悪役モブテイマーは超ポジティブ~ザコモンスター達を神獣に超育成してたら破滅シナリオ回避楽勝!あれ、主人公ルート入りしたみたい?
「ここが新しい我が家ですか……こほっ」
荒れ果てた室内には深く埃が積もり、まともに息をするのも難しいほどだ。恐る恐る私が触れた机はそれだけで限界がきたのか、片足がとれかけ、ぐらりと揺れる。積もった埃の一部が舞い上がる。
「エルファネットお嬢様……早速、片付けを始めますね」
「はい。 お願いします、レーゼ。──私は、外へ……周囲を見回ってきます」
「はい、お気をつけ下さい」
「大丈夫よ、この仔がいるもの」
私、エルファネット=リィ=ハーゼンクロイツはここへ来る途中で、人生で初めてテイムしたハウンドドックの仔を撫でる。
そして、私に唯一同行してくれた使用人のレーゼに感謝の笑顔を向けると、外へ出る。
私についてくるハウンドドックの仔。出口のドアを通ると、ここに来る時も見えていた小さな坑山が、正面に見える。
ハーゼンクロイツ伯爵領の所領の中でも小さなそれは、かつてはそれでも大切な魔石の採掘場だったらしい。
外に出て少し歩いたところで、立ち止まる。レーゼの視線がなくなったことでほっとした私は、思わずそのまま屈みこんでします。
ジョブ獲得の儀式でテイマーという、魔物と触れる忌み職を授かってしまった私は、歴史ある伯爵家には相応しく無いと、この辺鄙な土地に追放同然の処遇で追いやられてしまったのだ。
そんな私を見捨てずについてきてくれたのは乳母姉妹のレーゼだけだった。そのレーゼをあまり心配させたくなくて、何とか保っていた気持ち。それが一人になったことで一気に折れてしまう。
そんな私の足元へ、とことことハウンドドックの仔が来ると、ペロペロと私の指先をなめてくる。
「──ふふ。君がいたね。慰めてくれてるの? ありがとう」
「バウ」
「そうだ、君に、名前をつけてあげましょう」
そうして私がハウンドドックの仔の名前を考えようとした時だった。
急に頭が痛くなる。
「え……あ……、くっ、ぅ……」
目の奥でチラチラと見たことの無いような光が瞬く。
これまでに経験したことの無い痛み。まるで自分自身の存在が失われていくかのような、突然の恐怖が襲ってくる。
それは、死を覚悟させるほどの痛みだった。
──そんな。私、こんなところで……ううん。それも、いいかも、しれない。こんな場所で暮らしていくなんて、考えられない……
痛みに悶え、思わず私は生きることを諦めかけてしまう。その私の頬を、ハウンドドックの仔が何度も何度もなめてくる。
まるで諦めないで、頑張ってと、必死に励ましてくれているかのようだ。
そんな温かな感触に、次に私の脳裏に浮かんだのは、ともに育ってきたレーゼの笑顔と、優しい抱擁だった。
もし私が死んでしまえば、こんなところまで私のためについてきてくれた彼女を、どれ程悲しませてしまうだろうか。
──それは、嫌。そんなの、いやっ!
