37話:選択の答え
「クリスティは……デュークのことが好きなの?」
ここでデュークを好きと言えば、私はアレクと婚約しないで済む?
断頭台送りの運命から逃げることができるの?
私も助かり、アレクも幸せになれる。
みんながハッピーエンドになるには、この選択しかない――。
「私は」「違うよ」
声に驚いて振り返ると、デュークと護衛の騎士がこちらへと歩いて来る。
心臓がバクバクしていた。
いつからそこに!?
デュークがすぐそばまで来て、護衛の騎士は、少し離れた場所で歩みを止めた。そしてデュークはアレクと私の顔を順番に見る。その上で自身の髪をかきあげると、大きく息を吐き、口を開く。
「殿下は勘違いしています。……いや、勘違いしてくれていた方がいいですけど、そんな悲痛な顔をされたら……良心が痛みます。これ、言ったら滅茶苦茶怒られると思うんですけど……性格的に嘘をつけないから、打ち明けます」
アレクは私に背を向け、デュークを見ている。
今、アレクはそんなに悲痛な顔をしているの……?
想像するだけで胸が痛む。
多分、私から「デュークのことが好き」と言われることを恐れ、苦しい表情になったのだろう。とても申し訳ない気持ちになる。
一方のデュークは、とんでもないことを話し始めた。
「自分がアイゼン辺境伯領に来たのは、殿下の剣術の相手をする……というのは表向きの理由。自分は父上から別の指示も受けています。それはクリスティと殿下の急接近を阻止することです。共に学校に通い、クラスメイトになることで、二人を監視できる。殿下はクリスティに好意を持っているのですよね? でもクリスティはまだ気持ちが固まっていない。ところが殿下のクリスティを想う気持ちが強いため、辺境伯は心配しているんですよ。親心というやつだと思います。そこで自分に、殿下とクリスティが二人きりにならないよう、注意を払って欲しいとお願いされたのです」
な、なんと!
お、お父様ったら!
自身が辺境伯として忙しいから、まさかのデュークにそんなことを頼むなんて……!
「自分は次男坊。そして辺境伯には息子がいないですよね。自分のことを跡取りとして、迎えたい気持ちがあるそうです。それは願ったり叶ったり。何せ自分はカイザー家を継ぐ予定もないですから。実は自分の父親と辺境伯との間で、養子縁組の話も進められているそうです。貴族の養子縁組には、王家や神殿の許可も必要ですし、すぐに決まるわけではない。でも未来のもう一人の父親になる辺境伯からの頼みは、断ることができません。それに密約を受ける代わりで毎晩寝る前に、実は辺境伯から剣技について、特別に講義もしてもらっているんです……」
知らなかった。まさかデュークを養子に……。
でも、それがいいと思う。
私が跡を継げないわけではない。
でも断頭台のことを考えると、いざとなったらこの地から逃げることも考えている。そんな私が跡継ぎになるのは、正解とは思えない。よってデュークを跡継ぎにと考えていることに、異論はない。
「養子……クリスティと結婚し、婿養子となり跡を継ぐ方法もあるのでは?」
アレクが核心を突く問いをデュークに投げかけてくれた。
そう、そこ!
もし父親が、養子は養子でも、婿養子を考えているなら……。
断頭台とはおさらばとなる!
「ええ、殿下。それも一理あります。ですが自分はいつか辺境伯になれば、殿下の家臣です。殿下が気持ちを寄せるレディを、跡継ぎになるために奪うなんて卑劣なこと……できませんよ」
なるほど。さすが騎士団長の息子だわ、デュークは。正式な騎士に叙任されたわけでもないのに、その思考は既に騎士そのものだ。
尊敬の念でデュークを見ると、目が合う。
そのレッドブラウンの瞳に、一瞬苦悩が垣間見えた。
慌てたように、デュークが私から目を逸らす。
これは……父親の密命のせいで、将来自身が仕える主たるアレクを苦しめる状況を生み出してしまった。そのことへの後悔による苦悩――よね?
デュークはアレクを見て、ハッキリ告げる。
「よって自分がクリスティを好きなんてこと、あり得ません。クリスティだってそうだろう? 自分のことはただの友達、だよな?」
先程とは一転。
いつもの調子でデュークが私を見た。
ここで「いえ、デュークのこと、異性として好きです!」なんて言えない。
そもそもデュークのことが好きなのかどうか、それは……。
分からない。
そういう目線で見ていない。
私が異性として強く意識しているとしたら、それはアレクなのだから。
それに私がここでデュークを好きと言っても、百%断られる。
デュークは忠誠心に厚い人間だからだ。
それに本人もさっき、ハッキリ表明している。
――「殿下が気持ちを寄せるレディを、跡継ぎになるために奪うなんて卑劣なこと……できませんよ」
何より、デュークが私を異性として好きなのか。
それはないと思う。
友人、友達としてしか見ていない。
そもそも養子縁組の話が出ているなら、なおのこと私は異性として見ないだろう。
よってこの場での答えは、これしかない。
「デューク様に対し、恋愛感情を持ったことはないです」