55話:婚約者であろうと……ゴゴゴゴゴ
アレクとの婚約が正式に成立した。
それは国王から国民に向け、公式な情報として発信されている。
国内のあちこちにある掲示板。そこに掲出され、国内の新聞各社が記事にした。
わずか数日で国内は勿論、国外にもこの情報は伝わっている。
これからはどこへ行くにも私は王太子の婚約者として見られることになるのだ。
王太子妃教育はバカンスシーズンが終わってからスタートだが、マナーや身のこなしは一刻も早く教えて欲しいと思っていた。
そんな折。
宮殿で国王が主催する舞踏会に招待された。
婚約式があるので、多くの貴族への紹介はそこで行われる。
よって今回招待された舞踏会は、プレ顔見せみたいなものだ。
王太子の婚約者は、アイゼン辺境伯の長女ということは分かっても、その姿はほぼ知られていない。社交界デビューとなる舞踏会で、アレクにエスコートされている。それは勿論、新聞記事になっていた。だが姿絵まで掲載した新聞社は少ない。名前は知られていても、その姿を知らない貴族が多かった。それに私は王都へ来たのはこれが初めて。知らなくて当然と言えば当然だ。
婚約式は約一か月後に予定されている。でもその前に。宮殿で開催される舞踏会で、少し私を披露するというわけだ。前世風に言うなら、プチお披露目とでもいう感じか。
つまり、アレクと私が最初のダンスを踊り、この二人が婚約するのね……と軽く披露となる。
ということでダンスもそうであるが、舞踏会への入場もアレクのエスコート。国王陛下夫妻と共に、他の王族と一緒に入場することになるのだから……。
これはもう、緊張しないのが無理な話!
よってこの日は朝から落ち着かない。
一方のアレクはいつも通り、デュークと一緒に父親から剣術の指導を受け、朝食を落ち着いた様子で食べている。ちなみにデュークは実家に滞在しているが、アレク同様で、我が家のタウンハウスに通って来ていた。アレクは当然だが、王宮で過ごしている。
「クリスティ、良かったら今晩の舞踏会で着るドレス、見せてもらってもいいかな? 僕の衣装をクリスティに合わせるから」
朝食が終わり、皆が席を立った時。
モーブ色のドレスを着た私に、白シャツにライトブルーのズボン姿のアレクが声をかけた。
「! アレク王太子殿下に合わせていただくなんて! 殿下が着る衣装の色を教えていただければ、私が合わせます!」
するとアレクはクスッと、まさに王子様の微笑みを浮かべる。
「クリスティ。ここは王都だ。僕の家がすぐそこにある。そしてクローゼットには僕の立場を鑑みた衣装が揃っているんだよ。でもクリスティは限られた荷物を持ち、ここに滞在しているんだ。僕がクリスティに合わせて当然だよ。君に無理をさせたくないからね」
「殿下……」
「じゃあ、部屋へ行こうか」
その気遣いに胸がキュンとしたその時。
「殿下」
ゴゴゴゴゴと凄まじい気配をアレクの背後に感じる。
アレクの王子様顔が少し引きつった。
ポンと軽く肩に乗せられた父親の手だっただろうが、圧があったのだろう。
アレクの体がガクッと傾く。
「し、師匠……」
ダークグレーのセットアップを着た父親の背後に、赤黒い炎が見える……気がした。
「よもや殿下は未婚のクリスティの部屋に、足を踏み込むつもりではないですよね? 例え婚約者であろうと、未婚の令嬢の部屋に入るなど、言語道断ではないですか?」
「ち、違いますよ、師匠! 僕は邪な気持ちなど」
ぐっと手に父親が力を込めたことで、アレクの姿勢がさらに低くなる。
「クリスティ。メイドに言って舞踏会に着る予定のドレスを応接室へ持って来るように言いなさい。殿下、応接室へご案内いたします」
ここは「分かりました」と私が返事をするしかない。
確かに父親が言うことは一理ある。例え婚約者であっても、この時代の王侯貴族は未婚の男女の不用意な接触は、NGと考えられているのだから。
それに私が「分かった」と言わないと、アレクは……床に沈んでしまう!
ということで父親に肩を抱かれ、アレクは応接室へ移動。
私はメイドにすぐ指示を出す。
「……師匠って王太子相手でも容赦ないな」
「デューク!」
一部始終を目撃した、赤色のシャツに黒ズボン姿のデュークは目を丸くしている。
父親からすると、アレクは憎き(?)娘の婚約者であり、愛弟子。
敬いつつも、一言申さずにはいられないのだろう……。
とにもかくにもデュークは自身の屋敷へ戻り、私は応接室へ。
そこにメイドがトルソーとドレスを持ち、やってくる。
候補の五着を並べると……。
「クリスティ。水色系のドレスが多いのは、僕の瞳に合わせてくれたの?」
図星なので顔を赤くすると、アレクの甘いマスクが、さらに甘々になる。
ヤバイです!
王子様がデレると鼻血案件に。
「殿下、ラベンダーティーです、どうぞ!」
父親は本来執務に入る時間なのに。同席していた。
そして鎮静効果があると言われるラベンダーティーをアレクに勧めている。
つまり、落ち着け、若造!といったところかしら。
「ありがとうございます、師匠。ラベンダーティー。そうですね、クリスティ。今晩の舞踏会はラベンダー色のこのドレスにしよう」
「あ、はい」
そう返事をしつつも、そうなるとアレクにもらったネックレスとイヤリング、そしていつもの髪飾りではなく、パールやシルバーのアクセサリーを合わせた方がいいわね。せっかくならアレクにもらったものを身に着けたかったけど、碧い宝石よりパールやシルバーがこのドレスには合うわ。
そんなこんなで今晩の舞踏会のドレスが決定した。