次の瞬間だった。痛みの質が変わる。
私の存在を侵し、消し去ろうとばかりに押し寄せていたものが、少し収まる。代わりに私の脳裏に、別の何かが溢れだす。
それは映像であり音であり、そして知識だった。
その奔流のような情報の波も、ようやく収まる。
ポツリと、思わず呟いてしまう。
「私、ゲームの世界に転生してた、のね」
◇◆
あの激しい頭痛はどうやら、前世の記憶を思い出すために引き起こされた物のようだった。
あのまま、痛みに身を任せていたら、たぶん今の私の意識は完全に消えていただろう。それが不思議と直感的に理解できる。
しかし私が抵抗したからか、幸いなことにそんな事態にはならずにすんだ。その代わり、思い出せた記憶は断片的なものばかりだった。
──それでも、その断片的な記憶でわかったことも、沢山あるわ。まさかこの私がゲーム風異世界へ転生をするはめになるとはね……
「しかも、悪役モブテイマーのエルか~」
「バウ?」
「──あ、さっきはありがとね! おかげで助かったわ」
私はお礼にハウンドドックの仔をわしわしと撫でてあげる。前世の世界の犬に比べると、かなりの剛毛な感触だ。
そのまま撫でながら、私は断片的な記憶を確認していく。
──前世の名前とか、何してた人とかは思い出せず、と。この世界の元っぽいゲームも、名前はダメ。エルについては……。確か主人公たちが、最初に訪れる坑山ダンジョンに出てくるボスモンスターをテイムしていた、テイマーだっけ。
断片的な記憶を繋げ、私は少しづつ知識を手繰り寄せてくる。
──なるほど、エルがゲームで出るのは名前だけね。主人公たちが廃坑山ダンジョンに来たときには、すでにボスモンスターに殺されていると。追放されて闇落ちして、廃坑山をダンジョン化させるも、結局自分のテイムモンスターに殺されてた悪役モブテイマー、エル。
ゲームシナリオ通りならまあ、私の未来はどうにも冴えないものになる。
「……うーん。私ってモブ過ぎて、なんだか情報、少なめねー」
「バウ?」
思わず漏れた独り言に律儀に反応してくれるハウンドドックの仔。
私は再び撫でながら、前世の記憶と今世の知識を擦り合わせていく。
この世界のテイマーは、かなり特殊な立ち位置にあるのだ。基本的にはモンスターと関わりの深い忌み職。私が追放されたのがまさにいい例だ。
しかしゲームの主人公もテイマーなのだ。
彼女は周囲からの偏見をはねのけ、テイムしたモンスターとともに世界を救う英雄となる、というのがゲームのメインストーリーだった。
エルは、主人公と対比させて、テイマーが忌み職で迫害される存在だとプレーヤーに分かりやすく示すために用意されたキャラとも言える。
「よしっ。思い出すのはこれぐらいで、ま、いいかなっ」
私の将来の展望と、新しい記憶のなかのエルの情報については、いったん保留にしておくことにする。
そしてそう簡単に決めたこと自体が、少し前の私だったら考えられないことだった。何せ本来の私はもっとうじうじと悩むタイプの人間だったのだから。
それが前世の記憶の断片のせいか、私はいつの間にか、かなり楽天的になっていた。
楽天的ついでで、そんな性格の変化についての違和感も、いったんまとめて保留にしておく。
「バウっバウっ」
まるで元気になった私をみて喜んでいるかのように私の周りを駆け回るハウンドドックの仔。
「そうそう、名前をつけてあげるのが途中だったよね」
私の、前世の記憶と意識が戻りかける切っ掛けとなったテイムモンスターへの名付け。
意識を保つのに必死で、すっかり途中になってしまっていた。
「ここが本当にあの世界なら、名付けバグが効くかもしれないし。よし、さっそく名付けちゃいましょうっ」
とりあえずすぐに使えそうなゲームの知識があるのは現状、ラッキーだった。
──これがうまくいったら、やらないといけないことに、試したいことが、いっぱい増えるかも。
「たしか、ハウンド系のテイムモンスターの場合はバ行の繰り返しの単語を……」
