82話:攻略
ポンネット視点です
「お嬢様、侯爵様より手紙です」
部屋に来た侍女が銀のレタートレイに載せた封筒を手に取る。
フィーリス侯爵家の紋章の封蝋が押されていた。
ペーパーナイフを手に、開封する。
達筆な父親の文字が目に飛び込んでくる。
書かれている内容は……だいたい想像がつく。
催促、で間違いないだろう。
フェーリス侯爵家は、数多の戦争で武功を立てた一族。
だが世の中は平和となり、一族の活躍の場はなくなってしまった。
でもこれは本来、いいことだった。
平和が一番だと思っている。
だが、一族にとってはいいこと……とは言い切れない。
なぜなら、フェーリス侯爵家は、元は騎士を輩出する男爵家に過ぎなかった。しかも平民上がり。武功を立て、男爵位を授けられた。そこから戦乱の世に乗じ、強い兵士や騎士を育成し、勝利を重ねる。その結果、褒章や褒賞により、現在の爵位と領地を得ることになった。
つまり戦での勝利により、領地を増やしてきたのだ。
だが戦もなく、領地が増えるチャンスもない。
かといって、これまで武功を上げることに全力だった。
女子が生まれても、幼い頃から、剣・槍・弓・乗馬を叩き込まれている。
正直、一族から文官を輩出するなんて……。
そもそも考えるより、動けがフィーリス侯爵家の気質。
机に座り、書物を読み、ペンを走らせるタイプではない。
そこで現フィーリス侯爵である父親は、戦乱がなくなり、平和になったこの世界で、一族を簡単に繁栄させる方法を思いつく。
それはたった一人が努力すれば済む話。
王族へ娘を嫁がせる――だ。
さすがに王太子妃は厳しいと考えていた。
過去に王族へ娘が嫁いだ実績もない。
王族の婚約者は同じ「こうしゃく家」でも「公爵家」から選ばれることがほとんど。
それなのにいきなり王太子妃は……。
だがこの国には第二王子と第三王子がいる。
第三王子はまだ六歳だが、可能性はゼロではない。
ひとまず第二王子と接点を持つことを父親は画策していたが……。
私は意外にも文武両道だった。
父親の教えで武術を習い、ある程度習得すると同時に。
家庭教師による私の評価は悪くなかった。
王太子は私と同じ年齢。
王都では最高の頭脳が集う王立ミルトン学園が存在していた。
王太子は王都に住まい、文武両道で知られている。
当然、王立ミルトン学園に入学するだろうと考えられていた。
そして私は王立ミルトン学園へ進学が決まった。
そこで父親は私にこう命じたのだ。
「この国の王太子アレク・ウィル・ミルトンと学友になれたら、必ず落とせ」
必ず落とせ=婚約者の地位を射止めよ――ということだ。
正直、私は男性が好む容姿をしていると思うものの。
文武両道でこの年齢まで来てしまい、色恋に疎かった。
でも自分が疎いということを認めると……負けに思えた。
そこで巷で恋愛と言えばロマンス小説と言われていたので、それを密かに買い漁り、ひとまず流し読みをした。
ロマンス小説ではヒールと呼ばれる悪役のような令嬢がいるが、その令嬢が最終的に愛されるパターンが多かった。
高笑いをして、美を誇り、女王様のような令嬢であるが、いつの間にか令息達は彼女の虜になっている。最後まできちんと読んでいないが、どうやら気位の高い令嬢の方がモテるようだ。
それをインプットし、行動することにした。
ところが。
王太子であるアレクはなぜか王都から遥か北の地のアイゼン辺境伯領にあるアイゼン高等学院に入学してしまった。
アイゼン高等学院もまた、地方領にあるものの、有名校。
王都の貴族でも当たり前のように知っている。
だがなぜそんな辺鄙な地にある学院へ進学したのか。
意味不明ではあった。
しかし。
諦めるには早かった。
マンチェイス国の第二王子ジュリアス・ハリー・ウィンフィールド。
彼が王立ミルトン学園へ留学することが発表されたのだ。
つまり、私がハートを射止める相手は、王太子からマンチェイス国の第二王子ジュリアスへ変更となった。そして私はジュリアスに接近したのだけど……。
上手く行かない。
上手く行かないどころか、ジュリアスまでアイゼン高等学院へ転校したのだ。
そこで父親は、私が王都にいる必要はないと考えた。
「ジュリアスの婚約者の座を射止めるため、アイゼン辺境伯領へ向かえ。そこには私の母方の伯爵家の別荘があるので、そこからアイゼン高等学院へ通い、ジュリアスを手に入れろ」――となったのだ。
実際、私もそうするつもりでアイゼン辺境伯領へやって来た。
だが――。
父親の手紙に目を通す。
『お前の使命は、マンチェイス国の第二王子ジュリアス・ハリー・ウィンフィールドの婚約者を射止めることだ。既に婚約者がいるこの国の王太子アレク・ウィル・ミルトンを追う必要はない。調べたところ、あの王太子は狂っている。なぜなら辺境伯の娘との婚約契約書。あれは王太子から婚約破棄したら、破滅しかないという内容だ。よって予定通り、ジュリアスを落とすことに専念しろ。王太子に構っている場合ではない。』
分かっている。分かっているが……。
一目見た瞬間。
恋をしてしまった。
そう。私が心惹かれるのは王太子アレクなのだ。
それに私の方がクリスティより魅力的なのだ。
落とせないはずがない。
そんな狂った婚約契約書は覆せばいい。
何より、父親は武術の腕は秀でているが、政治には疎い。
王太子の酔狂な婚約契約書を見たが、抜け道がないわけではないのだ。
つまり王太子がその地位を捨てず、あの小娘と婚約破棄できる方法はある。
だがまずは王太子に私へ振り向いてもらわないと困るのだ。
ところがまったく相手にしてもらえない。
ならばまずはあの小娘から引き離し、そして攻略すればいいのだわ。
攻略……なぜなのか頻繁に頭の中で、「攻略」という言葉が浮かぶのよね。
ともかく、ジュリアスよりもアレク。
彼を絶対に手に入れるわ。
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『森でおじいさんを拾った魔女です~ここからどうやって溺愛展開に!? 』の第三章:すれ違い編がスタートしました!
併読されている読者様、お待たせいたしました!
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