9話:上級生は御立腹!
アイゼン高等学院にはV.I.Pの父兄を通すための貴賓室が用意されている。
そこで毎朝、父親とアレクと三人、朝食をとる日が続いていた。
すると母親が「一人の朝食が寂しい」と言い出したのだ。
アイゼン辺境伯家において、母親は常識人のはずだった。
だが父親と母親は恋愛結婚をしている。
母親は……父親LOVEだった。
そして独りぼっちの朝食が続き、遂に母親のSAN値にダメージが出てしまったようだ。
なぜなら今朝の学校での朝食には、母親まで同席していたのだから……!
しかも学院内にあるカフェテリアの厨房まで使い、料理はどんどん本格化している。学校の貴賓室の朝食に、焼き立てのパンケーキが登場するという、シュールな状況!
さらにこんなことをしていて、他の生徒にバレないわけがない!
校内では「王太子と辺境伯親子の優雅な朝食」と校内新聞の記事にもなり、誰もが知る事態になっていた。
どうしてこうなってしまったのかしら?
私は……ただアレクとの一つ馬車の中を回避したかっただけなのに!
するとこの日、貴賓室で朝食を終え、席に向かうと。
机の引き出しの中に、上質な封筒が入っている。
封蝋でとめられているが、それは紋章というわけではなさそうだ。
ひとまず開封し、中身を確認する。
『親愛なる
クリスティ・リリー・アイゼン辺境伯令嬢様
進言したいことがございますの。
放課後、裏庭まで来てくださりますか?
上級生より』
これは……上級生による呼び出しだと思う。
なんて……丁寧なのだろう。
前世だったら下駄箱で「おい、顔かせや」と言って裏庭か体育倉庫まで連れて行かれ、いろいろ言われるだろうに。こんな上質な封筒とメッセージカードで呼び出しをするなんて。
良家の令嬢は、不良にはなりきれないのね。
ともかく上級生に呼び出されてしまった。
これは間違いなく、「王太子と辺境伯親子の優雅な朝食」について、釘を刺されることになるのだろう。
ただ、それは仕方ないことだと思った。私だってどう考えてもおかしな状況だと思っている。でもなぜか父親もアレクも大満足しているのだから! しかも遂に母親まで……。
三人には、冷静になって欲しい。この四人で朝食をとるなら、我が家で剣術の練習をすればいい。そして我が家で、四人で朝食をとればいいのだ。学校ではなく!
母親はSAN値ダメージだから仕方ない。アレクは正直、何を考えてこの状況を良しとしているのか、分からない。だが父親は……。
屋敷ではなく、学校で朝食をとる。
そのために毎朝、馬車で私と二人きりの時間を持てるのだ。
馬車の中の父親は……限りなくご機嫌だった!
つまりこれね、理由は。
父親は、溺愛する娘と毎朝二人きりで馬車で学校へ行くのが、楽しくて仕方ない。
まあ、でも。
これで上級生に呼び出され、私がこっぴどく文句を言われたとなれば。
さすがに三人も目が覚め、学校で朝食の習慣は、止めると思う。……多分。
こうして特に誰かに知らせることなく、放課後、私は指定された裏庭に向かうことにした。
◇
裏庭。
呼び出しと言えば、校舎裏のイメージが強い。
なぜ裏庭?
しかもこの学院の裏庭は、表庭と変わらないぐらい立派だった。
呼び出し=陰鬱なイメージとは遠く、美しい花々が咲き誇っている。
それに。
「まあ、いらっしゃいましたわ」
「本当ですわ」
「よく来てくださりましたわ」
私を待ち受けていたのは、どうやら三年生。
全員、金髪に巻き毛に青い瞳。典型的なお嬢様だ。
向き合ったが、どこにも不良の要素はないし、怖くも感じない。
なんだか普通に待ち合わせをしていたみたいだ。
「ここに呼び出された理由は、分かりますよね?」
名前が分からないので、仮に彼女を上級生Aとしよう。
上級生Aが私に問いかけた。
「分かります。校内新聞にも掲載された『王太子と辺境伯親子の優雅な朝食』の件ですよね」
「ええ、そうですわ。お分かりなんですよね。いくらこの学校の創立者での一族であっても、学校で朝食をとるなんて。それは学校を私物化していますわ!」
ご尤もなので反論できない。素直に「本当に申し訳ありません。止めるようにします」としか言いようがない。
「明日から、その朝食、止めると約束してくださるかしら?」
「はい。必ず止めるようにします」
私が大人しく謝罪するのを見た上級生A。
彼女は素早く上級生Bと上級生Cとアイコンタクトをとる。
するとすぐに上級生Cは、この場を離れた。
「口約束程、不確実なものはありませんわ。あなたのその髪飾り。碧い宝石がついているその髪飾りを預かるわ。明日の朝、『優雅な朝食』がなかったら、返してあげますわ」
上級生Aの言葉が合図のように、上級生Bが私の髪に手を伸ばすので、思わず振り払ってしまう。
この髪飾りは子供の頃から愛用している。
私が迷子の少年を救い、その御礼で手に入れた碧い宝石。この宝石を使い、母親がわざわざ髪飾りを作ってくれたのだ。毎日のようにつけているので、宝石以外の部品が傷むこともある。そうするとちゃんとメンテナンスしてもらい、使い続けてきたのだ。それをこの上級生たちに渡すなんて、嫌だった。
「これはお母様がオーダーメイドで作らせた、大切な髪飾りなんです! 預けるわけにはいきません!」
「あら、それは私が約束を破ると思っているからかしら?」
「そういう意味では……」
そこに戻って来た上級生Cは、なんとバケツを持っている。
勿論、ここは良家の令息令嬢が通う学校。
バケツさえ、オシャレな真鍮製だ。
だがバケツはオシャレであろうと、その中には水が入っている。
もしや……。
「髪飾りを渡さないなら、この水をおかけしますわよ!」
いやいや、そこ、丁寧に言われてもね!
「水をかけられても、渡せないものは渡せません!」
「まあ、なんて生意気なのかしら。かけておしまいなさい!」
上級生Aが、上級生Cに命じた。
これは回避不可だ。
水を浴びたとなれば、学校での朝食も絶対になくなるだろう。
もう水をかぶることを受け入れ、目を閉じた――。
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ですが少しゆっくり目であること
どうかお許しいただけないでしょうか!
頑張って書き書きします!