88話:いつも寝室
課外授業は中止となってしまったが、翌日は予定通り、一日休みだった。
アレクは大事を取り、朝の剣術の練習を休んでいる。
「お父様、アレク王太子殿下のお見舞いに行こうと思います」
朝食の席で私がそう切り出すと「ああ、そうするといい」と父親も母親も快諾。
すると。
「昨日のお茶会はクリスティを誰かが貶めようとしたのではないか――そう聞いています。自分がクリスティの護衛についてもいいでしょうか」
デューク自らが護衛を買って出てくれたのだ!
これには父親は大喜びだった。
こうして朝食の後、外出用のローズピンクのドレスに着替え、エントランスに向かう。我が家のパティシエが作ってくれたお見舞い用のメレンゲたっぷりのレモンパイは、侍女が籠に入れ持ってくれている。
「クリスティ、お待たせ!」
デュークは深みのあるワイン色のセットアップを着ていたが、その上に胸当てや腕のガードをつけ、腰に剣を帯び、背には弓矢を背負っている。護衛につくとは言っていたが、ここまで武器も本格的に装備していることに驚いてしまう。
しかもデュークと侍女と三人で馬車に乗り込むのかと思ったら、違った。デュークは愛馬にまたがり、馬車を先導する形で移動を始めた。
本当に護衛についてくれるのだと分かり、なんだか胸が熱くなる。
デュークはゲームをプレイしている時、悪役令嬢から嫌がらせを受けるヒロインを守るため、今みたいに馬車の護衛についていた。その姿をこんな形で見ることになるなんて……!
感動だった。
デュークの護衛のおかげもあり、問題なく、アレクの別荘に到着した。
あくまで護衛に徹するデュークは、侍女と控え室で待機するという。
「それに自分がいたら邪魔だろう? 二人きりで話せばいいよ」
デュークを養子に迎える話は両親から相談され、私は快諾している。
同学年であるが、デュークの方が、誕生日が早い。
よってデュークは未来の私の兄になる予定なのだけど。
こんな頼もしい兄ならウエルカム!だった。
こうしてお見舞いのケーキを入れた籠を持つ侍女と共に、アレクの寝室へ案内してもらう。
アレクの別荘を訪問すると、いつも寝室よね……。
「クリスティ!」
ベッドから起き上がろうとするアレクに「殿下、そのままで!」と慌てて声をかける。
左脚の甲の部分に石がぶつかり、打ち身になっていると聞いていた。
骨折はしていないが、安静にして欲しい。
それでもアレクは私がお見舞いに来ると知り、寝間着ではなく白シャツに紺色のズボンに着替えてくれていた。
「寝間着のままでよかったのですよ、アレク王太子殿下」
「そう言われると思った。でも少しでも格好よく見せたくて。完全に僕のエゴだね」
「殿下なら寝間着でも、格好いいと思いますが」
思ったままを口にしたら、アレクは陶器のような肌をぽっと赤らめる。
それを見た私もドキッとして、顔が赤くなっていると思う。
「殿下! お見舞いでレモンメレンゲパイをお持ちしました!」
照れ隠しで侍女から籠を受け取り、ベッドで上半身を起こし、クッションに身を預けるアレクへ差し出す。
「甘くいい香りがすると思った。……これでお茶を出してもらおう」
籠を受け取り、ナプキンをずらし、中身を確認したアレクがヘッドバトラーを見る。彼はすぐにアレクのそばに行き、籠を受け取った。さらに控えているメイドに指示を出す。
「クリスティ、そこの椅子に座って」
「あ、はい!」
いつかのお見舞いの時のように、ベッドの右手に椅子が置かれているので、私はそこに座る。侍女は退出し、控え室で待機となった。
そこからは、もっぱら昨日の件を話すことになる。
あのメイドを装った平民の女性のことなどだ。
「そうか。僕が診察を受けている間に、そんなことが。クリスティのそばにいることができず、不甲斐ないな」
「そんな! 怪我をしていたのです。無理をして私のそばにいてくださっても、ちっとも嬉しくありません!」
「クリスティ……」
アレクと私の視線が絡む。
ここはアレクの寝室。
さすがに父親はいない。
一応、窓から木々が見えるが、そこに不自然な動きはない……あったら王太子の警備体制に問題ありで大事になる。
だがしかし。
ここにはメイドが控えている。
二人きり……なわけがない。
王族って、二人きりになるのが本当に大変よね。そこに私の父親が輪をかけている気がする。でもそれも仕方ない。とにかくまだ結婚したわけではないのだから。婚約しただけ。婚約者になっただけ……。
「!」
アレクが私の手をとり、ぎゅっと握った。
キュンと胸が高鳴る。
しかーし!
「レモンティーとレモンメレンゲパイをお持ちいたしました」
これは決して邪魔をしたわけではない。
邪魔をされたわけではないが……。
レモンティーとレモンメレンゲパイを食べるためには、手を離さなければならない。
残念だけど!
「クリスティ、ではこのレモンメレンゲパイ、いただくね」
「はい!」
アレクがメレンゲケーキやメレンゲパイが好きであることは、何度も一緒に食事をしているから知っている。それに氷菓を食べる時に、レモンシロップを選んでいた。きっとレモン好きなのだ。
よってこのレモンメレンゲパイを食べたアレクは……。