5話:そして迎える十五の春
前世では春に桜が舞う。
だがこの世界では桜によく似たアーモンドの花が、春の風物詩の一つになっている。あとは黄色のミモザの花。これは日本の菜の花の代わりみたいなものだ。
十五歳。
悪役令嬢クリスティ・リリー・アイゼンの運命の分かれ道の時だ。
王都にある王立ミルトン学園へ入学したら、詰む。
だが、私は……。
アイゼン辺境伯領にある最高学府の学院へ、入学することが決まっているのだー! ひゃっほーい!
つまり今の私は王都にいない。辺境伯領の領地にいる。
そして今日はアイゼン高等学院の入学式だ。
制服に着替え、姿見に映る、成長したクリスティをじっくり見る。
さすが悪役令嬢。
悪役令嬢といえば、容姿端麗、性格最悪が定番だ。
御多分に漏れず、クリスティの容姿は完璧だった。
ほっそりとした首に、すらりと伸びた手足。
キュッと張ったヒップ、くびれたウエスト、豊かなバスト。
小顔で、瞳は大きく、鼻は高い。薔薇色の唇と頬。
ゲームをプレイしていた時も、性格さえ悪くなければ普通にモテるのにと思ったものだ。
そして制服!
制服は、白のブラウス、紺色のボレロ。
紺地に白のチェック柄のロングワンピース。
大変素敵であり、制服姿のクリスティは、とっても可愛い!
ご機嫌で屋敷を出ることになる。
「まあ、クリスティ。制服、よく似合っているわ」
「うむ。さすが我が娘だ。……あまりにも可愛らしく、変な虫がつかないか心配になる。そうだ。既に婚約者がいることにしてはどうだろう? マリー、君が持っている指輪を」
「あなた! 何を言っているの! 遅刻しちゃいますわ。馬車に乗りましょう」
母親はアーモンドの花びらを思わせる色合いのドレス、父親は明るいグレーのフロックコート。共に入学式に参列するため、一緒に馬車へ乗り込んだ。
もはや断罪は回避できた、もうエンディングにしましょう――それぐらい気分は上々だった。よって馬車の中でも親子三人、笑い声が絶えない。
「あら、すごい数の護衛の騎士ね。さすが王室だわ」
「ああ。そうだな。馬車を降りたら、クリスティにも紹介しよう」
この時の私は血の気が引く思いで、父親に尋ねる。
「お、お父様、お母様。今、王室……という言葉が聞こえましたが、王家からどなたか入学式に参列されるのですか? 来賓として」
「クリスティ、実はサプライズにしようと思っていたことがある。この国の王太子であるアレク・ウィル・ミルトン殿下がアイゼン高等学院へ入学されることになったのだよ。この地には王家の別荘があるからね。そこから通われるんだよ」
嘘やん……なんで!?
「殿下は実に真面目な方。今のうちから自身が治める国について、学ぶことを決めたようだ。王都にばかりいては、見聞が広まらないと。父さんが治めるこの辺境伯領は、防衛の要だからね。卒業までの三年間。この地を知り、父さんから剣術を学びたいらしい」
父親がソードマスターの称号を持つ剣術使いだったこと、忘れていました。
というか、父親に剣術を習う!?
つまり毎日王太子が屋敷に剣術を習いに来るのでは!?
馬車から降りると、正門付近に人だかりができている。
それはそうだろう。
この国の王太子がそこにいるのだから!
王太子がアイゼン高等学院へ入学することは、秘匿されていたようだ。ここに来てみんな、初めて知った。見ると新聞記者の姿も見える。これは後で号外が出るだろう。
「これでは挨拶をするのは無理だろう。このままクリスティは、入学式が行われるホールへ、マリーと向かうといい。わたしはこの状況を整理し、王太子が安全にホールへ向かえるようにする。本当はホールの控え室で、校長や理事と共に王太子に会う予定だったが……。そうもいかないだろう」
こうして父親と別れ、私は母親と共に、入学式が行われるホールへ向け、歩き出す。
母親は歩きながら、中庭の花について話しているが、上辺だけの返事しかできない。
もう頭の中は完全パニック!
ど、どーして、王太子が辺境伯領にいるの!?
だって、おかしいでしょう。
王太子はヒロインの攻略対象の一人。
ヒロインとは王都の王立ミルトン学園で出会うのだ。他の攻略対象も含め。
ここにいる場合ではない。
え、待って。
まさか他の攻略対象やヒロインまで、このアイゼン高等学院へ集結するとか!?
エントランスで配布され、受け取っていた式次第の紙をめくる。
アイゼン高等学院は、良家のご子息令嬢が通うが、そう人数は多くない。一学年三クラス。しかも一クラス二十名弱。少人数なのだ。それでも広い敷地と立派な建物を維持できるのは、高額な授業料と、父兄と卒業生からの寄付のおかげ。何より、アイゼン高等学院を卒業した――は王都でも「あのアイゼン高等学院!」と言われるぐらいの有名校。裕福な一族にとって授業料や寄付は、安い買い物だった。
ともかくそれだけ人数が少ないので、式次第にはクラス分けが載っており、新入生の名前は全て記載されている。そこに公爵家の嫡男、騎士団長の息子、隣国の第二王子、そしてヒロインの名がないか探すが――。
ない!
そこだけは安堵する。
だがすぐに思い出す。
この世界は、ヒロインが攻略対象で王太子を選び、悪役令嬢が断頭台送りされるルートだ。つまり他の攻略対象はわりとどうでもよく、悪役令嬢である私と王太子が出会うことこそが重要だった。
だからといって、王太子が辺境伯領へやって来るなんて……!
聞いていないんですけどーーーーー!
断頭台の影が頭の中でちらつく。
最悪だわ!
お読みいただき、ありがとうございます!
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