79話:迷走中
ポンネットは何をするつもりなのだろう。
だが次々と他のクラスの生徒も入って来る。父兄らしき姿も見えた。
「よお! 午後から司会だけど、午前中は暇だから、遊びに来た!」
デュークも来てくれたので、ポンネットのことばかり、気にしていられない。
一応確認すると……。
ポンネットは、木箱に入れられ、机に並べられた古本の中を熱心に見ている。その様子は他の客と変わらない。
大丈夫、かしら?
「すみません、これの続編もありますか?」
制服の襟元のリボンから、三年生だと分かった令嬢から声をかけられた。
「えーと、そちらは……探してみます。お待ちください!」
しばらく接客に追われていると、ポンネットは両手で何冊もの本を抱え、会計用テーブルに向かっている。
ヒロインって読書好きだったっけ!?
すると。
「あ、マダム。ごめんなさい。その本、買うつもりでしたの。見ての通り、手がふさがっていまして……。取ることができないんです」
優しいマダムだった。ポンネットに同情し、自身が手に取ろうとしていた本を、会計用テーブルに置いてあげた。その上でマダムは、別の本に手を伸ばす。すると。
「すみません。その本も私が買おうとしていたのです」
「ま、まあ、そうでしたか。本の趣味が合いますわね」
マダムは伸ばしていた手を引っ込める。一方、会計用テーブルに本を置いたポンネットは、当該の本を手に取り、さらに次々と本を手に取っていく。マダムの手が伸びかけていた本も、容赦なくポンネットがとってしまう。
こうして木箱一箱分の本を、ポンネットは会計用テーブルに並べた。
あまりにも数が多いので、木箱に入れて渡すことになる。私は本の補充担当だったので、木箱一箱分を慌てて補充することになった。
一方のポンネットは支払いを済ますと、「持ち運ぶのは大変なので、木箱ごと預かってください」とクラスメイトに頼む。クラスメイトであるし、こんなに大量に購入してくれたのだ。異論はなかったのだろう。クラスメイトは「分かったわ。預かります」と応じた。
大量の古本を購入したポンネットだが、それでは終わらない。
「輪投げに挑戦します!」と声をかけた相手はアレク。アレクはキートンと、輪投げコーナーを担当していたのだ。ポンネットに思う所はあるが、今はお客としてアレクの前に立っている。アレクはコインと引き換えで、束になった輪をポンネットに渡した。
本の補充をしながら、チラチラとポンネットの様子を見ると……。
私の父親と同じだ。輪投げは得意ではない。ただ、どうしても欲しい本があるようだ。追加でコインを支払い、輪の束を受け取っている。
「お姉さーん、絵本ある?」
幼い女の子が私の制服のスカートの裾を引っ張った。
「あらあら、ごめんなさいね。シャルロッテ。邪魔をしてはダメよ」
「いえ、大丈夫です。絵本は……小さいお子さんですと、机の上では見ることができませんよね。こちらにご用意します」
絵本をまとめた木箱を床に下ろそうとすると、ジュリアスが手伝ってくれた。
どうやらデュークと入れ替わりで、お店を覗きに来てくれていたようだ。
「わー、絵本がいっぱいある!」
「ありがとうございます、店員さん」
若いマダムが微笑み、女の子と一緒に絵本を選び始める。
「やったぁぁぁ!」
ポンネットの大声に、店内にいた全員が動きを止め、彼女に注目する。
沢山の輪が散乱しているが、どうやらお目当てのものが手に入ったようだ。
「ほう。フィーリス侯爵令嬢はアレク王太子殿下の詩集が余程欲しかったようですね」
ジュリアスの言葉に「!」となる。
見るとポンネットは、トーキンから青い封筒に入った紙の束を受け取っていた。
ところがその場で封筒から束を取り出したポンネットの表情が、引きつっている。
「なるほど。殿下はクリスティ嬢、君にメロメロなようですね。今、チラリと詩集のタイトルが見えました。『婚約者に捧げる愛の言葉』でしたよ」
ジュリアスの説明で、ポンネットの表情が引きつった理由がよく分かった。そのポンネットに追い打ちをかけるように、アレクがこんなことを言っている。
「フィーリス侯爵令嬢。僕が提供した古本をほぼ全て買い上げてくれたようだけど……。残念ながらあれは僕の蔵書ではないんだ。仕えている護衛の騎士達に提供してもらったものだよ。今回、僕に随行するため、みんな本を持参していた。読み終わった本を、僕が買い取ったに過ぎない。もし不要なら、あの本は引き取るよ。それとも持ち帰る?」
アレクからこれを言われた時のポンネットの顔と言ったら……。
でもまさかアレクが提供した古本を全部買い取っていたなんて。
これではまるで……ストーカーね。
これがゲームの強制力なら、少しポンネットが憐れに思える。
「……本は重いので、引き取ってくださいませ」
ポンネットは辛うじてそれだけ言うと、アレクの詩集を握り締め、廊下へと足早に出て行った。その後ろ姿を見送り、ジュリアスがこんなことを言う。
「どうやらフィーリス侯爵令嬢は、あの殿下の詩集を自身に向けられたものと思い、読むつもりなのかもしれませんね」
「……なるほど。でもそれはなんだか切ないですね。恋は盲目と言いますが……」
「手に入らない相手と思うからこそ、手に入れたい気持ちになるのかもしれませんね」
そんな会話をジュリアスとした後。
エントランスまでの屋台の誘惑にハマっていた皆様が、ようやく校舎に到達したようだ。波のように人が押し寄せ、古本販売も輪投げも忙しくなる。
こうして午前中はあっという間に過ぎ、午後の担当と交代になった。
「クリスティ。学院祭を楽しもう!」
アレクにエスコートされ、店内……教室を出る。
まるで私達と入れ替わりのように、両親が私のクラスに足を運んでいた。
でもそのことに、アレクと私も気付いていない。
しかも私の父親は、私が書いた小説を手に入れようと、輪投げを必死に頑張っていた。今も昔と変わらず、輪投げが下手な父親は悪戦苦闘。最終的に母親が一発で命中させ、私の書いた小説を手に入れたことは――うんと後に、母親がこっそり教えてくれた。
お読みいただき、ありがとうございます~
【ご報告】
昨晩「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」にて
『婚約破棄を言い放つ令息の母親に転生!でも安心してください。軌道修正してハピエンにいたします!』を紹介いただきました~☆彡
Xと活動報告もアップしています~