67話:新学期
悪役令嬢クリスティにとって、人生の第二の分岐点となる「王太子との婚約」というイベントがあったこの夏は。まさに波乱万丈だった。そしてバカンスシーズンは終了し、迎える九月。
新学期が始まる。
その新学期は激震と共にスタートすることになった。
もう私は婚約したのに。
そして片想いをするが、何をするつもりはないと言っていたのに!
ジュリアスがアイゼン辺境伯領に残ることを決意したのだ。
つまり王立ミルトン学園から、アイゼン高等学院へ編入するという。
するというか、してしまっていた。
私の婚約式に参加するため、王都へ戻った際、王立ミルトン学園で手続きを済ませている。そしてアイゼン辺境伯領に再び戻り、アイゼン高等学院への編入も済ませていたのだ。
住まいについては、王立ミルトン学園に通うにあたり、自国の大使館に滞在していた。隣国の王子という立場であり、防犯のためだ。
今回、アイゼン高等学院に編入する際に、住まいはどうするかとなった。アレクのように別荘を手に入れ、そこに滞在して学院に通うということは……ジュリアスではできなかった。
というのも他国の王族が別荘を買う・長期賃貸する=他国に領地を持つに等しいと見なされるため、ミルトン王国の法律がそれを許さない。そこで協議の結果、王家に固い忠誠を誓うアイゼン辺境伯家の離れに継続滞在することが……決まってしまった。
「皆様、引き続きよろしくお願いします」
ジュリアスからそう言われると「こちらこそ、よろしくお願いします」と応じるしかない。そして朝食の席にアイゼン高等学院の制服を着たジュリアスがいるのが、当たり前になってしまった。
そうなると、どうなるのか。
朝食の後、馬車でアイゼン高等学院まで向かう。
バカンスシーズン前までは、アレク、デューク、私と侍女が乗り込んでいた。
だが新学期になると、朝の通学の馬車の中は……非常に落ち着かない。
なぜなら私の対面にジュリアスがいる。その隣にデューク。私の隣にはアレクがいるのですが……。
どう考えてもおかしい状態。
だって、悪役令嬢 With 攻略対象なのだ。
悪役令嬢 With Bよろしく、悪役令嬢 With 攻略対象達って、どう考えても異常!
だってこうなるとヒロインの周囲に、攻略対象がいないことになるのだから……。
一応、ジュリアスに聞いている。
なぜ、急にアイゼン辺境伯領に残ることにしたのか。
どうしてアイゼン高等学院に通うことにしたのかと。
その答えは――。
「我が王家で購入予定の競走馬の仔馬。初夏に繁殖が行われたから、来年の春頃に仔馬が生まれる。母馬の様子を観察したいし、今年の初夏に生まれた仔馬の何頭かは、冬前に母国へ送ることになっているんだ。そしてその仔馬はアイゼン辺境伯が管理する牧場にいる。休みの日に様子を見に行くこともできるから、丁度いい」
まさかの競走馬が理由!?
「それに王立ミルトン学園には、私に言い寄る面倒な令嬢が一人いるので、アイゼン高等学院に在籍できる方が、都合がいいです」
それは……つまりヒロインのことだ。
アレクが王都にいないため、ヒロインはジュリアスを攻略しようとしていた。でもこの世界は王太子攻略ルートだから、ジュリアスはまさに拒絶反応が出ている状態。
だからと言って!
どうして悪役令嬢の本拠地に、ジュリアスが残ることに!?
このままでヒロインが黙っているわけがない。
よもやヒロインが王都からやって来てしまうかもしれなかった。
どうすればいいの!?
ジュリアスには王都へ、ヒロインの所へ戻って欲しいのだけど……。
「クリスティ、どうしたの?」
気遣うようなアレクの声に現実に戻る。
ジュリアスもデュークも私を見ていた。
「なんでもないです。今日から新学期ですが、バカンスシーズンが長かったので、気持ちはまだお休み気分。なんだか眠くなり、ぼーっとしちゃいました」
私が慌ててそう言うと、デュークがフォローしてくれる。
「それ、分かる。自分もまだ学校で勉強って気分じゃない。昼寝でもしたい気分」
「デューク、本当に授業中に寝てはダメだぞ」
「! 勿論です、アレク王太子殿下!」
その後はちゃんとみんなの会話に集中。
相槌を打ちつつ、私も自分の考えを伝えることで、みんな安心してくれると思ったが……。
馬車を降り、教室までアレクは私をエスコートしながら尋ねる。
「クリスティ、何を心配しているの? もう王都から戻ってきた。ここは王都ではない。でもまだあの予知夢が気になる?」
やはりアレクは勘が鋭い!
「まさにその通りです。なんだか胸騒ぎがしています。殿下とは婚約しました。その気持ちを疑うわけではないのです。それでも例の令嬢が動き出すのではないかと、なんだか不安で……」
「そうか。そういう不安は、無理に考えないようにしても、気になってしまうよね。今、気になっていること以上に、気になることができたら……。きっと忘れることができるよ」
まさにその通りだと思う。
「ではクリスティ。僕とクリスティはいつファーストキスができるか、想像してみて。結婚式までお預けかな。それとも……?」
アレクがまさに王子様スマイルを浮かべ、とんでもないことを私に尋ねた。
ふ、ふぁ、ふぁ、ふぁーすときっすぅぅぅっ!
ボン!と顔から火が噴き出そうだった。
でも頭の中は、ファーストキス一色になっている。
小学生の頃に流行した脳内メーカーを試したら、すべて「キス」で埋め尽くされていそうだ。
そんな状態で教室へ到着し、むしろこれ、授業に集中できるのか!?という状態になっていたけれど……。短いホームルームの後は、すぐにホールで行われる始業式に参加。そして二限目の授業はバカンスシーズンを振り返るホームルームになっていたが、そこで「転校生がいる」と発表された。
ジュリアスは、まだ自身もどのクラスになるかは分からないと言っていたが。もしやアレクと私のクラスに……?
そう思っていた。
だが、担任の教師が紹介したのは――。
「新学期からみんなのクラスメイトになるポンネット・クラフティー・フィーリス侯爵令嬢だ。王都から転校してきた。皆さん、仲良くしてあげてくださいね」