93話:混乱
「貴様、どけーっ!」
父親の叫び声が聞こえた気がした。
さらに「うわあっ」という男性の声が聞こえたと思ったら。
ぼすっと何かに体が収まった感覚。
階段の途中、もしくは一階の踊り場に体が叩きつけられたとは思えない。
ぎゅっと閉じていた目を開けると、そこには――。
シルバーブロンドに濃紺の瞳。
目鼻立ちの整った異国の顔の男性が私を見下ろしている。
それはまるで始まりの時と同じ。
スマホを握り締め、バスに乗り換えようと、駅の階段をダッシュ。
そこで異世界転生を果たし、目を開けると、この顔が見えたのだ。
ああ、私。
もう四度目のループに入った?
「クリスティ!」
アレクの声が聞こえる。
早くないかしら?
赤ん坊で出会っていたかしら?
「医務室へ運びましょう。わたしがきっちり抱きとめました。怪我はないはずです。ただ、ショックを受けていると思います。目の焦点が合っていないので……」
あれ……?
医務室?
私、階段落ちたの、ゲームの世界だと思ったのに。
えーと、ここ、まだ日本なのかな?
頭が混乱する。
「分かりました。僕が運んでもいいですか?」
「ああ。それは婚約者である君の役目。わたしはこの地の辺境伯として、悪事を働いた人間を裁く必要があります」
「あの女は僕の護衛騎士が捕らえています。階段でこの様子を見ていた生徒も押さえました」
「ありがとうございます、殿下。そこにいる騎士もおそらく、共犯」
私の体は……アレクの腕の中に移された。
見上げるその顔は、青年アレクだ。
澄んだ泉のように美しい碧眼には、涙が溢れている。
「クリスティ、怖い思いをしたね。もう大丈夫だ。もう大丈夫だから」
「逃げるな!」
父親の怒鳴り声と「うわっ」という悲鳴。
「行こう、クリスティ」
アレクがゆっくり歩き出した。
◇
しばらく私は混乱していた。
今いる世界が日本なのか、四度目のループなのか、まだ三度目なのかと。
でも次第に気持ちが落ち着き、まだ三度目のループの世界で生きていると、ようやく理解した。
両親が健在で、アレクは私の婚約者のまま。
その事実に涙がボロボロこぼれ落ち、しばらくは止まらない。
あの時、何が起きていたのか。
まずアレク。
司書の先生に声をかけられた。アレク宛に届いた伝書鳩の手紙は、暗号文。
すぐに内容が理解できず、解読できるかと文字を追っていた時。
これはまさに愛の力なのか。
私に何か起きるとアレクは察知した。
振り返り、私とヒロインが揉み合うような姿を目撃する。
その瞬間、全力で私の方へ駆け寄り、名を叫んでいた。
護衛の騎士が動くより早く、私のところへ駆けつけたアレクだったが、間に合わない。
伸ばした手が私に届かない。
「殿下!」
二人の護衛の騎士に押さえられ、アレクはかろうじて自身が階段から落ちることを免れた。だが、私の体は――。
次に私の父親。
アレクが叫び、絶望的な空気が広がった時、父親が駆け付けてくれた。
図書館での勉強なら、見守りは必要ない。
そう分かっていたが、父親は図書館の閉館時間にあわせ、学院に足を運んでいた。
そしてちょっと覗くつもりだった。勉強している私達の様子を。
そこでアレク専用の個室がある二階へ、向かおうとしていた。
すると階段の途中に、不自然に立ち止まっている騎士がいる。黒のスーツ姿だが、その体つき、筋肉のつき方から、騎士だとすぐ判別できた。
なんだ、この男は?と思った父親の目に、階段から降って来る私の姿が見えた。
父親はぼけっと突っ立っている男に「貴様、どけーっ!」と叫び、踊り場に飛び出ると、そのまま三段跳びで階段を上る。同時に落下する私を見事キャッチしたのだ。
まさに父親の過保護により、救われた結果だった。
その後、アレクが駆け付け、私は医務室へ運ばれた。
ベッドに横になると、アレクは私の手を握り、ずっと付き添ってくれたのだ。
「もう大丈夫」とアレクは繰り返し、混乱する私が落ち着くよう、励ましてくれた。
一方、ポンネットが階段から落ちてきたら、助ける予定だった騎士。あの場から逃走しようとしたが、あっさり捕らえられている。父親がその逃亡を防ぐために投げた短剣を背中に受け、あえなく捕まった。
そして全てが明らかになる。
その話を聞くことになったのは、翌日のことだ。
私は念のためで学校を休み、父親とアレクはポンネットの取り調べを進めた。
その聴取結果を、ベッドで休む私に知らせてくれたのだ。
まず口火を切ったのは父親だ。
「犯行を計画したのは、フィーリス侯爵令嬢だ。伝書鳩の暗号文を用意したのも彼女。クリスティに階段から突き落とされたことにして、でも自身の護衛を兼ねた騎士を一階の階段のところで待機させ、落下した自分を助けさせる算段を立てていた」
なぜこんなことを計画したのか。その答えはアレクが教えてくれた。
「僕とクリスティの婚約を無効にし、自身が僕の婚約者に収まるためだった。僕が調べた通りだ。フィーリス侯爵令嬢の父親であるフィーリス侯爵は、家門の力が落ちたことに焦り、娘を王族に嫁がせたいと考えていた。そこでジュリアス第二王子を狙うように言っていたのだけど……」
ポンネットは父親の指示を無視し、私とアレクの婚約破棄を目論んだ。
勿論、婚約契約書の件は知っている。
だが私が落下時に察した通りだ。
私が犯罪者になれば、婚約は破棄……というか、無効にするしかなくなる。
犯罪者を王太子妃になんかできないからだ。
それを狙っての犯行だった。
ポンネットがジュリアスではなく、アレクにこだわってしまう理由。それは間違いなく、この世界が王太子攻略ルートだからだ。そしてこんな恐ろしい犯行を思いついてしまうのも、階段突き落とし事件が、このゲームの世界で仕組まれている事件の一つだったからだろう。
事件は起きてしまった。
でもその結果はゲームの世界の想定外だ。
階段事件の犯人がまさかのヒロインで、悪役令嬢は父親に助けられている。
ではこのままヒロインが悪役令嬢の代わりに断頭台送りで終了――なのだろうか?
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