42話:回避策、あります!
奇しくも王都ではないアイゼン辺境伯領に、まさかのヒロインの攻略対象が集結してしまった。王太子であるアレクは私と本来婚約するはずだから、登場は止む得ないことと思っている。
デュークは父親の迷走によりここに来てしまうことになったが、第三者的な立場にいてくれるから、問題ないだろう。……多分。
全くの想定外だったのはジュリアス!
まさか、そこでつながっていましたー!と驚愕するしかなかった。
でも、だ。
ジュリアスは一時的な滞在であり、王都に戻ることは確定している。
そして彼は猫タイプ。
そう、そうなのだ!
前世で花恋をプレイしていて、ジュリアス攻略ルートも経験済み。
彼の好感度を上げるのには大変苦労した。
なぜなら!
ジュリアスは好きですアピールすると、好感度が下がる。
ではと放置したり、つれない態度をとったりすると、猛烈になついてくるのだ。結果、好感度も上がる。
つまり。
好きですアピールをする令嬢が、ジュリアスは嫌い。
ならば私、思いっきりジュリアスに対し「好き、好き」アピールをしようと思います!
かき氷あります!ならぬ、回避策あります!なのだ。
「好き、好き」アピールを繰り返せば、げんなりしてジュリアスは、早々に王都へ戻ってくれるはず。
ヒロインの攻略対象が揃いも揃ってアイゼン辺境伯領にいるなんて、異常事態。こんなことをしていたら、いつヒロインが乗り込んで来てもおかしくない。
王都にいるヒロインの所へ戻ってください、ジュリアス殿下!ということだ。
というわけで。
応接室へ移動した後。
私は自分の自己紹介の順番になった時。
思いっきりジュリアスへの好きです!アピールを始めることにした。
まずは現状、皆の配置。
二人掛けソファには父親と私。
二人掛けソファの斜め右の一人掛けソファにアレク。同じく斜め左の一人掛けソファにデューク。ローテーブルを挟み、対面のソファにジュリアスが一人で着席している。
「……というわけで、私がその一人娘であり、絶賛婚約者を募集しているんです!」
ありがちな自己紹介の後、私は爆弾発言をした。
アレクの頬がピクリと動き、父親が眉をくいっと上げた。デュークは私が何を言い出したのかと興味深そうな顔をしている。
「なるほど。アイゼン辺境伯令嬢は、どのような殿方が好みなのですか?」
ジュリアスがいい質問をしてくれた!
「殿下、私のことはぜひクリスティとお呼びください。同級生ですし、ファーストネームで呼ばれた方が心の距離も縮まりますから」
そう言ってニコリと微笑む。ジュリアスは一瞬固まり、不自然に口角を上げつつも「ええ。分かりました。ではそうしましょう。クリスティも私のことは、ファーストネームでお呼びいただいて構いませんよ」と応じる。
「質問いただいた好みのタイプですが、私は捉えどころがない方が好きです。どこかミステリアスで謎めいて。そしてクールで知的。普段はツンとしているのに、二人きりだと甘々になる。忠犬より、どこか身勝手な猫のようなタイプが好きです。少し長めの暗い色の髪の方が気になります。自分とは違う髪色なので、魅力的に感じます」
ガチャッ。
「ゲホッ」
「ふうーっ」
何かと思ったら、父親がティーカップを思いっきりソーサーに置いた音。
アレクがむせた咳の音。
デュークが大きく息を吐いた音が、立て続けに聞こえてきた。
その様子をチラリと窺った後、ジュリアスは白銀の瞳を細める。
「随分と変わったタイプがお好きなのですね」
え。
それはジュリアス、あなた、自分で自分のこと全力で否定していますよー。
「クリスティ。もうそろそろ部屋に戻り、休みなさい」
父親は私から視線を動かし、アレクとデュークを順番に見て続ける。
「ウィンフィールド第二王子殿下と、少し二人だけで話したいことがあります。アレク王太子殿下、デューク、申し訳ないのですが、一度退出いただけないでしょうか?」
青ざめた表情の父親を見るにつけ、私より父親の方が、具合が悪そうに思えてしまう。だが全身で異論は受け付けませんオーラが出ているので、大人しく退出することにした。
退出したものの。
本来の流れだと、もう少し話をして、その後、庭園を案内。そして母屋で昼食会のはずだった。
「なあ、テラスへ行こう。あそこなら木陰になるし、風の通りもあって気持ちいい」
応接室を出るとデュークがそう提案し、私をエスコートして歩き始めたアレクもすぐに同意する。
「それがいいと思う。氷を入れたレモネードでも用意してもらえないか、聞いてみよう。どうだろう、クリスティ?」
アレクの提案に同意し、すれ違ったメイドに声をかける。
こうして三人でテラス席に腰をおろした。
デュークが言っていた通りで、ここは風の通り道になっており、しかも木陰。さらにアレクが求めた氷入りのレモネードも登場した。
これならもう「くらっ」はないだろう。……って、あれは本当に気絶したわけではないのだけど。
レモネードを飲み、三人で一息ついたタイミングでアレクが私に声をかけた。
「クリスティ」
「はい。アレク王太子殿下」
「ブロンドより暗い髪色が好きなんだね、クリスティは。……デュークのような髪色が好きなのかな? デュークのような、赤髪が好きなの?」
私が答える前に、デュークが慌てた様子で答えている。
「殿下! 自分の髪色は暗いわけではないですよ。明るい赤髪かと」
チラッとデュークを見た後、アレクが私を見る。
そして自身のサラサラのブロンドに手で触れた。
「殿下はもしかしてご自身のブロンドが気に入っていないのですか?」
「う……いや、その……そう、だね。今は……バカンスシーズンだろう? 髪の色を変えるチャンスかな、と」
アレクはその甘いマスクに碧眼なのだ。個人的なイメージのせいもあるが、ブロンドが似合うと思う。でもバカンスシーズン。確かに夏休み中だけ、ヘアカラーで茶髪にした……なんて子もいたな、前世の学生の頃。
「いいのではないですか。イメチェン」
「……そうだね」
美しいアレクのブロンドが、風にサラサラと揺れた。