58話:僕は欲張りになりそうだ
翌日。
アレクは我が家のタウンハウスにやってきて、いつも通り、朝から剣術の練習。
デュークもちゃんと来ている。
男性はルーチンを好むというが、本当にその通りだと思う。
ルーチン=心の安定だ。
私はホワイトリリーのモスリンのドレスに着替え、朝食のためにダイニングルームへ向かう。そこには白シャツにグレーのベストとズボンの父親、ライム色のドレスの母親。白シャツにライトシアン色のベストとズボンのアレク、そしてガーネット色のシャツに黒のズボンのデュークが着席していた。
食事がスタートすると、私の健康を気遣う言葉が次々とかけられる。
その言葉に励まされ、「昨晩は旅の疲れも一気に出てしまったようです。でも今はもう大丈夫ですから」と答えることになった。
「今日は一日、このタウンハウスでゆったり過ごすといい」
父親の提案を快諾だ。
すっかり幸せ気分に浸り、ここが王都であり、王都にはヒロインがいることを忘れそうになっていた。でも昨晩。あの憎悪の込められた眼差しを向けられたことで、肝を冷やした。外出を控えようという気持ちになっていたのだ。ヒロインに会いたくない。関わりたくないと。
こうして朝食を終えると、アレクが父親にこんなことを告げた。
「師匠。ここの庭園はフロックス、サルビア、ゲラニウム、キャットミント、スカビオサなど沢山の夏の花々が咲き誇り、とても美しいです。クリスティと散歩してもいいでしょうか? 庭園は母屋から丸見えですし、庭師も整備をしています。邪なことはしません」
アレクが予防線を張った……!
これにはデュークが笑いを噛み殺している。
「デューク。君、散歩は?」
父親に問われ、デュークはハッとして答える。
「今日はこの後、父上に騎士団本部を見学させてもらうことになっています。よって庭園の散策は、また次回お願いしたいです」
「ふむ。そうか」
そこで父親の目が泳ぐ。母親に頼みたいのかもしれないが、予定がある。そう、母親は王都にいるマダムの知り合いに誘われ、ランチをそのマダムの屋敷ですることになっていた。私も誘われていたが、聞くとマダム達は自身の娘や息子を連れてくる予定はないとのこと。つまり前世で言うならマダムのランチ女子会。ならば邪魔をしたくないと思い、私は辞退。母親だけがそのランチに参加することになっていた。
「……分かった。クリスティ、殿下に庭園を案内してあげなさい。日傘をさし、帽子を被る。途中ガゼボで休憩し、水分補給をすること。分かったかい?」
「はい、お父様。そういたします」
まるで幼い子供に言い聞かせるみたいだが、父親の愛情を感じる。
それに貴族の屋敷の庭園は、前世日本人の、都会の一戸建ての庭と違い、とても広い。途中休憩は必須だった。
ということで一旦、部屋に戻ると、レース製のアームカバーをつける。帽子を被り、日傘を手に、エントランスホールへ向かう。ソファに座っていたアレクが立ち上がり、彼のエスコートで外へ出る。
エントランスから庭園に続く小径。
日傘を広げ、アレクにエスコートされながら、歩き出す。
「クリスティ、少しずつ陽射しが強くなっている。ガゼボに着く前でも疲れたら教えて。そこかしこにベンチはあるし、ほら、水筒は持参したから」
「! それは……」
「剣術の練習をしているだろう? だから持ち歩いている。さっき、新しく補充してもらったから」
少し離れ、後に続く護衛の騎士もいる。水筒なんて彼らに任せればいいのに。何かあったらすぐに対処できるようにしてくれたのね。
アレクの優しさを感じながら、しばらくは庭園に咲く花について会話しながら進んだ。
「ここで少し休憩しようか」
そこはパーゴラ(藤棚)になっており、よく成長したアイビーの葉により、緑陰ができていた。そこに置かれた木製のベンチに座ると、早速アレクは水筒を差し出してくれる。
「ありがとうございます」
小さな水筒の蓋に中身を入れると、レモンの香りがする。
「レモン水だよ」
何度かお代わりをして、アレクに渡す。
彼も数口飲むと、その碧眼を目の前で咲いている、紫色のゲラニウムの花に向けた。