私の周りを楽しそうに駆け回っていたハウンドドックの仔犬が、なになに、なに始まるのと私の足元へ駆け戻ってくる。
「──君の名は、バウバウ=バウよ」
私は足元の仔にバウバウ=バウという名を授ける。まるで名前をもらったことがわかるかのように、バウバウと楽しそうに吠えるバウバウ=バウ
「──あら、なにもおきない?」
私がおかしいわね、と首を傾げた次の瞬間。バウバウ=バウの頭の上にステータス画面のようなものが開く。
「あ、出たわ出たわ!」
私は思わずふんすと鼻息荒く両手でガッツポーズをしてしまう。
その私の仕草を、かつての私を知っている人が見たら驚いたことだろう。
私は鼻息荒いまま、現れたステータス画面に目を通す。
それはゲームの時のままのバグ仕様だった。テイムモンスターごとの一定のルールに乗っ取った名前をつけた時に一度だけ現れる、このステータス画面バグ。
そこでは、そのモンスターの裏設定を弄れるのだ。
「まず進化先としての、神犬ライラプスを解放するでしょ……成長は速度と攻撃力に特化させて……やっぱりピーキー性能こそが正義よね……」
私は急いでバウバウ=バウの隠しステータスを弄っていく。
「──よしっ! こんなもんでしょう」
「バウバウ!」
私のやりきった顔に、バウバウ=バウも嬉しそうだ。
「これからもよろしくね。未来の神犬ライラプスさん。これから、ビジバシ特訓よ!」
「バウっ」
「いい仔ねっ! よしよしっ」
任せてとばかりに元気良く返事を返すバウバウ=バウをつれて、私は改めて周囲の確認に向かうのだった。
◇◆
「ふーん。ここはとても良い場所かもしれないわ、バウバウ=バウ」
「バゥ?」
ひととおり周囲を見回り終えた私はワクワクとしながらバウバウ=バウに話しかける。
伯爵家の令嬢に相応しく無いテイマーという忌み職を授かったことで、追放されて来た、伯爵領内でも特に辺鄙なこの地。近くには魔石の廃坑山と、そこでかつて働いていた人々が少しだけ残っている寂れた小さな村落。
断片的とはいえ前世の記憶を思い出す前の普通の令嬢だった頃であれば絶望していたであろう場所だ。
しかし、今の私にとっては理想的だった。
近くには豊かな森と豊富な水源に支えられた川、それにほどほどの大きさの湖までもあったのだ。
何よりもフィールドの属性に富んでいるのが素晴らしい。
火と地の属性の廃坑山。
水の属性の湖と川。
水と風と地の属性の森。
「これはこの仔の育成がはかどるわー」
両手の指をワキワキさせながらバウバウ=バウをどの順番で鍛えようかと楽しく妄想する。ここが元のゲームの通りなら、テイムモンスターの育成はかなり奥が深いのだ。
──これは、腕がなるわ~。セーブとリセットが出来ないのは痛いけど。でも逆に考えれば緊張感があっていいかも?
「バウっ!」
当のバウバウ=バウが少し離れたところから吠えかけてくる。
そちらは私の新しい家のある方向だった。
「あ、そうね。結構時間が経つし、レーゼが心配してるかも。教えてくれてありがとう!
お礼に特訓メニューは少し手加減してあげるわね! 」
「バゥゥ……?」
不思議そうに鳴くバウバウ=バウを連れて、私は急いで家へと帰るのだった。
◆◇
「ただいまー」
「……」
「うわー。すごい、見違えるように綺麗っ」
「お掃除をする時間が沢山ありましたので」
「ああ、遅くなってしまってごめんなさい、レーゼ。この家の周りはとっても充実してたわ!」
「エルファネットお嬢様……」
「うん? なに?」
「いいえ、何でもございません。あの、今日のお夕食の食材が足りませんので、近くの村へ顔見せがてら行って参ります。留守をお願いできますか」
「わかったわ! バウバウ=バウとお留守番してるわね」
「バウ……? 何ですか」
「バウバウ=バウ。この仔に名前をつけたのよ」
「バウバウ!」
「あー、その、素敵な名前、ですね?」
「レーゼ、次に村に行くときは私も連れてってね」
「……わかりました。それでは行って参ります」
