6話:断頭台の悪魔を偵察する!?
入学式で王太子は、あくまで生徒の一人として振る舞った。
特別扱いは必要ないと、新入生の挨拶も彼がすることはなく、別の令息がしていた。
入学式が終わると、この日は授業もなく、そのまま解散。
混乱を避けるため、王太子は控え室へ移動したようだ。
結局、彼の姿をまともに見ることすらなく、入学式は終わった。
だが入学式で王太子の姿を見なくても、問題などない。
なぜなら……。
式次第でクラス分けを確認した時、ヒロインと王太子以外の攻略対象の名前がないか、そのことばかり気にしていた。だが改めて自分のクラス、A組に並ぶ名前を見て、驚愕することになる。
だって、そこに、王太子の名前もあるのだから……!
つまり、私と王太子はクラスメイト!
も~~~最悪過ぎる。
毎日、断頭台の悪魔と顔を合わせるなんて、悪夢でしかない。
だがしかし。
王太子がクラスメイトで悪夢?
そんなの甘かった。
本当の悪夢は翌朝から始まる。
翌日。
今日からは普通に登校し、授業が始まる。
前世のように、毎日制服を着て学校へ登校だ。
というわけで少し早起きすると、窓の外が騒がしい。
着替えがあるので閉じていたカーテンをめくり、そこでハッとした。
自室の二階の部屋からは、エントランスを見下ろすことになる。
エントランスには、来客の馬車を停めておくスペースがあった。そこに王室の紋章がついた馬車を見つけたのだ!
そうだ。ソードマスターである父親に、王太子は剣術を習うと言っていた。まさか入学式の翌日からその練習をしているの!?
部屋に来たメイドに尋ねると「はい。王太子様と辺境伯様は、剣の練習場で早速、練習を開始しています。もう一時間は経つでしょうか」と応じる。
王太子は朝練で、父親から剣術を習っているようだ。
王太子アレク・ウィル・ミルトン。
攻略対象の中では、ダントツの人気だった。
スマホゲームだった花恋のカバー画像でも、常にセンターをキープ。不動のエースだ。
どうせ学校に行けば、同じクラス。
わざわざ見に行く必要は……。
敵を知ることは必要。ちょっとだけ様子見だ。
私は自室を出て、剣の練習場がある離れの方へと向かう。
剣の練習場と言っても、そこはグラウンドみたいなもの。奥に厩舎があり、その先には馬術訓練のためのスペースもある。
離れの庭園と剣の練習場が面していることから、私は薔薇のアーチに隠れながら、様子を窺う。
父親も王太子も、白シャツに黒のズボンにロングブーツという姿で練習をしている。真剣を使っていないので、防具はつけていない。
う、うむ。
私を断頭台に送る悪魔であるが、王太子アレクの姿は、実に美しい!
金髪で碧い瞳。サラサラの前髪。
甘いマスクでスラリとした長身、王道の王子様の風貌。
優男と思いきや、剣を手に俊敏に動ける。
贅肉がなく、その体には、見た目以上に筋肉がついているようだ。
ゲームでの設定では、文武両道の完全無欠の王太子様。
それはそうだ。ヒロインの攻略対象なのだから!
しかも剣を扱うその姿も惚れ惚れするもの。
くっ、回避しなきゃいけない相手がイケメンなんて!
ステーキを“待て”させられている犬みたいだわ!
「!」
父親と目が合ってしまった。
私の父親だってその容姿に関しては、アレクに負けていないと思う。
年齢より若く見えるし、中年と言われる年齢には達しているが、お腹がぽっこり出ていることもない。赤ん坊の時に見たままの姿と遜色ないと思う。
さらに剣術の腕に関しては、言うまでもない。
何せソードマスターなのだから、父親は!
私は父親にだけ分かるように、手を振る。
すると父親の相好が崩れた。
するとアレクは隙あり、と見たのだろう。
すかさず斬り込むが、父親はそれを鼻先でかわした上に……。
アレクの木刀が空を舞う。
さすがお父様!
父親はご満悦で、私も心の中で拍手喝采。
そこで王太子がこちらを振り返るのだから、慌ててしゃがみこむ。
敵の偵察は終了!
撤退だ。
◇
湯気の立つ卵料理に、カリカリのベーコンと、焼き立てのソーセージ。
白パン、チェリーやアプリコットなどのフルーツの盛り合わせ。
テーブルを飾る花瓶に生けられた初夏の花々。
ミモザ色のドレスを着た母親の隣に座る、制服姿の私。
母親の正面には、グレーのセットアップを着た父親が座っている。
そして私の正面には……制服を着た断頭台(以下略)がいた……!
