から引き剥がして、その場に座り込んだ。四年もかかって、殺せない。死ぬ片鱗すら感じない……こいつを殺すことなど、本当に不可能ではないのか──
「どうしたバンビや。ただでさえ暗い顔が一層陰っておるぞ」
「……お前は、どうしてここに居る」
「どうしてじゃと? ここが此方の実家じゃからに決まっとるじゃろ」
「……こんな何も無い島に四年も居座る理由を聞いてるんだ」
心配そうに俺の顔を覗き込む美毘庵にそう言うと、美毘庵は見たことがないような優しげな表情になった。
「──四年ほど前か、久方ぶりに帰郷して水浴びをしておったら、刀を持った童に襲われてのう。からかってやったらそやつが失神しおって……仕方なくこの御殿に運び入れたのじゃ」
「……」
「月を見ながら酒を呑んでおると、傍に寝かしておった坊が何度もうわ言を呟いておった……それが愛おしくなってしまったから、此方はここに居るのじゃ」
「……そいつは、どんなうわ言を言っていた」
「 一人にしないでくれ、と」
心の臓を、鷲掴みにされたような心持ちだった。
俺が殺したいと願ってやまないこの女は、見ず知らずの子供のうわ言に付き合って四年も、この何も無い島に居残り続けたと言うのだ。
優しく微笑む美毘庵の顔を見ていると、腹の当たりに経験したことの無い無い違和感を覚えた。
美毘庵が心を見透かしたようにどうかしたのかと聴いてきたが、返事を返せなかった。
なんだかむずがゆいような、何かがつっかえたような……ふいに湧き上がったこの違和感を、この気持ちを、いったいどんなふうに言葉にすればいいのか俺には分からなかったのだ──