そうして出掛けていくレーゼ。なぜかとても慈しむような不思議な笑顔を私に向けてから出ていった。
「レーゼ、何か変だったね……」
「バウ?」
「ま、いいわ。レーゼが帰ってくるまでさっそく特訓を始めましょうか!」
「バウ!」
「家が見える範囲なら、外に出てても大丈夫よね」
そうして私は家から一番近くの木立の並ぶ場所までくる。
──よし。ちゃんと家は見えてる見えてる。これなら留守番してるのと一緒よね。
育成で一番大切なのは属性だった。
森は水と風と地の属性を帯びている。
特にライラプスへと進化させる予定のバウバウ=バウには、風の属性を帯びさせる必要があるのだ。
「さあ、バウバウ=バウ! 特訓よ!」
「バウ!」
私の掛け声とともに厳しい厳しい特訓が始まった。
「よっこいしょ」
仔犬のバウバウ=バウを抱っこすると、私は一番近くの樹に近づいていく。
「落ちないよう、しっかり掴まるのよ!」
そのまま、自分の頭の上にバウバウ=バウをのせると、木登りをしていく。
「スカートって、こういうとき邪魔よねー」
この体で木登りのするのは初めてだった。すぐに息が荒くなる。苦労しながらも、ようやく登ったてっぺんの枝へ。
「ふぅ、よいしょっと」
私は枝に腰掛けると、頭に乗っけていたバウバウ=バウを隣に下ろす。
枝に四足の脚で上手にバランスをとるバウバウ=バウ。
そこから眺める景色はなかなかのものだった。そのままその場に留まって、絶景を眺める私とバウバウ=バウ。
はた目には高い木の枝の上とはいえ、ただ、座っているだけに見えるだろう。
しかし、これがバウバウ=バウの特訓として正解なのだ。
ゲームの時、木登りというテイムモンスター用の特訓メニューがあった。
木登りは、筋力と風属性を向上させる特訓メニューなのだ。だがよく考えてみると、不思議なことに気がつく。
筋力が上がるのはわかるが、何故、風属性が上がるのか。
不思議に思ったとあるプレーヤーが、ゲームを解析したらしい。
するとどうやら、森の中の風の属性は、高い場所ほど属性濃度が濃く設定されていた。
そしてテイムモンスターが特訓している間に、木の高い場所に滞在していると、その時間に応じて風属性が上がっていくのだ。
そうやって、はた目にはいっけん、のんびり景色を眺め続けるだけの時間が過ぎていく。
「ゲームに準拠してるなら、ガンガン風属性が上がっているはずなんだけど。何か感じる? バウバウ=バウ」
「バウ!」
試しに問いかけてみると、任してとばかりに返事をするバウバウ=バウ。
次の瞬間、バウバウ=バウが尻尾をくるりとひるがえす。
すると、つむじ風が巻きおこり、私の前髪を吹き上げる。
「わっ! すごいわ! バウバウ=バウ!」
「バウー」
ちょっと、どや顔気味のバウバウ=バウが可愛い。
「特訓は順調ね! でも上がり幅を数値で確認できないのはもどかしいわねー」
「え、エルファネットお嬢様っ! なんてところに!」
その時だった。私の名前を叫ぶレーゼの声がする。
「あ……これは不味いかも」
どうやら、レーゼが村から帰ってきたようだ。
「今、おりますー。さあ、バウバウ=バウ」
「バウー」
私がまた頭に乗せようとしたところで首を横に振るバウバウ=バウ。
そのまま尻尾を激しく振ると、バウバウ=バウは木を駆け降りていく。
「え、きゃっ」
「おお、さっそくつむじ風を使いこなしてる。なかなかやるわね」
巻き上がる風を巧みに姿勢制御と落下速度の減速に使って、楽々とバウバウ=バウはあっという間にレーゼのすぐそばの地面に降りたってしまった。
その勢いに、レーゼが可愛い悲鳴をあげる。
「お、お嬢様っ! これはいったい……」
「ごめんねー。大丈夫だからー。すぐ降りますー」
レーゼの驚きの声に応えると、私もえっちらおっちら木の幹に掴まって降り始めるのだった。
◇◆
バウバウ=バウの落下パフォーマンスのお陰でレーゼの気がそれたのか、留守番をしているはずなのに木登りしていたことを、それほど怒られずにすんだ。