「……クリスティ。昨晩、何があったのかな。何かを見て、クリスティの様子が変わったように思える。とても心配だよ。……良かったら、僕に話して。クリスティの力になりたいんだ」
花畑に向けていた、澄んだ碧い瞳が私を見た。
吸い込まれそうな碧。
「見つけてしまったんです」
「え?」
「予知夢で何度も見た令嬢を。……殿下が心を奪われる令嬢の姿を」
ぐっと奥歯に力を入れたアレクは、凛々しい顔つきに変わる。
「その令嬢の特徴を教えてくれる? 紋章は見た? 身元が分かれば、宮殿で開催される舞踏会に、二度と招待しないようにするから」
「殿下!」
いつも聡明なアレクが、感情的になっている。
これは間違っているわ。
「何か罪を犯したわけでもない相手なのに。突然、招待を控えるなんて、ダメです。王家からそんな扱いを受けたら、その一族には変な噂が立ち、社交界から追放も同然になります」
アレクの顔がふわっと緩む。
「それは……そうだね。クリスティは冷静だ。そして優しい。……今の僕にできることは、何かある?」
ヒロインであるポンネットからは、宣戦布告された。
でもまだ何も仕掛けられていない。
何を仕掛けられるかも、分からなかった。
動いたところで空回りになる可能性もある。
一旦は静観しよう。
いろいろ設定も変わっており、先の展開も読めないのだから。
「今はその令嬢が、何をするつもりなのか分かりません。やみくもに動く必要はないと思っています。よって殿下に何かしていただくことは……ないかと。お気持ちはとても嬉しいです」
「クリスティ。そんなに硬くならないで。分かった。君がそう言うなら、今は何もしない。でも忘れないで。クリスティが悲しむようなことをする相手に、容赦するつもりはない。そのためにあの婚約契約書だって結んだのだから」
「殿下……! ありがとうございます」
そこで緊張を解くためなのだろう。
ニコッと王子様スマイルをしたアレクは、真鍮製の丸い缶を取り出す。
蓋に王家の紋章が浮き彫りにされたそれは、あの蜂蜜飴かと思ったら。
「宮廷医が作ったミントキャンディーだよ。気分が落ち込む時に、口に入れるといい。さっぱりして、気持ちも上向くよ」
そう言うとアレクは、私に真鍮製の丸い缶を差し出す。
私を気遣い、わざわざ持ってきてくれたと分かる。
嬉しさで胸がトクトクと高鳴った。
「いつも私のことを気遣っていただき、とても嬉しいです。何か私が殿下にできることは、ありますか?」
缶を受け取りながら尋ねると、アレクはその長い脚を組み、「うーん、それを言われると……。僕は欲張りになりそうだ」と爽快な笑顔になる。そして「欲張り」と言いつつも、彼が私に求めたことは……。
「僕を好きでいてくれること。そしてそばにいてくれると嬉しいな」
「そんなことでいいのですか……?」
「……そうだね。でも実際、クリスティと一緒にいられる時間は限られている。僕はもっとクリスティと過ごしたい……」
陶器のような肌を、淡いローズ色に染め、アレクがはにかむ。
直球の言葉と表情に、気持ちが一気に持っていかれる。
まさに乙女ゲームの世界にいる気分だった。
自然と見つめ合い、アレクの手が私の髪に伸びたその瞬間。
シャキーン。
枝切りバサミの金属音に、二人して固まる。
驚いて音の方を見ると、ストローハットを被り、シルバーのマントをつけた男性の後ろ姿が見える。
なぜかマントをつけた庭師……?
シュール過ぎません?
「品種改良されたハマナスは、この時期、実によく咲くな!」
「は、はい、旦那様。エントランスホールに飾りますか?」
「せっかくだから、ダイニングルームに飾ってくれ」
お、お父様……!?
マントにストローハットなんて、どうしてそんな姿で!?と思ったけれど。
長時間そこにいるための、熱中症対策ね。
つまりそれだけ長い時間、そこで……見守っていたと。
しかも長身の父親に隠れるように、庭師もそこにいた。
「おや、クリスティと殿下。奇遇ですな」
父親が振り返り、白い歯を見せ笑っているけれど……。
奇遇な訳がないですよね、お父様!
も~~~いつからそこにいたんですかー!
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