77話:アレクの機転
校外学習の後に待つもの。
それは……テスト!
三学期制はテストが多い!
大学生になり、前期・後期でテストが年に二回しかないのはラッキーだと思った。
そんな前世大学生の時の記憶が思い出されたりしますが。
いつも通り、テストに備え、図書館での勉強!となる。
テストが大変なのは事実。
でも同い年、同学年と思えない程、賢いアレクが専属家庭教師になってくれる。
しかも王都や舶来品の絶品スイーツ付き。
それが図書館での勉強。
冷静に考えると、夢のようではないかしら?
「クリスティ。今日は勉強がはかどるように、ブレンドハーブティーを用意したよ。その香りで眠気も吹き飛ぶペパーミント、リフレッシュ効果があると言われるローズマリー、記憶力向上に役立つのではと言われているゴツコラなど数種類のハーブをブレンドした。さあ、これを飲んで頑張ろう」
サラサラのブロンドを揺らし、微笑むアレクに言われると。
それが例えただの水であっても、プラシーボ効果が発揮され、勉強がはかどる気がした。
「ありがとうございます。アレク王太子殿下」
ソーサーを左手で持ち、右手で湯気の立つカップを口元に運ぶ。
そうしながら視線は自然とこの部屋の窓へ向かう。
窓の外に見えるのは、庭園の森林エリア。
実際に、その姿を見たわけではない。
茂みが揺れたように思えたのだ、以前は。
そして用事があり、学校に来ていた父親に会うと、その頭に葉っぱが載っていた。
つまり……。
アレクとの二人きりの密室に不安を抱く父親が、庭園で見守っていたのではないか。そして今日も、実は見守っている……?
それが気になり、窓の外を見ていたのだ。
私とアレクが婚約する前は、デュークも一緒に図書館で勉強したことがあった。
でもアレクと私が婚約したとなると、デュークは「二人の邪魔をするわけにはいかない!」と、もうこの個室での勉強には顔を出すつもりはないと宣言。
別にデュークだったらいてくれてもいいのに……!
真面目に勉強をするだけなのだから。
そうすれば父親の心配も一つ減ったと思う。
ちなみにジュリアスは冗談で「二人の邪魔をするために、同席してもいいですか?」とアレクに聞いた結果。冗談とは受け取ってもらえず、アレクから「申し訳ないですが、却下いたします」としっかりお断りされている。
「どうしたの、クリスティ?」
「ううん、何でもないの。このハーブティーはとても飲みやすくて、香りも殿下みたいで素敵です。勉強、頑張れそうに思います!」
するとアレクの顔が、ふわっとほころぶ。
「本当に? クリスティは僕の香水、好きなのかな?」
「! そ、それは……でも、はい、そうですね」
なんだか甘い空気が流れ、何のためにここにいるのかが分からなくなりそうだ。
ダメよ、私! 煩悩退散!
そう思ったまさにそのタイミングで。
コン、コンとノックの音。
これには私だけではなく、アレクも固まる。
彼の碧眼と目が合う。
お互いに考えていることは同じだと思う。
「師匠!?」「お父様!?」と。
アレクはすぐ立ち上がり、扉へ向かう。
扉を開ける前に、アレクが姿勢を正し、深呼吸をしたのが伝わって来る。
カチャッと扉を開けると――。
ブルネットの髪。少し垂れ目の大粒な濃い紫の瞳。
ローズ色の肉厚な唇。
小顔でほっそりとした首。手足は長く、胸は程よいサイズで、ウエストは細い。
父親ではない。
ヒロインのポンネット・クラフティー・フィーリス!
「何の用だろうか? ここは王太子である僕専用の個室なのだけど」
先程までの甘い雰囲気から一転。
アレクからピリピリとした空気が漂う。
教室でも同じ。
ポンネットは校外学習での失敗に懲りることなく、アレクに声をかける。でも今と同じように超絶塩対応なのだ、アレクは。
「殿下専用の個室! 素晴らしいですわ。私、図書館で勉強しようと思いましたの。でも満席で……困っていたのです。一緒に勉強させていただけませんか~?」
そう言うとポンネットは部屋の中を覗こうとする。
これにはアレクは絶句し、そこでついにこう指摘した。
「君は校外学習でのことを、反省していないのか!?」
「まあ、殿下、何のことかしら?」
「公にしていないのをいいことに、しらを切るつもりかな?」
アレクとポンネットの視線が絡み合い、火花を散らしている。
これを見るにつけ、この二人が結ばれる未来の絵が浮かばない。
「何について疑われているか分かりませんが、私が犯人という証拠でも?」
強気なところはさすがヒロインと言ったところか。
どう考えても偽の私になりすましたのは、ポンネットだろうに。
でも確かに証拠が……ない。
「証拠がないことぐらい、犯人だから、分かっているんじゃないのかな?」
アレクは見るからに王子様なのに。その顔に似合わない辛辣な言葉を口にする。
だがポンネットはめげない。
「何のことだか分かりませんが、追い出すなら証拠をお見せください」
勝ち誇った様子のポンネットは、アレクをすり抜け、個室の中へ入って来た。
ヒロインって本当に。何をしても許されるのね……。
「まあ、何!? 勉強をされていたのではないのかしら? 沢山の美味しそうなスイーツにいい香りの紅茶。……二人だけでこれは、ズルいのではなくて?」
するとアレクは私のそばに戻り、こんな一言を口にする。
「分かったよ、証拠はない。だから君はここに残るといい」
ポンネットの顔が輝く。
早速、予備で用意されている椅子に座っている。
一方のアレクは広げていた教科書などを片付け始めた。
何か意図があると感じ、私も慌ててそれに倣う。
つまり片付けを始めた。
「な、どういうことかしら!?」
一旦は椅子に腰を落ち着かせたポンネットが席を立つ。
「僕達は屋敷に戻り、勉強する。どうぞ、好きにこの部屋を使うがいい。スイーツも、食べてもらって構わない」
なるほど、ナイス返しだわ、アレク!
「では行こう、クリスティ」
アレクは私の手を取り、エスコートして歩き出す。
「待ちなさいよ!」
私達の背中を見送りながら、ポンネットは何か喚き続けたが……。
アレクも私も後ろを振り返ることはなかった。