81話:後夜祭
週末二日に渡り行われた学院祭。
今日は最終日で、16時で終了。片づけを行い、17時からは校庭で後夜祭が行われる。前世と違い、細かい規制がないため、キャンプファイヤーが許されていた。学院祭で出たゴミを燃やしつつ、それがキャンプファイヤーとなる。
「残った古本は孤児院や病院に寄付するのね」
「そうだね。護衛の騎士だけではなく、兵士まで本を追加で持ってきてくれたけど、さすがにタイムアップだった。でも子供達に届くから、問題なしだよ」
木箱に入れた本は学校が預かってくれて、連絡のあった孤児院や病院に届けることになっていた。その木箱を倉庫へ運び、売上金を学院祭実行委員に預けて終了だ。売上金は来年の学院祭の運営に使われることになっていた。
「空がだんだん茜色になってきたね」
「この時間のキャンプファイヤーが、一番綺麗に見えるように感じます」
とっぷり暮れてからのキャンプファイヤーだと、陰影が強すぎるように思う。茜色の空から徐々に暮れ行く時間の炎だと、着ている衣装の色も分かるし、なんだか柔らかく感じる。
「殿下、クリスティー!」
デュークが元気よくこちらへと駆けてきた。
後夜祭はクラス関係なく自由に過ごせる。
デュークが合流したところでジュリアスもやってきて、売れ残った焼き栗を分けてくれた。それを食べながら、後夜祭開始のアナウンスを待つ。
「それではこれより、学院祭最後のお楽しみ、後夜祭を開始します!」
学院祭実行委員のこの声を合図に、合唱部、オーケストラ部、フラッグダンス部が、キャンプファイヤーを前に、パフォーマンスを披露してくれる。
「合唱部の歌声は素敵です。まだ男子でもあの高音が出る子がいるのですね」
ジュリアスがうっとりする。
「オーケストラ部も頑張っているね。彼らが卒業舞踏会でも演奏をしてくれるのかな」
アレクのこの言葉にはドキッとするしかない。
何せ二度のループしたクリスティの人生で、卒業舞踏会には参加せずに断頭台送りになっている。今回は……何としても出席したい。アレクとダンスをしたい……!
「あー、フラッグダンス部のダンスは元気があっていいよな。なんだか自分も踊り出したくなる!」
デュークがそう言いたくなる気持ちはよく分かる。
リズミカルでテンポもよく、何よりフラッグ=旗を使うので、豪快に感じるのだ。剣舞より難易度が低いので、剣術が苦手な男子にも人気だという理由にも納得。
「それでは皆様、後夜祭のクライマックス! みんなでキャンプファイヤーを囲み、フォークダンスを楽しみましょう!」
これにはデュークが不安と笑顔が同居した表情になる。
「フォークダンス!? 自分、踊ったことないけど、できるか!?」
「フォークダンス、聞いたことがあります。町民の間で人気と聞いていますよ。皆さんの踊りを見ながら、見よう見まねでいいので、まずは挑戦でしょう」
ジュリアスの言う通り。フォークダンスは子供の頃からレッスンを重ねる社交ダンスとは違い、みんなで楽しく踊るのが基本。経験や年齢、性別など関係ない。よってジュリアスの「見よう見まね」でいいのだ。
ちなみに庶民の間で人気のフォークダンスであるが、辺境伯領は元々何もない場所を開拓して誕生した。優雅なダンスフロアやオーケストラが最初からいたわけではない。よってフォークダンスはこの領地誕生から親しまれ、皆、フォークダンスを楽しむ。
つまり私も子供の頃から社交ダンスと同じように、フォークダンスについても教えてもらっていた。
「まあ、フォークダンスですって! これだから王都から離れた場所はダメですわね。洗練された社交ダンスこそが貴族が踊るものなのに。フォークダンスなんて庶民のダンスよ。王都では庶民しか踊らないわ。下品過ぎます!」
気づけばポンネットが何人かの令嬢と近くにいた。
そして大変失礼な発言をしている。
聞かされた令嬢は困った顔をしていた。
アイゼン辺境伯領では、フォークダンスが珍しいわけではない。
よってポンネットのそばにいる令嬢も皆、フォークダンスは普通に踊れる。
それを「庶民のダンス」「下品」とまで言われてしまうと……。
王都への憧れはある。だが令嬢達は今、複雑な心境のはずだ。
「クリスティ、行こう!」
アレクはフォークダンスの経験、あるのかしら?
「安心して、クリスティ。リズムに対する勘は強いから、きっと踊れると思う」
「初めてなんですね」
「クリスティとフォークダンスを初めて踊れることを、主に感謝したいよ」
この言葉にはいきなり心拍数が上がってしまう。
そんな風に前向きに言えるアレクがますます好きになってしまう。
瞬時にポンネットのことは頭から吹き飛び、ダンスの輪に加わる。
デュークもジュリアスも続き、やがて音楽がスタートした。
本人が「勘は強い」と言っていたけれど、それは正解!
アレクはとても初めてとは思えない程、ちゃんとフォークダンスができている!
できればもっと踊りたいが、パートナーチェンジになってしまう。
次のパートナーのところへ移動した瞬間。
ポンネットの様子が視界の端に入った。
アレクがフォークダンスを踊っており、かつパートナーチェンジすることを知ったポンネットは……。大変悔しそうな表情をしている。
せっかくアレクとダンスできるかもしれなかったチャンスを逃したのだ。
歯軋りしたい思いだろう。
しばらくポンネットは、獲物をあきらめきれないハイエナのように、フォークダンスの輪を遠巻きにしながら見ていた。
だが、我慢できなかったようだ。
突然、割り込みをした。
これにはその場にいた令嬢令息からかなり白い目で見られている。
それでもヒロインラッキーが機能し、なんとか許され、フォークダンスを始めた。
だがゲームとは違う神様が、この世界にはいたようだ。
ポンネットが割り込みに成功したその瞬間に、フォークダンスは終了だった。