60話:ドキドキ。夜のデート
王立博物館の裏口に着くと、そこにはサファイアブルーのセットアップを着たアレクとルビー色のスーツ姿のデュークが既に待っていた。年配の学芸員も待機している。勿論、アレクを護衛する騎士もズラリ揃っていた。
「どうぞ、皆様、こちらへ」
恰幅のいい初老の丸眼鏡の紳士がいると思ったら、それはなんと館長!
学芸員もいるのに、館長自らも同行してくれるようだ。
父親と同じく黒のテールコートでビシッと決めているのは、王太子であるアレクがいるからだろう。
そのアレクにエスコートされ、職員専用通路を進む。
突き当りの扉の前で館長が立ち止まり、カチャカチャと音を立て、解錠する。
キイィィィィィ……と音を響かせ、両開きの扉が開くと――。
目の前にあるのは巨大な天球儀。
正面受付カウンターのすぐ後ろに出たようだ。ここから西通路、北通路、東通路を通り、様々な文化の展示コーナーへ行けるようになっている。建物自体は三階建てだ。
「ではまず、原始の森エリアへ向かいましょう。当時を思わせるコケやシダ植物が展示されています」
こうして館長自らが案内し、原始の森エリアへ向かい、そこで植物誕生の歴史が語られる。バクテリアから藻類へ、そして陸上植物へと変化するまでが語られた。
そんな感じで、太古の魚、両生類、恐竜の化石が展示されているエリアを順番に巡っていく。熱心な説明にみんな聞き入ってしまう。すると一時間なんてあっという間で、夕食の時間になってしまった。
案内されたレストランでは博物館にちなんだ料理が登場した。
それはまさに前世で言うならマンガ肉! 原始人が焚火で焼いている骨付きの塊肉。まさかこれをこの世界で見ることになるなんて!
さらに驚いたのは、ダチョウの卵!
「なんて大きさなんだ!」
さすがの父親もビックリ。
「顎が外れそうよ」
母親のコメントは可愛らしい。
ゆで卵として登場し、その場でスタッフが殻をむき、半分にカットしてくれたが、大きいい! 半分にカットしたものをさらにカットして……。
「自分はそのままでかぶりつきたいな」
そんなことを言ってデュークはみんなを笑わせた。
気になるダチョウの卵のお味。
黄身はいつも食べる鶏と同じ。でも白身は弾力があり、なんというか葛餅のような感じだ。塩をふりかけ食べたが、黒蜜をかけたら……和風スイーツになる!?
とにかく博物館のディナーは、通常とは違い、楽しくてならない。
そのディナーが終わると、再び展示エリアを見て回る。
「ついに人間が登場だね」
アレクの言う通り! 文明が進み、人類が誕生。今は失われた神話の時代、海に消えた謎の国、様々な文化が紹介される。展示物も巨大な木造船、石像、有名な戦乱の模型など、スケールも壮大だ。
最後のエリアではミルトン王国の建国の話となる。
そこで語られる初代国王はアレクの先祖なのだ。自身の先祖のことがこんな風に語られるってどんな気持ちなのかしら? 思わずアレクの横顔を見ると、すぐに私の視線に気づき、彼は大変甘いスマイルで応えてくれる。
「僕に彼らの血が流れているかと思うと、不思議な気持ちになるよ」
「そ、そうですよね……」
ぽっと自分の頬が熱くなるのを感じた。
二人きりのデートではなく、両親もいるのに。
こんな赤くなっている場合ではないわ。
最後の方は、せっかくの説明も上の空になったが、ともかくダイジェスト見学は終了した。最後にお土産で受け取ったのは……。
ダチョウの卵で作られたランプ!
卵の殻は堅く、丈夫なのでランプには最適とのこと。
こうして再び裏口から出て、屋敷へ戻ることになった。
「クリスティ、今日は楽しめた?」
「はい! お誘いありがとうございました、殿下。展示に関する説明もしっかりしてもらえたので理解も深まりしたし、ディナーも珍しいものを楽しめ、とても良かったです。このランプも。辺境伯領まで持ち帰ります」
「そうか。クリスティのその笑顔が見たかった。よかった、楽しんでもらえて」
断頭台だと敬遠していた日々が嘘のようだ。
アレクは限りなく優しい!
ヒロインの存在を確認してしまったが、これなら大丈夫よね、アレク……。
じっと見つめ合うと、胸がキュンとする。
「クリスティ……」
「殿下、今日は本当にありがとうございました! また明朝、剣術の練習で」
「し、師匠……はい、そうですね。本日は遅くまでありがとうございました」
父親が私の肩を掴み、周り右させ、馬車へと乗せてしまう。
例え婚約者と言えど、未婚の男女は不用意に接触しないように……というこの世界の規範、厳し過ぎではないですかー! それにお父様のセンサー感度良すぎです!
ともかくこの日はこれでお開きとなり、終了。
でもこのデートの成功体験を踏まえ、アレクは何度も夜のデートに誘ってくれたのだ!
翌日はなんとナイト植物園に招待してくれた。
当然だけど、夜の外出なのだ。両親やデュークも一緒。
まさにナイトミュージアム同様で、団体様、いらっしゃいで、園長と職員が迎えてくれる。そして夜にだけ咲く花を見て、ランタンで照らされた温室へ案内してもらった。ランタンがともる温室は、ムード満点。エスコートするアレクの瞳もランタンに照らされ、大変素敵に見えてしまう。つい見つめ合うと、父親から声がかかる。
もー、お父様!と思うが、仕方ない。
何せ団体様でデートしているのだから!
温室を抜けた先にあるサロンで夕食を楽しんだが、そこではエディブルフラワーを使った料理が沢山登場した。フラワーサラダでは、レタスやトマトに加え、青い花が飾られている。
「この青い花は何ですか?」
アレクが尋ねるとすぐにスタッフが教えてくれる。
「こちらはボリジという花で、砂糖漬けにしてケーキに飾られることもあります。香りはすこし青臭さがありますが、そこまで気にならないと思いますよ」
早速食べてみると、ズッキーニみたいな味がした。
さらにフラワーパンは、花が飾られたピザ! オレンジ色のナスタチウム、赤いホウセンカの花が載せられている。
「ナスタチウムはホースラディッシュみたいね」
母親がそう言えば、父親は……。
「ホウセンカは食感といいレタスみたいだ」
花なのに味は野菜っぽい。普通に野菜を食べている気持ちになる。
デザートは色鮮やかなエディブルフラワーを使ったババロアが登場! まさに生花がババロアのゼリーの部分に閉じ込められており、見た目がとっても華やか。
「わあ、これはお花の宝石箱みたい!」
「クリスティの例え、とてもお洒落だね」
アレクにそんな風に言われ、心の中では「えへへ」とデレてしまう。
このババロアは、まさに前世で言うなら映えメニューだった。
夕食の後は、併設されている動物園にも足を運んだ。すると驚く程、夜の方が元気な動物が多い! フクロウやヒョウは勿論、ライオンやゾウも活発に動いている。
「夜行性というのもあるけどさ、昼間より、夏は夜の方がいいんじゃないか?」
デュークの言葉には強く同意。
ナイト植物園&動物園も大満喫だった。