86話:もしかして……大ピンチ!?
どうやら異常暴走をした鹿は、ウラジロガシ茶の茶葉を口にしていた。
しかもそのウラジロガシ茶が入っていた缶は、私がデパートメントストアで購入したものと限りなく似ている。ただ、私が買ったウラジロガシ茶には、白い粉なんて混じっていない。
この事態に私は何か作為的なものを感じていた。
一方の父親は、副官の報告を聞き、考え込んでいる。
私が今日、ウラジロガシ茶をお茶会で使うことは、父親も母親も知っていた。
なぜなら両親も飲めるよう、ウラジロガシ茶を購入していたのだ。
実際両親共々、ウラジロガシ茶を飲んでいる。
そしてその茶葉が入った缶を見ていた。
つまり発見された缶は、私がデパートメントストアで購入した缶と同じなのでは?ということに、父親も気が付いているはずだった。
その上で、父親は私に尋ねた。
「クリスティ。ウラジロガシ茶とは、樫の葉で作られていると、言っていたな?」
「はい、そうです、お父様。樫の葉は、表は光沢があり青々としています。ですが薄い葉であり、風に舞い裏側が見えると、白く見えるそうです。そのため、裏白樫、ウラジロガシと呼ばれています。その葉を使ったお茶なので、ウラジロガシ茶と呼ばれていると、デパートメントストアの支配人が言っていました」
「樫の木の葉……。鹿はどんぐりが好物だが、どんぐりが実る樫の木の葉も食べる。だからこの茶葉も食べたのだろう。しかもこの白い粉。なんらかの薬物に思える。鹿が狂暴化したのも、この白い粉が原因かもしれない」
そこで父親の視線は副官に向かう。
「白い粉を調べるように」
「承知いたしました」
副官が返事をすると、父親の視線は私へ戻る。
「白い粉が入っているウラジロガシ茶が入った缶。この缶のデザインには見覚えがある。クリスティが、デパートメントストアで購入したものと同じだ。鹿が食べたウラジロガシ茶。それはクリスティが用意したものではないと、証明する必要がある」
そこで父親は凛々しい顔つきで私を見た。
思わず私の背筋は伸びている。
「お茶会の準備をしていた場所へ戻ろう、クリスティ。そこで茶葉の缶の数が減っていないか、確認しよう」
ここは辺境伯として公正な判断だ。
身内だからと忖度はしない。
「はい、お父様。疑いを晴らすには、茶葉の缶を数えた方がいいと思います」
そこでお茶会の会場に戻り、確認することになる。
騒動が起きる前は、沢山の女生徒が集結しつつあった。
だが今は、招待客役の女生徒は、ほとんど帰宅してしまったようだ。
ホスト役の女生徒とメイドが後片付けに追われている。
王太子が事故に遭ったのだ。
お茶会は中止となり、ホスト役の女生徒以外は解散となったのだろう。
それでもまだ招待客役の女生徒の姿も相応にあった。
「お嬢様!」「クリスティ!」
私が戻ると、メイドとアデラが心配そうに、すぐ近くまで来てくれた。
アレクは大怪我ではなく、軽傷で済んだことは、既に教師から発表があったという。だが二人とも、とても心配してくれている。そのことに対し、御礼を伝え、そして尋ねた。
「ウラジロガシ茶の缶の入った木箱は、もう馬車へ戻したかしら?」
「あ、それでしたらこちらです。まだ荷物をまとめ切れておらず、馬車には積んでいません」
そこで木箱の中を確認することになる。
木箱を見た父親と副官ら部下は――。
「こんなに用意していたのかい!?」
「はい。もしウラジロガシ茶を、お茶会に参加した同級生が気に入ってくれたら、プレゼントするつもりでした。お土産用とお茶会用で全部で10缶用意していたのですが……そのうち2つがないですね」
つまり誰かが盗んだ。そして鹿が興奮するような白い粉を混ぜ、あの場に蒔いた。樫の葉を好む鹿は、つい食べてしまい、異常暴走状態になったのだろう。
父親を見ると、その目は私と同じことを考えているように思えた。
ところが。
「クリスティ様はお茶会の準備をしていましたが、しばらくその場を離れた時間がありましたよね」
突然声をあげたのは、ポンネットだ。
驚いたが、確かに私は持ち場を離れ、しかもその茶葉と缶が発見された辺りに向かっていた。見知らぬメイドに父親がいると言われ、「もうお父様ったら!」と会いに向かったのだ。でも結局、父親の姿はなかった。
「そういえば、持ち場を離れるのを見ましたわ」
「そうですね。十五分程、いらっしゃらなかったと思います」
悪気があるわけではなく、ポンネットの一言に触発され、思い出した事実を近くにいた令嬢達が次々と口にする。
これは……さっきも感じた作為的なものを感じる!
持ち場を離れた時間がある。
異常暴走した鹿は、私が持参した茶葉を食べていた。
そうなると……。
お茶会の準備を中断し、薬入りの茶葉を私が蒔いたのでは?と、みんな思い始めているのでは!?
その瞬間。
私は悟った。
罠にかけられたのだと。
父親がいると私に声をかけたメイドは、ポンネットに仕える使用人なのでは?
私が持ち場を離れた隙に、その使用人は茶葉の入った缶を盗んだ。
盗んだ缶を持ち、現場に向かい、白い粉を混ぜ、あの場に蒔いた。
使用人は実行犯、ポンネットは黒幕で指示役だ。
でもそれを証明できる……?
今の状態だと、私に不利なことばかりだ。
持ち場を離れた時間がある。
証拠となる茶葉の缶は、私が持参した物の可能性が限りなく高い。
これでは、完全に私に濡れ衣がかかってしまう……!
もしかして……大ピンチ!?