──レーゼって、こういうちょっと抜けてるところが可愛いのよね。
私が、にこにこしながらレーゼの料理をしている姿を見ていると、はっとした様子を見せるレーゼ。
このレーゼの様子だと何か忘れていたことを思い出したのだろう。
そのわかりやすさに、私が一層にこにこしながら見ていると改まってレーゼが話しかけてくる。
「エルファネットお嬢様」
「なあに?」
「村に行ったときですが、村長より明日ご挨拶にお伺いしたいと御伝言を預かりました」
「あーそうね。よろしいのではなくて」
「ありがとうございます。それでは準備を進めます」
言われてみれば、これでも私は領主たる伯爵家の娘だった。実質は、追放の身の上だが。
なんにしろ、そんな相手が村の近くに来ているのだ。当然、村の長たる人物なら、様子見に来たいだろう。
──向こうとしても出来るだけ変な因縁とかつけられたら面倒だろうしねー。適切な距離を置いた、穏やかな関係を築けるようにしなきゃ、よね。村との関係が、私のテイムモンスター育成計画の邪魔にならないためにも。
私はぐっと拳を握りしめ、爛々と瞳を輝やかせながら、強く決意する。
そんな私の様子を嬉しそうに見ているバウバウ=バウと不安そうに見ているレーゼだった。
◆◇
「──エルファネット=リィ=ハーゼンクロイツ様。その、この度は突然の訪問をお許し頂きありがとうございます。──こちら、この村の特産品となります」
「ありがとうございます」
バウバウ=バウに名をつけ訓練を始めた日の翌日の午後。レーゼの話どおり、村長が訪れていた。ただ、なんだか視線が定まらずに、その言葉も途切れがちだった。
──まあ、その原因は私にあるんだけどね。
事の発端。それは、その日の午前中だった。
再び私たちはバウバウ=バウの木登り訓練をしていた。しかし今回はレーゼの監視の目が厳しく、私が一緒に木登りすることは禁止されてしまったのだ。
今日は訓練ダメかーと、諦めかけたその時だった。
バウバウ=バウが自信満々に一声鳴くと、尻尾をフリフリ軽快に自力で木を駆け登って行ったのだ。
どうやら昨日習得したつむじ風を使いこなして木を登ったようだった。
すぐにてっぺんの枝につくと、誇らしげに一声鳴くバウバウ=バウ。
その軽快な姿に、私だけでなくレーゼまで思わず拍手してしまったほどだった。
そのまま私の教えた通りに木の枝の上で大人しくしはじめるバウバウ=バウ。
偉い偉いとそんなバウバウ=バウを褒めあげる私。
レーゼはものすごく不可解そうな顔をして、そんな私たちを見ていたが、しっかり教育されているレーゼは私が危ないことをしない限りは一切邪魔をしないので、ただただ見ているだけだった。
そうやって、バウバウ=バウがガンガン風属性を上げている時に、実はもう一つ、イベントがあったのだ。
そのイベントの結果が、今村長に相対している私の肩に乗っている、この子だった。
そう、なんと森でもモンスターのテイムに成功したのだ。
二体目のテイムモンスター。その名も、ポイズンスパローの、ピチュピチュだ。
見た目は毒々しい赤と黒のスズメだ。そのピチュピチュが村長の向かいに座った私の両肩を、さっきから行ったり来たりしていた。
私がテイマーだという事はどうやら村長にも伝わっているようだった。しかし、それでもこれだけ間近にモンスターがいることで、落ち着かないのだろう。
そのせいで村長の視線はピチュピチュを追ってしまって定まらず、ピチュピチュの仕草の度に、言葉も途切れてしまうようだった。
そんな村長と私が時候の挨拶を交わしたあとのこと。
一瞬、迷った様子を見せる村長。
「どうかされましたか」
「──その、こんなことをハーゼンクロイツ様にお話ししてもよろしいのかわからないのですが、どうにも困ったことがございまして……」
「どういったことでしょう? お聞かせ下しい」
私はにっこり微笑んで話を促す。形ばかりではあるが一応、私もまだこの地の領主の血族であることに間違いはないのだ。
