34話:懐かしの壁ドン!
月曜日。
デュークとアレクは父親といつも通り、朝から剣術の練習をしている。
窓を開け、外の風を部屋に入れている時に思い出す。
そう言えば、そろそろ朝顔の花が咲く季節だわ、と。
朝顔は基本的にこの国で自生していない。
だが風や鳥により、種子が稀に運ばれることがある。そしてこの辺境伯家の庭園にもその奇跡の種が舞い込み、花を咲かせるようになったのだ。
制服に着替え、庭園に向かうと、朝顔はバッチリ咲いている。
青紫の朝顔を見ると、どうしたって前世日本を思い出し、郷愁に駆られてしまう。
でもそれは一瞬のこと。
だって。
「デューク、たまには剣を交えてほしい!」
珍しい。
アレクが声を荒げている。
「殿下、クールダウンしてください!」
父親から注意され、アレクはしゅんとうなだれていた。
少し元気をなくしたその姿は、しょんぼりした子犬みたい。それはそれでなんとも可愛らしいが……。
しょんぼり子犬のようだったのに。
朝食の席では子犬から一転。
元気よくアレクが話し出す。
デュークが朝食の席に着くようになってからは、アレクは静かに食事を口に運ぶのが、当たり前になっていた。
つまり私と同じで聞き役に徹する。
それが今はハキハキと話をしているのだけど……。
なんだか少しだけ、無理をしているように感じる。
だって。
デュークが何か言おうとするのを遮るようにしている……とも感じられる。
でもまさか、そんなこと、アレクがするわけがない。
ただ、今日のアレクはなんだからしくなかった。
剣術の練習の時も。
だがアレクのらしくない行動は続く。
それは学校へ向かう馬車の中。
馬車の中で、もっぱら話すのはデュークだった。
いつもアレクと私は相槌要員。
たまにデュークに質問するが、その必要がないぐらい、彼は話を続けた。
ところが本日は。
馬車が動き始めると、アレクが話し始めたのだ。
しかもそれは今、王都の令嬢達の間で人気のロマンス小説の話題。
アレクがロマンス小説に詳しいことには、ただただビックリ!
驚いたし、デュークに至っては、ロマンス小説の存在を……知らないのかもしれない。
口をぽかーんと開けたままになっている。
私はというと、ロマンス小説はたまに読む。
夜眠る前とかにね。
よって興味深くアレクの話を聞けた。
ここまでの時点で、アレクに異変を感じていたが、それは教室に着いてからも続く。
教室に着き、鞄の中から教科書などを出していると、アレクが何やら折り畳んだ紙を私に渡した。
そこには……。
『クリスティへ
そろそろまたテストが近くなる。
今日、よかったら図書館でまた
勉強しない?
王都からホウリンス(鳳梨酥)と呼ばれる
舶来品のパイナップルケーキを取り寄せた。
一緒に食べよう。
アレクより』
図書館で勉強をする。
そんなこと、口頭で言えばいいのに、どうして手紙で……?
そう思うが、返信用らしき白紙の紙も添えられている。
つまりこのお誘いの返事は口頭ではなく、この紙で欲しいと。
前世でもこういう紙のやりとりはあった。
校内ではスマホが禁止だったから、紙のメモで連絡を取り合う。
何を連絡するかというと。
他の人には聞かれたくない内緒話。
授業中、どうしても伝えたかったこと。
男子はよく、どうでもいいことを紙に書いていた。
あれは多分、メモのやりとりをすることがとにかく面白くてやっていた感じだ。
その経験を踏まえ、考える。
図書館で勉強するって、秘密にすること……?
首を傾げながらも返事を書いて、アレクに渡す。
すると紙でまた返事。
直接、あのアレク専用の個室へ来て欲しいと書かれていた。
さらに他の生徒にあの個室が知られると面倒なので、こっそり来て欲しいと書かれていたのだ。
ここでようやく納得する。
専用の個室のことを、周囲に知られたくなかったのね。
でも確かに、あそこにアレクがいると分かれば、他の生徒が殺到しそうだ。
そこで快諾の旨を、これまた一緒に添えられていた紙に書いて返信。
私の返信を見たアレクは、パアアアアッと周囲を明るくするような笑顔になる。
眩しい!
こうして迎えた放課後。
こっそり個室へ向かうことにしたのだけど。
「クリスティ!」
あっさりデュークに見つかってしまう。
「屋敷に戻って勉強しないのか? そろそろテストだよな」
デュークは脳筋に見えるのに、テストのことを意識するなど、意外にも勉強も頑張っている。そんなデュークに「図書館で勉強してから帰ります」と伝えると、当然の返し。
「そっか。なら自分もそうする。一緒に図書館で勉強しよう、クリスティ」
まあ、そうなりますよね。
この問いかけに「ノー」なんて答えたら、「あなたのこと嫌いなんです」と伝えるも同然だ。断る理由がない。
仕方ない。
でもデュークならアレクも許してくれるはず……そう思い、連れて行くことにした。
ドキドキしながらアレク専用の個室の扉をノックする。
「クリスティ!」と笑顔でアレクは扉を開け、そしてその視線はすぐにデュークを捉える。不快そうな顔をしたらどうしようと思ったが、アレクは少し驚いた後に、笑顔になった。
「デューク一人ならいいよ。大勢に来られると困ってしまうけど」
この言葉に安堵し、中へ入れてもらう。
既にスイーツや飲み物が用意されている!
「デュークの飲み物もすぐに準備するよ」
そう言って部屋を出て行こうとしたアレクだったが立ち止まり、こちらを振り返る。
「クリスティ、手伝ってくれる?」
「はい、勿論です!」
デュークに留守番を頼み、部屋を出る。
図書館の入口付近には、スタンド販売のドリンクショップがあった。アレクはそこで、デュークの飲み物を買うつもりだという。
お店で買う。……私の手伝いって、必要だったかしら?
階段の踊り場まで来た時。
全く想像していなかった。
そんなことされるなんて。
まさかのアレクからの壁ドンだった。
以前、扉ドンをされているので、この距離の近さは初めてではない。
でもやはり!
顔面偏差値の高い顔が近いと、焦ります!
というか本当にもう、いきなりどうしたの、アレクは!?
今日は朝から様子もおかしいというのに!
壁ドンをするなんて!
「クリスティ、僕は」
「おーい! やっぱり自分も手伝うよ。自分のための飲み物だろう?」
デュークの声にアレクが体を離す。
横顔を向けたアレクは、ため息を小さくついた。
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