92話:可能性を感じていたけど……。
アレクはそばにいない。助けには来ない。
そうなるとポンネットは、階段から落ちることで大怪我をする。
そしてポンネットが大怪我を負えば、確実に私が犯人に仕立てられる。
まさに二度のループで体験した、ヒロイン階段突き落とし事件。
それが今、ここで実行されるなんて……!
ヒロイン階段突き落とし事件は、アレク、ポンネット、クリスティの三人がいる時に発生していた。階段の踊り場で、ポンネットとクリスティは口論になる。怒り心頭になったクリスティは、ポンネットを階段から突き落とす。そこを救うのが、ポンネットを迎えに来たアレクだ。
この事件では確かにクリスティが、ポンネットを階段から突き落としている。
でも、今は違う。
私はポンネットに触れてもいない。
ポンネットは自作自演で階段から落ちようとしたのだ。
もし犯人にされたら、私はお終いだ。
ゲームの流れに従い、私は犯罪者となり、間違いなく断頭台送り。
いくらアレクの婚約者でも、傷害事件を起こし、許されるわけがない。
婚約契約書がいくら完璧でも、そこに私が犯罪者になることは、想定されていなかった。
犯罪者を王太子妃にするわけにはいかない。
しかも現行犯になるのだ。
まさに断頭台送りの案件。
王太子の婚約者だからこそ、見せしめの意味合いを含め、極刑が求められる。
結局、人の不幸は蜜の味なのだ。
「!」
視界の端、三階の階段に数名の令嬢の姿が見える。
あれは……ポンネットがお金で手配した目撃者に違いない。
私を護衛する騎士は、ポンネットの言葉を聞いているものの。私が犯人ではないと、味方をしてくれるかもしれない。でも生徒が見ており、目撃者になれば、話は変わって来る。
王太子の意を汲み、嘘の証言を護衛の騎士がしている――そう思われる可能性もあった。
それに護衛の騎士達がいる場所からは、私がポンネットを突き飛ばしたかどうかなんて見えない。
ただ、ポンネットの「いたっ! ごめんなさい、許して、クリスティ!」という言葉はしっかり聞くことになる。そして階段から落ちるポンネットの姿しか見えない状況だったら……。
いずれにせよ、護衛の騎士達が証言するにも無理が出てくる。
では王太子であるアレクが全力で私を庇えるか?
無理だ。アレクが私を庇うのも無理だ。
犯罪者を庇うのかと、アレクに対する非難も高まる。
ゲームのシナリオの強制力も働き、結局私は断頭台送りになるしかない。
どんなに完璧な婚約契約書を用意しても。
アレクが私を好きでいてくれても。
赤ん坊から断罪を回避しても。
私の運命は変えられない。
世論に押され、断頭台送りになる。
それにこのまま犯罪者の汚名を着せられたら、両親は深く悲しむ。
回避できた母親の病気も、私の死と同時に、再び母親に牙を剥くかもしれない。
それならば。
私が階段から落ちる方がマシだ。
大怪我を負うだろう。
そもそも生きていられるかどうか。
首の骨でも折ったら、それこそお終いだ。
そこで気になる疑問がある。
ポンネットはどうするつもりだったの?
実はとんでもなく運動神経がよく、階段から落ちても見事着地できる?
ううん。
そんな設定、前世のゲームプレイ記憶でも見たことがない。
それにポンネットが器械体操の選手のように、見事着地するなんて。
変でしょう、絶対に。
そうなると……。
アレクの助けは見込めない。ならば階段から落ちる自分を救うよう、人を手配しているのでは?
うん、この可能性が高い。
ポンネットだって痛い思いはしたくないはずだ。
しかも怪我では済まず、天に召される可能性がある。
そうはならないよう、お金で人を雇っている――これが妥当に思えた。
手配していたとしても。
その人間が階段の下で待機していたとしても。
私を助けることはないだろう。
金で雇われた人間。
ポンネット以外を助けるはずがない。
前世記憶が覚醒した三度目のループ。
赤ん坊からの断罪回避行動で、母親は若死にしないで済んだ。
母親が健在でいることで、父親も私を嫌うことがなかった。
両親の愛に守られ、私は成長することができた。
そして二度の人生で乗り越えることができなかったあの出来事を、親子で楽しむことができた。
親子三人で楽しんだサマーフェスティバル。
射的や輪投げを楽しみ、リンゴ飴を食べ、そして――。
ストロベリーのシロップをかけた氷菓を、遂に味わうことができた。
三度目のループとなったクリスティの人生。
ゲームでも見たことがない展開がいくつも起きた。
そこで私は可能性を感じていた。
三度目の人生はこれまでと違う。
奇跡が起きるかもしれない。
断頭台に送られることなく、生き延びることができるのかもしれないと。
だが、それは……甘かった。
どうしたってこの世界はヒロインであるポンネットの味方なのだろう。
この三度目のクリスティの人生で天寿を全うしたかった。
「ずっと、ずっとお父様のそばにいるね」
「! クリスティ……! ああ、勿論だ。父さんもクリスティがずっとそばにいてくれると嬉しい。うん。ずっと父さんのそばにいるといい」
お父様、お母様……。
アレク……。
私、やっぱりこの世界から退場するしかないようです。
これから感じる激痛を思い、目をぎゅっと閉じた。