そう、そうなのだ!
父親とアレクの剣術の練習は、早朝から行われた。
アレクは朝食を食べていない。だから私の家族と一緒に食事を摂ろうとなったのだ。
着席する前に、挨拶が行われた。
「クリスティ。知っていると思うが、アレク・ウィル・ミルトン王太子殿下だ」
父親は、母親と私に順番にアレクのことを紹介した。
「初めまして、ミルトン王太子殿下。アイゼン辺境伯の一人娘、クリスティ・リリー・アイゼンと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
カーテシーをした私に、アレクは眩しい程の笑顔を向ける。
「お会いできて光栄です。アイゼン辺境伯令嬢。アレク・ウィル・ミルトンです。どうか僕のことはアレク、とお呼びください。同級生ですし、クラスメイトなのですから」
断頭台を名前で呼ぶなんて!と思うが両親は「なんと、殿下、よろしいのですか」「まあ。ではクリスティのことも名前でお呼びください」と喜んでいる。
そう、両親は王家に忠誠を誓った辺境伯一族。基本的にアレクのことは、ウエルカムなのだろう……。
こうして和やかに朝食はスタートする。本当は断頭台を眺めながら食事なんて……できないはずだ。だが、アレクは……限りなく爽やかでトークも楽しい。王都で流行しているオペラの話は母親を喜ばせ、王都の中心部を流れる大河の治水対策の最新情報は、父親の興味をひいた。さらに私には、王都で流行しているドレスのデザインを教えてくれるのだ。
な、なんて完璧なの、この王太子!
しかも朝食後、こんな提案がなされる。
「学校までは、僕の馬車で一緒に行きませんか? この地について僕はまだまだ知らないことが多いので、クリスティに教えていただきたいのです」
「殿下、我が家にあるこの地に関する歴史書、地理、植物に関する本など一式、別荘へ届けましょう」「あなた!」
父親の脇腹を母親がつねったようだ。父親が悶絶し、代わりに母親が口を開く。
「勿論ですよ、殿下。クリスティは幼い頃、夜寝る前に主人から、この領地について毎晩聞かされていました。よっていろいろお聞かせすることが、できると思いますわ」
「そうですか。それはお話を聞くのが楽しみです。よろしくお願いいたします、クリスティ」
母親とアレクはニコニコ笑顔。父親は脇腹を押さえ、口をへの字にしている。私は表面上、笑顔だ。だが心の中では「なんで断頭台と一緒に登校しなきゃいけないんですかー!」と叫んでいる。
結局、私がアレクの馬車に乗り込み、学校へ向かうことになった。
「クリスティ、ぜひこの地について、教えてください」
「承知いたしました。領土の北東と北西には、万年雪が残るノースクロス連山が広がっています。そして森が多く広がり、林業が盛んです。さらに年間を通じて狩猟が行われ、王都に比べ、平民でも肉料理を楽しみます。さらにオペラハウスやアイゼン図書館、アカデミーや沢山のお店が揃い……」
その後の私はもう、マシンガントーク。アレクが何か余計なことを聞く隙を与えず、ひたすら学校に着くまで話し続けた。気を抜くと、アレクが断頭台であることを忘れそうになる。その笑顔に飲まれそうになるのだ。それではいけない。私は生きたいのだから!
「あ、ありがとう。クリスティ。君は……当然なのかもしれないが、この地について詳しいのだね」
馬車が正門で止まった。馬車の外を見ると、王太子であるアレクの登校を心待ちにしている生徒が待機している。もはや出待ち状態。
馬車を降りれば、アレクから解放される!
ホッとした瞬間。
「話し続けて喉を傷めるといけない。これは宮廷医が作った、ハーブと蜂蜜で作ったキャンディーだ。よかったらもらって」
まるで前世のファンデーションのコンパクトのような、真鍮製の丸い缶。アレクはそれを私の手に置いた。手の平に収まるサイズで、その蓋には王家の紋章が浮き彫りにされている。
「で、でも、アレク王太子殿下、これは」
「受け取って。いくつも持ってきているから」
そこでとどめを刺すかのようなウィンクをされ、私に受け取らないという選択肢はない。
というか、この毎朝の登校は、明日以降も続くんですかー!?
これでは身が持たないと思います!
明日はこうならないよう、早起き、別行動ー!