この地に住まう民からの陳情には耳を傾ける義務があった。
「実は──」
最初はためらいがちだった村長だったが、一度話し始めると滔々と訴えるように話し始める。
よほど困りきっていたようだった。
それによると、どうやらかつて魔石を採掘していた廃坑山。
そこに見たこともないモンスターが住み着いてしまい困っているとのことだった。
──廃坑山は火と地の属性が強くて、ちょうどピチュピチュの育成にいこうと思ってたのよね。
私はちらっと、隣に立つレーゼを見る。ピチュピチュも名付ける時に、バウバウ=バウと同じ様に名付けバグで進化先の解放と成長特化をさせていた。
成長特化させたのは、体力と防御。そして解放した進化先は神鳥ガルダ。
ピチュピチュの育成には、火の属性も帯びた廃坑山が最適だったのだ。
──ただ行きたいってレーゼに言っても、危ないからと禁止されちゃうよね。けど、民からの陳情に対応するためなら、レーゼもダメとは言えないはず。
私は穏やかな笑みを浮かべたまま村長に答える。
「お話はわかりました。とてもお困りの様子、私もハーゼンクロイツ家の者として看破はできません」
「ではっ!」
「エルファネット様っ」「レーゼ、控えなさい」「……はい」
私はレーゼに釘を指すと村長に向き直る。
「とても有意義なお話しをありがとうございます、村長殿」
「はっ、何よりでございます──」
来たときよりも深く頭を下げてから帰っていく村長。レーゼも、言葉を飲み込み表情を消している。
──それにしても廃坑山にいる、見たこともないモンスターの情報を村長から貰うって……あれ、何か記憶に引っ掛かるわね……もしかして……
私は何か引っ掛かるなと記憶を探る。
──あ、これ。メインシナリオだわ。しかも主人公の……どういうこと? え、まさかの主人公ルート?
考え込む私の肩の上でピチュピチュがチュンチュンと鳴いていた。
◇◆
「慎重にいくわよ、みんなー」
廃坑の入り口。
私のかけ声に、バウバウチュンチュンと元気よくお返事してくれるテイムモンスターたち。
「お嬢様、本当に無理はなさらずですよ。お約束ですからね」
心配そうに廃坑にまで私についてきてくれたレーゼが告げる。
「はーい。レーゼも、こんなところまでありがとうね」
短弓を構え、ショートソードを佩き、軽鎧をまとった凛々しい装いのレーゼに私は感謝を告げる。
レーゼは伯爵家の使用人の嗜みとして、一通りの武芸を修めていた。
──もし、本当にこれが主人公用のメインストーリーなら、この先にいるのが私を殺すモンスターってことよね~
廃坑に踏む入りながら、そんなことを考えていると、私の横にいたレーゼが前に向かって鋭く踏み出す。
「敵ですっ!」
そのまま腰に佩いたショートソードを抜き放ち、横に振るうレーゼ。
金属同士が打ち合わされる甲高い音が洞窟内に響き渡る。
「ソードスケルトン? じゃあ、やっぱりもう──」
レーゼが剣を打ち合っている相手は、剣を構えたガイコツのモンスター、ソードスケルトンだった。幾度かの甲高い剣戟の音の後に、レーゼのショートソードがスケルトンの胸部にある核を貫く。
カタカタと音を立てて、スケルトンの骨がバラバラに崩れ落ちていく。
「おおー。レーゼ、お見事です」
「恐縮です、お嬢様。既にモンスターが徘徊している様子。ここからは私が先頭に」
「わかりました。頼りにしていますね、レーゼ」
「はっ」
◆◇
そうして幾度かのスケルトン系モンスターと遭遇した私たちは、少し広い部屋の小休止をとっていた。
そして、ここぞとばかりに私はピチュピチュの特訓を始めることにする。
「お嬢様、いったい何を……?」
ちょうどいい場所を見つけた私は、ガシガシと廃坑の床を掘り出し始める。そんな私に、驚きに目を丸くしたレーゼがきいてくる。
「穴を掘ってます。さあさあ、レーゼは休んでいて」
ここまでスケルトン相手に大活躍だったレーゼを労る。
バウバウ=バウも敵の撹乱に動いてくれていたが、スケルトンは相性的にあまりよく無いので、一番の功労者はレーゼだった。
