69話:校外学習
ヒロインであるポンネットが現れた翌日。
放課後、教室でポンネットの歓迎ティーパーティーが開かれた。
この時もポンネットはアレクに話しかけようとしたが、「昨日のお昼に僕はしっかり話したから、まだあまり会話していないキートンやベラ嬢と話しては?」とあっさりかわす。
その後も何かとポンネットはアレクに話しかけている。
だがそれはことごとくうまくいかない。
アレクがこんな風に答えることで。
「それは学級委員の方が詳しいかな」
「それなら数学の先生に聞いた方が丁寧に教えてくれるよ。じゃあ、僕たち、急いでいるから」
「ごめん。昼食は護衛騎士と婚約者と食べるんだ。毒見も必要だから、それは受け取れない」
この一見、マイルド、でも内容としては全て拒絶されている。それでもめげずにポンネットはアレクに話しかける。これがヒロインに課せられているゲームの呪縛なら、悪役令嬢の断罪回避と同じくくらい、しんどそうに思えた。
とはいえ。
実際の乙女ゲームでは好感度を上げるために奔走するわけで。それに比べたら、まだまだ甘い!なのかもしれない。
ともかくポンネットが転校してきて、新学期が始まり一週間が経つと「校外学習」の話が本格化する。校外学習は学校の外へ出て社会について学ぶための授業で、毎年この時期に行われる。一泊二日で、一年生が向かうのは、隣の水上都市アクアポリスだ。
市内には水路で結ばれた建物群があり、ゴンドラで移動する。
その建物群の中にはアクアポリス最古のオペラハウスがあり、そこでオペラを観劇。観劇の後はショッピング(お土産を買う)を楽しみ、夜はアクアポリス・カーニバルに参加することになっていた。
アクアポリス・カーニバルは、仮装し、仮面をつけ楽しむお祭りで。九月丸々いっぱい開催される。よってアクアポリスには沢山の観光客が訪れ、大賑わいだ。
私はメイドに仮装するため、黒のワンピースと白のエプロンを用意。仮面は白のアイマスクで、ラインストーンとゴールドパウダーで飾られ、大変ゴージャス。仮装がシンプルな分、アイマスクの美しさが際立つ。
アレクは私に合わせ、執事に仮装する。白シャツに黒のテールコートで、黒のアイマスクで、こちらはシルバーの宝飾があしらわれていた。
泊りがけのイベントは、学院に入学してから初めてのこと。
これは楽しみでならない。
ただ、良家の令嬢令息が通う学校なだけに、男女で宿泊するホテルが違っている。よってパジャマパーティーも、夜のスイーツを食べながらのおしゃべりも、女子は女子同士でするしかない。当然、ホテルの部屋は女子二人組だ。
さすがに宿泊を伴うイベントとなれば、過保護な父親もついてこないだろう。よってアレクとのんびりおしゃべりできるかと思ったけれど……。日中の行動はチーム単位で動くし、わりと分刻み。よってホテルに戻ってようやく寛げる。だがそのホテルも男女で違うとなると、アレクとののんびりした時間は、作るのが難しいかもしれない。
ということで。
校外学習の日は明日に迫っていた。
◇
基本的に校外学習の最中は、制服で過ごすことになる。
せっかくなのでお洒落をしたいところだけど、学校行事なので仕方ない。
ただ唯一、アクアポリス・カーニバルの時は仮装&仮面だから。しかもアレクと執事&メイドに仮装するのだ。今から楽しみでならない! この時ばかりはヒロインであるポンネットのことも頭から吹き飛んでいる。
「では気を付けて行ってくるんだ。……殿下、娘のこと、頼みますよ」
「はい、師匠。明後日、クリスティと共にちゃんと帰還します」
「皆さま、お気をつけて!」
こうして両親に見送られ、馬車に乗り込む。
馬車の屋根には、アレク、デューク、ジュリアス、そして私の四人のトランクが積まれている。
アクアポリスに行くには、陸路と水路があった。
陸路は馬車になるが、こちらは途中休憩もあり、時間がかかる。
水路はアクアポリスまでつながる川があるので、船に乗って移動する方法だ。
大型の貨物船以外に人を乗せる客船も頻繁に往来している。
馬車で船乗り場まで向かい、そこから船でアクアポリスまで移動だった。
船乗り場の馬車の停車場に向かうと、大勢の人、馬車、荷車で荷物を運ぶ人で賑わっている。アレクとジュリアスは護衛の騎士の同行が認められており、彼らが私のトランクを運んでくれた。
「乗る船は、八時発のレモンフラワー号、あれだね」
アレクにエスコートされ、タラップまで向かう。
そこには教師が待っており、点呼を取りながらの乗船となる。
「クリスティ、気を付けてね」
「ありがとうございます、殿下」
船に乗り込むとチケットに書かれた座席のエリアに向かうことになる。ここでデュークとジュリアスとは別行動になる。
「殿下、クリスティ、お互いに楽しみましょう!」
「アレク殿、クリスティ嬢。一泊二日の校外学習、楽しんでください」
デュークは右奥に、ジュリアスは左奥へと向かう。
私はアレクにそのままエスコートされ、中央の空いている座席に向かった。
アレクの婚約者になった私は、未来の王族の一員になる。
護衛が必要な立場だ。
よってアレクとは同じチームだった。その方が断然、護衛をしやすいからだった。
通常、婚約してクラスが同じでも、チーム分けでは別々になることが多い。それが同じチームになれるのは……。なんだかとてもスペシャルなこと思える。
「あ、殿下! 隣の席、いいですか~?」
「申し訳ないね。フィーリス侯爵令嬢。座席はチームごとだから」
早速、ポンネットが絡んできたが、アレクがバッサリ斬り捨てている。
ポンネットは可愛らしくアレクの前で「え~~~」と頬を膨らませているが、既に彼の視線は……私に向けられていた。とても甘々な視線で、私の頭の中からポンネットのことは吹き飛ぶ。
それからしばらくして、汽笛が鳴り、船は出発となった。
しかし。
この校外学習でとんでもない出来事が起きるなんて。
アレクの甘々な視線にメロメロなこの時の私は、全く想像できていなかった。