4話:家族三人で迎えたサマーフェスティバル
「マリー、クリスティ。今日から街ではサマーフェスティバルが始まる。これまではクリスティがまだ小さいから参加していなかったうえ、去年はわたしが王都へ向かい、留守にしていた。今年こそ、行ってみようか」
母親と私にそう父親が声をかけた。母親は「まあ、いいですわね。行きましょう」と隣に座る私を見る。勿論、私は「行きたいです、お父様、お母様」と笑顔で答えた。
サマーフェスティバル。
万年雪が残るノースクロス連山が広がる緑豊かなアイゼン辺境伯領は、夏も涼しく過ごしやすい。陽射しは夏、そのもの。でも湿度が低く、風が心地よい。
避暑地としても知られ、その夏は王都に比べると早く終わってしまう。
その短い夏を楽しむため、陽気もいい初夏に行われるのがサマーフェスティバルだ。一週間に渡り行われるが、それは日中、沢山の出店が出て、週末二日のみ夜にイベントがある。夜のイベント、それは時計塔のある広場でのダンス、花火の打ち上げなどだ。この時は出店も夜も営業。前世で言うなら夏祭りだ。
二度のクリスティの人生で、サマーフェスティバルには悲しい思い出しかない。それはこんな感じだ。
六歳になったクリスティは、子飼いにしている令嬢達がサマーフェスティバルに行くと聞き、父親に「私も行きたい!」と訴える。父親は渋々クリスティを連れて行くが……。クリスティは初めてのサマーフェスティバルに瞳を輝かせる。一方の父親は、まるで通夜の帰りのような表情。無理矢理買ってもらった氷菓は、手を滑らせ、石畳の上に落としてしまう。「もう帰るぞ」と手を引かれ、振り返ると、落ちた氷菓に蟻が群がる様子が見えた――。
だが三度目の人生は、こうはならないはず。
父親からサマーフェスティバルに行こうと言ってくれた。しかも母親と一緒なのだ。今回のサマーフェスティバルは、絶対に楽しいものになる。
こうして日中は家庭教師に勉強を習い、ダンスのレッスン、マナーを学び、そして夕方になると。
「さあ、ドレスを着替えましょう。人が多いから、迷子にならないように、これにしましょうね」
母親はレモンシャーベット色のドレスを着ていた。ふわっとしたチュールが広がり、大変可愛らしい。その母親とお揃いのドレスに、私は着替えることになった。
メイドが私にドレスを着せるそばで、母親は身に着けるアクセサリーを選んでくれている。
「クリスティ。サマーフェスティバルはね、お母様とお父様にとって、思い出のイベントなの。初めてのデートがサマーフェスティバルだったから。花火を見ながら、お父様とキスをしちゃったのよ」
悪役令嬢クリスティの我が儘で、二度のクリスティの人生の中では早死にしていた母親。今回はそうならず、むしろ出産を経て体質改善されたのか。はたまたクリスティの生意気と我が儘がなかったからか。出産以前より健康になっている。寝間着で過ごす日々はなく、普通に過ごすことができていた。
その母親は過去二回より性格も明るくなり、父親との初デートの思い出まで語ってくれる。
それを聞いた私は腹落ちしていた。過去二回のクリスティの人生で、父親がサマーフェスティバルに行くことを渋った理由を。クリスティを連れ、歩いている間、無表情であったのも当然だ。
でももう、大丈夫!
今年のサマーフェスティバルで父親は、終始、笑顔でいられるはず。
「それでは二人とも。出掛けようか」
いつもビシッとした服装の父親が、白シャツに明るいグレーのズボンと軽装をしている。しかもシャツのボタンを三つもはずし、首にはチョーカーをつけていた!
「まあ、あなた。それ、昔サマーフェスティバルでとった景品じゃないですか。まだ持っていたのですか?」
「そうだ。これはマリー、君がとってくれたもの。ただ、普段、チョーカーなんてつける機会がないからな」
「ふふ。そうですね。では行きましょうか」
護衛の騎士と侍女を連れ、屋敷を出た。
街中は混雑しているので、珍しく馬車ではなく徒歩で出掛けた。
「さあ、いろいろ遊べるぞ、クリスティ。何をして遊ぶ?」
「うーんと……お父様、私もチョーカーが欲しいです」
「よし! 父さんがとってあげよう。おいで」
「じゃあ、お母様はあのお人形をクリスティにプレゼントしてあげるわ」
景品が置かれたそばの的を、矢で狙うゲーム。母親はそれが得意だったようだ。あっという間に人形を手に入れる。対して父親は剣・槍・弓、そのすべてが得意なはずなのに!
「やはりこういうところではマリーに敵わないな。でも、絶対にクリスティのために当てるぞ!」
父親が本気で奮闘するから、周囲に領民が集まり、わいわい、がやがやと大盛り上がり! 十二回目の挑戦で、なんとかチョーカーをゲットした時は、拍手喝采だ。
「輪投げなら、きっとすぐに手に入る。クリスティ、あのうさぎのぬいぐるみを父さんがプレゼントしてあげよう!」
「クリスティ。きっと時間がかかるから、お母様がリンゴ飴を買ってあげますよ。それを食べながら、お父様を応援しましょう」
「うん!」
親子三人でサマーフェスティバルを楽しむ時間が、楽しくてならない!
「ああ、つい熱中して暑くなってしまった」
父親は結局、輪投げは十五回挑戦して、うさぎのぬいぐるみを手に入れた。
「ではあなた、みんなで氷菓でも食べます?」
「いいね。そうしよう。クリスティは何味を食べたい?」
母親の提案で氷菓を食べることになる。
氷菓は……過去二度のクリスティの人生では、石畳に落ちる運命だった。
でも今回は――。
「うん。美味いな。こうして外で食べると、非常に美味しく感じる」
レモンのシロップをかけた氷菓を、父親が笑顔で頬張る。
「そうですね。ヒンヤリして甘くて美味しいわ」
母親は蜂蜜かけの氷菓を食べ、私を見る。
「うん。とっても、とっても美味しいです」
ストロベリーのシロップの氷菓を口に運ぶ私は、胸が熱くなる。
三度目のこの人生、親子三人で食べた氷菓の味。
私は絶対に忘れない。
「どうしたクリスティ。歯にしみたのか? 泣きそうではないか」
父親が愛おしそうに私を見て、抱きあげる。
私はそんな父親にぎゅっと抱きつく。
「ずっと、ずっとお父様のそばにいるね」
「! クリスティ……! ああ、勿論だ。父さんもクリスティがずっとそばにいてくれると嬉しい。うん。ずっと父さんのそばにいるといい」
父親が私のことをぎゅっと抱きしめた。