その分、穴掘りを手伝ってくれるバウバウ=バウ。そのお陰であっという間に望むサイズまで広がる穴。
「さあ、ピチュピチュ、特訓よ!」
「チュン!」
私の掛け声と共に掘られた穴へとダイブするピチュピチュ。
私が指示するまでもなく、何をすればいいのかわかるようだ。
掘られた穴のなかにたまっているのは、サラサラの砂だった。その砂のなかでパタパタと羽を広げ転げ回るピチュピチュ。
「いいこねー。さあ、もっと勢いよく砂浴びするのよー!」
「チュンー!」
ポカンとした顔で私とピチュピチュを眺めるレーゼ。
「砂浴び……ですか?」
「そうよ。ここの部屋の砂には高濃度の火属性が宿っているのよ。いまどんどんピチュピチュの火属性が上がっているわ」
私とレーゼが話している間にも、羽をパタパタさせていたピチュピチュに変化が起きていた。その羽先がうっすらと光り始めていく。
「いいわーピチュピチュ。特訓終了よー。よく頑張りました。偉い偉い」
ブルッと体を震わせ、残った砂を落とすピチュピチュ。
その姿は、砂浴びする前よりも明らかに赤色の割合が増えていた。
「レーゼは、十分休めたかしら?」
「──驚きすぎて精神的に疲れた気はしますが、体力は問題ありません」
「そう? それならいいかしらね。いよいよボスよー」
「正体不明の廃坑に巣くった主が近いのですか、お嬢様?」
「あ、そうそう。それそれ」
「──はぁ、わかりました」
何故か呆れ顔のレーゼを先頭に、元気一杯のバウバウ=バウとピチュピチュを引き連れ、私たちは移動を再開するのだった。
◇◆
「ああ、本当に出たわねー。この、初見殺しの中ボスモンスター!」
信じたくは無かったが、それはこの廃坑がダンジョンと化し、主人公たちが訪れた時に現れるはずのモンスターだった。そう、シナリオ上では私──エルがテイムするも、操りきれずにエルを殺すことになるモンスター。
──あーあ。私、本当に主人公用のシナリオルートに乗っちゃってるよ。まあ、でも逆に考えれば、ここでこの中ボス倒しちゃえばいいんだもんね。私の死亡ルート、回避だよね、たぶん。
そんなことを考えている間に、レーゼが飛び出す。
「お嬢様! お下がり下さい!」
「あっ、レーゼ、ダメよっ」
走り出したレーゼに声をかけるも、その時には、レーゼは既に中ボスモンスターのすぐ近くにいた。
私はレーゼに伝えていなかったことを後悔する。正体不明のモンスターが主人公シナリオ上の中ボスだと、思いたくなかったのだ。
そんな私の後悔をよそに振るわれたレーゼのショートソード。それが、中ボスモンスターのプルンとした体にめり込んでいく。
「──えっ。ぬ、抜けないっ」
「すぐ離れて! レーゼ!」
中ボスの正体はヒュージスライムだった。
必死にショートソードを抜こうとしていたレーゼの腕が、プルンとその身を震わせ体を伸ばしたヒュージスライムに取り込まれてしまう。そのまま、レーゼの腕を上っていくヒュージスライムの体。
「な、何ですかこれ! き、気持ち悪い──」
スライムはこの世界では非常に珍しいのだ。ゲームでは、ここのボスとしてしか登場しない。
そしてスライムらしく、物理攻撃は無効だ。メインシナリオでも、主人公がテイムモンスターに属性攻撃をこのタイミングまでに覚えさせておかないと完全に詰むという初見殺しのボスだった。
なので、レーゼが何も知らずに斬りかかってしまったのも仕方ない。
「バウバウ=バウ! ピチュピチュ! レーゼを!」
私の掛け声にテイムモンスターの二体が動く。
先制したのはピチュピチュだった。
ヒュージスライムに半身まで取り込まれてしまったレーゼの直近まで、ひとっ飛びで近づくと、ばっと羽を広げる。
次の瞬間、その羽にまとわりつくように炎が走る。その場で錐揉み回転をするピチュピチュ。羽にまとわれた炎が渦となりヒュージスライムへと襲いかかる。
レーゼを取り込んだ部分を切り離すようにヒュージスライムの体を炎の渦が焼ききっていく。
