87話:完全に濡れ衣だ。
ポンネットのこの一言で、その場の空気が変わった。
「クリスティ様はお茶会の準備をしていましたが、しばらくその場を離れた時間がありましたよね」
確かに私は持ち場を離れた時間があった。
そしてその時の様子を多くの令嬢が目撃していた。
さらに異常暴走をした鹿は、ウラジロガシ茶の茶葉を食べていた。しかもその茶葉は珍しいもの。かつ私がデパートメントストアで購入したのと同じ缶が現場に落ちていた。そして私が用意した茶葉の入った缶は十個。そのうち二つが紛失している。
そこから現場にいる令嬢達は一つの考えに行きつく。
「目的はよく分かりません。ですが怪しい茶葉をばら撒き、暴走する鹿を生み出したのは、アイゼン辺境伯令嬢なのでは?」
完全に濡れ衣だ。
でも状況証拠や令嬢達の証言から、私は薬入りの茶葉を蒔き散らした犯人になってしまう――。
父親が口を開こうとしたまさにそのタイミングで、副官がこちらへ駆けてきた。
「辺境伯様、怪しい人物を捕えました!」
「そうか。ここへ連れて来い」
犯人は私なのでは――という雰囲気になっていた。だが怪しい人物が捕らえられたとなり、皆の関心がそちらへ移る。
副官が連行したメイド……彼女は私に父親がいることを伝えた女性だ!が、連れて来られた。
「このメイドが怪しいと。どう怪しいのだ?」
父親が落ち着いた口調で部下の副官に尋ねる。
「お茶会が中止になり、準備を進めていた女生徒たちは、片付けに追われています。このメイドはその片付けの混乱に乗じ、盗みを働いたのです。お嬢様の茶葉も盗んでいました」
なんとこのメイドは、高級ティーカップ&ソーサー、スイーツの取り分けで使う小皿、銀製のカトラリーなどを、エプロンやワンピースのポケットに隠し持っていたのだ。しかもスイーツに関しては、つまみぐいまでしている。
口元についたスイーツの食べかす。不自然に膨らんだエプロンやワンピースのポケット。
怪しい人物がいないか、調べて回っていた副官たちの目について当然だった。
しかも二つなくなったと思った茶葉の入った缶の一つは、このメイドが持っていたのだ!
「なるほど。報告、ありがとう。それでどこの家門のメイドなんだ?」
父親の問いに副官は「それが……」と言い淀む。
どうやら主が誰であるか、口を割らないようだ。
「……そうか。わたしの領地で起きた事件。裁きは私の采配で行うことになる。窃盗は放火に次いで思い罪だ。最も重いと両手を斬り落とすことになるが……」
そう言いながら父親の手が、腰に帯びた剣の柄にかかりそうになっている。
これにはその場にいた全員が震撼していた。
メイドの女性はサーッと血の気が引いている。
「だが、自らの罪を洗いざらい話すことで罪は軽減される。まず、いずれの家門に仕えるメイドなのか、明かすところから始めようか」
ハッとしたメイドは急に饒舌にしゃべり始めた。
「へ、辺境伯様、申し訳ありません。私は……私は、いずれかのお屋敷に正式に仕えるメイドではありません。平民で、ウエイトレスの仕事を普段しています。実は店に来た初見のお客から、『金をやる。手配もしよう。だからアイゼン高等学院のお茶会に、メイドのフリをして潜入しろ。そこでいくつかの任務をこなすんだ』と言われ、雇われたのです」
依頼をしたのは30代ぐらいの男性でフードを目深に被り、少し怪し気ではある。だが報酬として渡すというお金は、ウエイトレスとして一年毎日働いてようやく手に入る程の大金。これを断る理由はないと思った。
しかもするべきいくつかの任務。
それはまず私への伝言――「お父様がいらしているようですよ」の一言のみ。その上で地図に示されたキツツキの巣箱のある場所まで私を誘導する。案内した後は、元の場所に戻り、辺境伯の令嬢が用意した茶葉の入った缶を一つ入手。そこにあらかじめ渡した白い薬を混ぜ、再びキツツキの巣箱のある場所へ向かう。あとは缶の中身をぶちまけ、缶を捨て、そこから去る。去った上で、学院の敷地から出ることも任務に含まれていたが……。
貴族のお茶会なんて初めて見た。高級そうなティーセットに欲が湧き、それを盗もうとする。それ以前に茶葉の入った缶を手に入れる時。指定されたのは一つだったが、ここでも欲が湧く。つまり自分が持ち帰るため、一つではなく、二つ盗んでいたのだ。
「なるほど。つまり鹿が異常暴走するような薬入りの茶葉を混入させ、生徒を襲わせようとした者がいたのか。しかもその罪をわたしの娘に被せようとした黒幕がいると。だが犯人は用意周到だ。絶対に自身に足がつかないようにしている……」
父親のこの言葉で令嬢達は「そうだったのですね!」「なんて恐ろしいことを」と口々に囁く。その一方でポンネットは――。
分かりやすく残念そうな顔をしている。
それを見るにつけ、やはり黒幕はポンネットなのだと思う。
私が鹿を暴走させ、生徒に怪我をさせたとなれば、悪評が立つ。
そんな私を王太子の婚約者にしていいのか、そう言った声が起きてしまうはず。
あくまでポンネットはこの世界のヒロインとして、私とアレクの仲を裂きたいんだ……。
今回は欲深い女性がメイドに扮していたことで、私の身の潔白は証明された。
それでいてポンネットに結び付く証拠は何もない。
ヒロインであるポンネットとの戦いは……まだ続きそうだった。