40話:う、嘘ですよね、お父様!
ガイゼル騎士団長とデュークをうまいこと説得し、アレクと私の監視をさせていた父親だが、良心の呵責は当然あったようだ。それがこの一言。
「クリスティ。デュークの件は、確かに父さんが心配し過ぎた結果だ。申し訳ないことをした。もうデュークには見守りは不要と伝えるよ。それにデュークの婿養子の話。結局、立ち消えになったが、クリスティにも同時に話をしておくべきだった。すまなかった」
「お父様……!」
ここ、アイゼン辺境伯領では父親が頂点、この領地での王様だ。
その父親が私に明確に謝罪をするなんて。
この世界では親の権限が前世とは比べ物にならない程、強い。
それを思うと娘の私に素直に「すまない」と言ってくれる父親に胸が熱くなる。
「それに父さんは前に話した通りだ。クリスティには幸せになって欲しい。クリスティが好きでもない相手、クリスティを好きにならない相手と結ばれることは、望んでいない。そして王都に行くことになっても、父さんは……」
ああ、お父様……!
私まで涙腺が緩くなり、ウルウルしてしまう。
私を手放したくないが、望むのであれば、王都へ行くことも許してくれるということね。
ジーンと感動してしまいましたが!
違う!
父親が断頭台に対する最後の砦になってくれると思っていた。だがそこは私次第で変わる。絶対的に引き留めてくれるわけではないと……理解することになった。
ああ、やはり断頭台の未来は変わらないのかしら?
一瞬、気持ちが沈むが、未来のことなんて誰も分からない。
望む未来は自分で作り出すしかないのだ。
「クリスティ、そろそろ夕食の時間だ。まだ何かあれば、食後に続きを話そうか?」
「もうそんな時間なのですね。長々とごめんなさい。お父様。お聞きしたいことは聞けたと思います」
「そうか、良かった。……クリスティ、どんな決断でも父さんはクリスティの味方だ」
こうして父親との話し合いは終わり、二人でダイニングルームへ向かった。
◇
デュークと私がキスをしている――そう、アレクは誤解した。
その結果、デュークを牽制するような行動をとってしまった。アレクが朝食や登校時の馬車の中で饒舌になったのは、デュークへの牽制だったわけだ。
だが誤解は解けた。
デュークも意図的にアレクと私の間に入ることはない。
よってアレクも無理をすることはなくなった。
誤解が解ける以前に、アレクは自身でもデュークへの牽制が、意味のないことだと気づけていた。それは心配するように私がアレクのことを見ていると、察知したからだ。
よって懸命に話すようなことは、既になくなっていた。そこでさらに誤解が払拭されたのだ。アレクがデュークを変に意識することも、完全になくなった。
つまりアレクは落ち着きを取り戻し、いつも通りの完全無欠の王太子様に戻ったのだ。これを踏まえ、しみじみと思う。アレクは健気だと。
本来の乙女ゲームの進行では、クリスティはあっさりアレクにゾッコンになる。それはそうだろう。そうなるように誕生したヒロインの攻略対象なのだから。クリスティは好き、好きアピールを全力でして、アレクの婚約者の座に収まる。それが本来の流れ。よってアレクがデュークを牽制したり、変な努力をしたりすることはない。
それなのにこの世界では随分と私に……デュークの件はお父様に、アレクは振り回されたと思う。それを思うと、お気の毒というか、何というか……。
ともかくそんな騒動もあったが、その後はテスト勉強に追われ、テスト期間に突入。
その間は、色恋沙汰など関係なく、ひたすら勉強・勉強・勉強!の日々だった。
テストが終わると、その後はもうあっという間にバカンスシーズン(長期休暇)がスタート目前となる!
バカンスシーズン。
避暑地であるアイゼン辺境伯領には、この季節に多くの人が訪れる。
国内からも国外からも。
天気はよく、陽射しは夏そのもの。
だが湿度は低く、日陰は涼しいくらい。
心地良い風が時折吹き抜け、涼を運んでくれる。
王侯貴族の別荘が、防衛の要と言われるアイゼン辺境伯領にいくつもあるのは、この気候のおかげでもあった。
一年で一番、人も増え、アイゼン辺境伯領が盛り上がる夏がいよいよ始まる。
俄然、私の気分も上向いていた。
そこに、その知らせは唐突にもたらされる。
明日は終業式という日の夜に。
両親とデューク、そして私は夕食の席についていた。
終業式だったこともあり、今日はアレクも招待され、夕食を共にしている。
そのアレクはマリンブルーの涼やかな上衣とズボンで、大変清々しい。
父親はムーングレーのセットアップ、母親はライムイエローのドレス。
デュークはブロンズ色のスーツ、私は白いレースに飾られたブル―ラベンダー色のドレスを着ている。
この季節に人気のイノシシのロース肉のステーキをナイフで切りながら、父親が口を開いた。
「実は競走馬の種付けの件でマンチェイス国と大型の取引が決まってね。取引相手というのが、ウィンフィールド一族、すなわちかの国の王家だ。そこのご子息、第二王子のジュリアス・ハリー・ウィンフィールド様は、王都の王立ミルトン学園に留学されている」
最初に反応したのはアレク。他国の王族の話だ。当然、敏感になる。
私は聞いたことがある名前の登場に、ステーキを食べる手が止まった。
「ウィンフィールド第二王子殿下は、まだこの国では王都以外、観光で訪れた場所もないとのこと。ここは避暑地としても有名だからね。案内して欲しいと言われた。そこで離れを解放し、ウィンフィールド第二王子殿下をお招きすることになった。デュークともクリスティとも同い年だ。ぜひ仲良くしてやって欲しい。五日後にはやってくるから、頼んだよ」
デュークは「はいっ!」と元気よく返事をして、私はひとまず「はい」と返事をした。
「アレク王太子殿下も、彼とは顔を合わせることがあると思います。その際はよろしくお願いいたします」
「承知いたしました」
アレクは爽やかな笑顔で応じる。
私はそこで、父親が口にした第二王子の名前を頭の中で復唱する。
マンチェイス国第二王子のジュリアス・ハリー・ウィンフィールド。
ジュリアス・ハリー・ウィンフィールド。
えええええっ、ジュリアス!?
ジュリアスって、は、“花恋”のヒロインの攻略対象!
う、嘘ですよね、お父様!
今、既にここにアレクとデュークがいるのに!
どうしてさらに攻略対象が、アイゼン辺境伯領にやってくるんですかー!?
お読みいただき、ありがとうございます!
暑い日が続いていますが、読者の皆様、お体の調子は大丈夫ですか?
疲れも出やすいので、そうめんの薬味に梅干しや練り梅を加えたり
食後のデザートでオレンジやグレープフルーツなどがおススメです。
クエン酸が疲労回復に良いようですよ~
アイスレモンティーもいいですね。
そして。
明日から増量更新です~
お楽しみに☆彡