──早速、火の属性を上げる特訓の効果が出たわね! 素晴らしい『火焔旋風』だわ。あ、『火焔旋風』を使えたってことは既にピチュピチュは『ヒクイドリ』に進化したのね
どうやらゲームと違って進化のエフェクトが出ないようだ。現実は分かりにくい仕様してるわねーと思わずため息をつく。
そうしているうちに、スライムの体液まみれになったレーゼが地面に倒れ込む。
しかしまだヒュージスライムはその身を『火焔旋風』で削られたとはいえ、健在だった。
再びその身をレーゼへと伸ばすヒュージスライム。レーゼを完全に取り込み、消化するつもりなのだろう。
そうして失った自身の体を補填し、残った骨をスケルトンとして、こちらにけしかける。
そんなヒュージスライムの目論見は当然うまくいくわけが無かった。
倒れこんだレーゼの、直ぐそばを駆け抜ける一陣の風があった。それは全身に風をまとったバウバウ=バウ。
──あれは『疾風鎌鼬』! そっかー。バウバウ=バウも進化してたのねー
そのまま、バウバウ=バウがヒュージスライムへと体当たりする。
その効果は絶大だった。
バウバウ=バウのまとう風に触れるそばから、まるでミキサーにかけられたかのように細切れに飛び散るヒュージスライムの体。
「あっ──」
飛び散ったヒュージスライムの体液を、私は後ろに下がってかわす。
しかし、レーゼはあいにく倒れこんだままだった。消耗しているようで立つのもままならない様子だ。
そこへ襲いかかるヒュージスライムの飛び散る体液が、無事だったレーゼの体の残り半分に降りかかる。
──レーゼ……あとで拭いてあげるからね……
全身べとべとになってしまったレーゼから視線をそらすとちょうどバウバウ=バウの『疾風鎌鼬』がヒュージスライムに止めを刺すところだった。
◆◇
私はバウバウ=バウによって止めを刺されたヒュージスライムの残骸に近づいていく。
──もしこれが主人公ルートのシナリオ通りなら、「アレ」をドロップするはずよね。逆に、それさえ無かったらシナリオは進まないから主人公ルートに乗らないで済んでいることになるんだけど……
そんなことを考えながら足元を見回す。キラリと光の反射が目にはいる。
私はこっそりため息をつきながら拾う。
それは鍵だった。手のひらにすっぽり収まるぐらいのサイズの鍵。メインシナリオで主人公が手にするはずのそれが、いま私の手にあった。
この廃坑の奥に隠されたドアの鍵。その先には、ヒュージスライムを錬成した錬金術師の研究室があるのだ。そこで主人公はその錬金術師の悪巧みを知り、その野望を挫くために──というのがメインシナリオの始まりとなる。
「……お嬢様、それは?」
そこへようやく起き上がったべたべたのレーゼが鍵を見つめる私に声をかけてくる。
「レーゼ、大変っ。いま拭いてあげますね」
「いえ、そんな。お手が汚れます……」
身をくねくねさせて逃げようとするレーゼをがっちりと確保し、私は断固とした態度でレーゼの全身を拭きあげていく。
しばらくべたべたとの攻防のすえ、なんとか見れる姿になるレーゼ。
「ふう、なかなかの強敵でしたー」
「……お、お嬢様──」
「あ、で、この鍵ね。まあ、言うなれば私の新しい運命、みたいなものね」
そう告げる私を不思議そうに見つめるレーゼ。バウバウ=バウとピチュピチュもそんな私とレーゼのところへと近寄ってくる。
「バウバウ=バウとピチュピチュもご苦労様! とっても素晴らしい活躍だったわ!」
私は労りながら二匹を撫でてあげる。
──まあ、このまま主人公ルートに乗っちゃうのもありよね。私がこれを手にしてるってことは本物の主人公が現れない可能性が高いし。何より、放っておくとめんどくさいことになるしね。ま、皆がいてくれたら、きっとメインシナリオも、楽勝でしょ。
そう楽天的に考えて、私はモブ悪役ルートから主人公ルートに乗り換えを決めるのだった。
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