80話:それぞれの時間
午前中の店番は終了。
アレクと二人、学院祭を見て回ることに。
「クリスティ、デュークとジュリアスのクラス、覗いてみる?」
「! そうね。二人とも私達のクラスを見に来てくれたし、古本も買ってくれたから、御礼参りしないと!」
こうしてまずはデュークのクラスに行く。
そこでは言っていた通り、クイズ大会をしており、私とアレクはそれぞれ早押しクイズに挑戦。問題は簡単かと思いきや……。
「敷地内に飾られている、創業者の辺境伯の胸像は、全部で何個あるでしょう?」
予想外に難易度が高い!
創業者の辺境伯は御先祖に当たるのに、全く分からない!
というか、そういくつも胸像が置いてあるの!?
正解なんて分からないが、私が知る胸像は、教職員用のエントランスを入ったすぐのところの一つのみ。よって「一つだけです!」と回答したら、まさかの正解!
そんな在校生でも分からない問題が出たかと思えば「アナコンダはおならをするのか?」と誰が問題を考えたの!?という出題もあったが。
私は無事優勝し、金券をゲット! アレクはそつなく正解し、金券を手に入れていたのですが。「バナナは果物?野菜?それとも?」の出題に冷静に「ハーブ(草)です」と早押しで答えたり、「コーヒー豆は何色?」に迷うことなく「緑色です」と回答できるアレクは……頭の回転が早い! 私だったら「フルーツです!」「茶色です!」と答え、撃沈していただろう。何せ早押しだから。
ちなみにデュークはこの時、司会をしていたが、アレクの正解に「すげー、天才!」と唸っていた。
次にゲットした金券でジュリアスのクラスで焼き栗を購入した。
「焼き栗に溶かしバター。背徳感があるね。美味しいけど、食べ過ぎると危険な気がする」
「ふふ。殿下なら毎日剣術の練習をしているのですから、大丈夫ですよ」
焼き栗で小腹を満たした後は、正門からエントランスに続く屋台を見て回り、金券も使い、お腹いっぱい食べることができた。街の飲食店が出店しているので、ぷりぷりのウィンナーや揚げパンなど、どれも出来立てで美味しい!
「クリスティ、お腹もいっぱいになったから、出し物系を見てみる? 3年生のクラスが射的をやっていると聞いたよ」
「いいですね。行きましょう!」
アレクと二人、射的に挑戦することになったのですが。
なんと碧い宝石のカフスボタンを発見! 良家の令嬢令息が通う学校なだけあり、景品は豪華!
「殿下、私、このカフスボタンをプレゼントします!」
「本当に!? それは嬉しいな。頑張って、クリスティ!」
母親譲りで射的が得意な私は、三度目の挑戦でカフスボタンをゲット! アレクにプレゼントする。
「嬉しいよ。僕もクリスティに何かプレゼントしたいな」
「大丈夫ですよ、殿下。いつも沢山プレゼントしていただいているのですから」
「クリスティ……」
思わず見つめ合い、胸がキュンとする。
邪魔者……こほん、お父様の気配はない。
これは手をつなげる……アレクと私の手が触れそうになったまさにその瞬間。
「邪魔ですわよ~!」
割って入るように現れたのはヒロイン!
ポンネットは射的を始めると、まさかの百発百中で景品を続々ゲット!
これは間違いなく、ヒロインラッキーが働いている。加えてフィーリス侯爵家は武功で知られる一族だから、子供には男女の区別なく、剣・槍・弓・乗馬を教えているということを思い出す。……というか、そういう設定だからこそ、乙女ゲーム内の各種イベントもこなせたわけで……。
「アレク様、これ、全部、あなたにプレゼントいたしますわ!」
どうやらポンネットは、プレゼント攻撃でアレクの気を引きたいようだ。
「……学院祭を見て回っている最中なんだ。正直、こういう大きなぬいぐるみはかさばるし、ペーパーウェイトは重い。申し訳ないけど、困るな。それにそもそも君からプレゼントをもらう義理もなければ、その御礼で贈り物をする気にもなれない。それでは失礼するよ」
アレクがバッサリ斬るので、ポンネットがハンカチを「キーッ」と噛んでいる。
これではもう、ポンネットが悪役令嬢に思えてしまう。
だがアレクは既にポンネットのことが眼中になく、私に尋ねる。
「まだ見ていない、二階を見ようか」
二階へ行くと、氷菓を販売するクラスを発見した。
「食べる?」「食べたいわ!」
親子で初めて行ったサマーフェスティバルを思い出し、ストロベリー味の氷菓を頼むことにする。
「クリスティは席に座っていて。僕が買って来るから」
王子様なアレクにキュンとしながら席に座って待つ。
教室内にはいくつもベンチが用意されており、みんなそこに座って氷菓を食べている。
「お待たせ、クリスティ」
アレクはレモン味を購入している!
「殿下、お父様も氷菓は、レモン味が好きなんですよ」
「そうか。師匠と同じ舌を持つのかな、僕は」
そんなことを言いながらアレクと食べる氷菓は限りなく甘い。
親子三人で食べた氷菓とはまた違う、新しい思い出ができた。
◇
その頃、父親は手に入れたクリスティの書いた小説の中身が気になって、気になって、仕方がない。アレクとクリスティの様子よりも、小説の中身が気になる理由。それは学院祭には、沢山の人がいる。監視(!?)の目を緩めても、いちゃいちゃすることはできないと考えていた。それよりも今、目の前にある小説が気になっていたのだ。
ちなみにクリスティの監……見守りをしていないもう一つの理由がある。それは妻と一緒に行動する必要があったためだ。
「マリー。焼き栗を食べながら、クリスティの小説を見てみないか」
「!? あなたが手に入れた小説、クリスティが書いたものだったのですか!?」
「実は……そうなんだ」
「もう、あなたったら! クリスティが知ったら怒るかもしれませんよ」
困り顔の父親だが、読みたくてたまらない。
「仕方ないですね。焼き栗を食べながら、見てみましょう」
こうして溶かしバターと蜂蜜トッピングの焼き栗を買い、二人してベンチに座り、小説を開く。
そこに書かれていたのは『家族三人で迎えたサマーフェスティバル』という物語。
平和に暮らす父親と母親と娘の家族三人。だが母親は魔女の呪いでこの夏に死を迎えることになっていた。なんとしてでも母親を救いたい。娘は呪いを解く魔法の鍵を見つけ、過去に戻り、魔女を倒す。そして元いた世界に戻り、母親は呪われることなく、元気な姿でそこにいる。そして家族三人でサマーフェスティバルへ向かう。
『――親子三人で食べた氷菓の味。私は絶対に忘れない。』
フィクションだと分かっているが、父親はなんだかこれが本当の話のように思えてならない。
妻マリーは本当に病弱だった。それがクリスティを産んで、そこから健康を取り戻した。この小説のように、クリスティが何か魔法を使ってくれたのではないか。いや、魔法なんてこの世には存在しない。クリスティが誕生した。それこそが奇跡だ。クリスティがいてくれたから、マリーも頑張ることができたのだろう。あの子の命の力が、マリーを元気にしてくれたんだ。
そう考えた父親は、クリスティへの愛をさらに深めるのだった。