71話:何号室をお尋ねですか?
「殿下、ニーチェ歌劇場までエスコートしてくださいませんか? 歌劇場まではチームでの行動ではないのですから、私をエスコートしてくださってもいいですわよね?」
アレクに声を掛けたのはポンネット!
しかもニーチェ歌劇場まで自身をエスコートして欲しいと言い出した。
するとアレクは極上の王子様スマイルでポンネットに微笑みかける。
私はドキッとして、息を呑む。
「フィーリス侯爵令嬢。王都では僕がいない間にマナーの変更があったのかな。僕には婚約者がいる。僕のエスコートの最優先は婚約者だ。君ではないよ」
笑顔とは裏腹な冷たい声だった。
キートンもアデラも王子様スマイルにつられ、微笑みかけたが、今の一言で表情が凍り付いてしまった。それはポンネットも同じ。
「クリスティ」
私を呼ぶ甘い声に、皆の呪縛が解ける。
アレクは階段の途中で止まっていた私の方へと駆け寄る。
「待っていたよ、クリスティ。行こうか」
そう言うとアレクはわざわざ階段を上り、私の手を取ると、優しく甲へキスをした。
その仕草が優雅過ぎて、隣にいるアデラがため息を漏らしているのが伝わって来る。
アレクはそのまま私の手を取り、アデラに「ではお先に」と目礼した。
アデラもお辞儀し、アレクは私をエスコートして階段を降りる。
痛いほどの視線を感じた。
きっとポンネットが睨んでいるのだろう。
わざわざ睨んでいる相手を見る必要はない。
そのままキートンに目で挨拶をすると、彼はハッとして挨拶を返し、すぐにアデラの方へ向かう。
こうして私はアレクにエスコートされ、無事ニーチェ歌劇場まで行くことができた。
◇
ニーチェ歌劇場で観劇したオペラは、古典的なドタバタコメディで、まさに学生向け。
とある伯爵が一目惚れした美しい女性がいたが、彼女は両親から相続した膨大な財産があり、それを狙う腹黒の後見人がいる。後見人はその財産を手に入れるため、彼女を殺すか嫁にするかと、悪巧みをしていた。それを知った伯爵が彼女を救い出すという物語だ。
「面白かったね、クリスティ。歌声もさることながら、物語がわくわくするから、あっという間に見終えてしまった気がする」
「伯爵がヒロインを救うため奮闘する姿が素敵でした。ラストの曲『この素晴らしき結婚を!』も良かったですが、オープニング曲も印象的でお気に入りです」
そんなことを話しながら劇場を出て、キートンとアデラと合流する。そして劇場から近いお土産屋のある通りへ向かう。ここはゴンドラに乗り移動だ。護衛の騎士もついて来ている。
アクアポリスで人気のお土産と言えば、ガラス細工、仮面、レース!
ガラス細工はとにかく色鮮やかで華やか! しかもその細かい技巧は職人技が光っている。ゴールドやシルバーチェーンのペンダント、チョーカー、ピアスやイヤリングがかさばらないので人気だという。
「お母さまのお土産用にペンダントを買うわ。お父様には……カフスボタンね」
「とても素敵なデザインだね。クリスティの母君の瞳と同じ色だから、きっと似合うよ。カフスボタンは……師匠が泣いて喜びそうだ」
次に向かったのは仮面のお店。
仮面舞踏会で使われる仮面の多くは、アクアポリス産のものと聞く。王都のお店もわざわざ買い付けに来ているそうだ。アイゼン辺境伯領はアクアポリスと近い。ゆえにほぼ百%、仮面はアクアポリス産。ただし、輸送コストが上乗せされているので、いくら近くても現地より高い。よって仮面は現地ならではで、お得に購入できる。
貴族になっても“お得”に弱いのは、前世でアルバイトをしていた大学生だったからかな。
ということで店内を見ていると……。
「あれ? これ、何だか見覚えがあるな……」
アレクが見つけたのは、仮面のアイマスクの形をしたキーホルダー! それは社交界デビューとなった舞踏会で、タキシードを着た父親がつけていた白い仮面にそっくりだった。
これはユーモアのあるお土産としていいかもしれない。サイズも小さいのだから!
こちらも購入することにした。
次に向かったのは、レースの専門店。レースはとても繊細で、ウェディングドレスでも使われるため、大変人気。特にアクアポリス産のレースは、手間暇かけて作られている。そのため貴族の間では、アクアポリス産のレースを使った衣装や装飾品を持つことが、一つのステータスにさえなっていた。
「クリスティ、このレースの扇子、君に似合いそうだ。プレゼントさせてもらえない?」
アレクはなんて素敵な提案をしてくれるのだろう。
こんなスマートな言葉で尋ねられたら、「はい、ぜひお願いします!」と答えることになる。
「殿下、私もこのレースの扇子が欲しいのですが」
驚いた。
ポンネットがいつの間にか私達のすぐそばにいたのだ。
「フィーリス侯爵令嬢。おねだりは恋人かご自身の婚約者に対してお願いします。……行こう、クリスティ。キートン、そろそろホテルへ戻ろう」
こうしてショッピングを終えるとゴンドラに乗り、ホテルへ戻ることになった。
これからは着替え=仮装をして、アクアポリス・カーニバルに備えることになる。
「またホテルのロビーへ迎えに行くからね、クリスティ」
そう言うとアレクはホテルのロビーで、行きと同じように私の手の甲へキスをする。
そこでふと思う。
父親はさすがにアクアポリスには来ていない。
手の甲と言わず、頬へのキスでも……なんて、私。ダメだわ!
デレそうになるのをなんとか堪え、アデラと共に部屋へ戻る。
制服を脱ぎ、二人ともまずはバスローブを着た。
同室である令嬢と共に着替えを行うことになっていた。
「私はメイド服で、ワンピースとエプロンだから、一人でも着替えができるわ。アデラはどんな仮装なの?」
「実は男装をしようと思って」
「! それはいいわね。じゃあ、タイをつけたり、カフスボタンをつけたりするのを手伝うわ」
こうしてアデラの着替えを手伝う。
黒のテールコートを着せ、髪は後ろで一本に結わき、付け髭をつける。目元から顔の半分が隠れる仮面をつけ、完成だ。
そこで扉がノックされる。どうしたのかと思ったら……。
ホテルのスタッフにより、一足先にキートンが迎えに来ていると言われた。
これはもしかするとキートンが、アデラに告白する可能性もあるのでは!?
「クリスティ、着替えを」
「気にしないで! さっき話した通り、ワンピースだから、一人でも大丈夫よ」
アデラの恋を応援したいと送り出すと、メイドの仮装の衣装とかつらなどを用意する。
さて、着替えますか。
そう思ったところでノックの音。
もしやアデラ、何か忘れ物かしら?
「はーい」
勢いよく扉を開けると、アクアポリス・カーニバルではお馴染みの、カラスの仮面をつけた令嬢がいる。
「? えーと、何号室をお訪ねですか?」
アクアポリス・カーニバルに行くために仮装し、チームメンバーを呼びに来たのでは?――そう思ったのだ。ただ、部屋を間違えたのではないか。
だが。
カラスの仮面のその令嬢は、そのまま部屋に入ってきて……。
悲鳴をあげる暇はなかった。
そして仮装をした生徒達は、このフロアをウロウロしているはず。
護衛の騎士は、階段の踊り場で待機している。
だがこのカラスの仮面の令嬢は、仮装した女生徒としか思われなかった可能性が高い。
一体、誰なの……?
顔に押し当てられた布の薬品により、私は意識を失った。






















































