33話:秘密の買い物
釣りを楽しんだ翌日の日曜日。
日曜日は父親とアレクの剣術の訓練も休み。
よってアレクは屋敷へ来ていない。
今日、両親は二人揃って外出だった。
父親は辺境伯領内にある競馬場も運営しており、競走馬用の牧場を所有していた。ただ、その牧場は屋敷からは少し離れた場所にある。そして今日はその牧場に、国外からのお客様を迎え、競走馬の種付けに関する商談があるという。
牧場には豪華な屋敷が併設されており、そこで接待を兼ねた商談は度々行われている。母親も同行し、私も何度か行ったことがあった。だが今日はその商談への参加をお断わりしている。
なぜなら!
父親の誕生日が近い。
サプライズでプレゼントを買いに行きたいと思ったのだ!
私がこの商談に行かないと知った時の父親は、それはもう寂しそうな顔をしたもの。でも母親には私の意図を話していたので、「釣りの翌日でしょう。疲れているかもしれないわ。それに宿題を、勉強をしたいと言っているのよ、あなた。接待なんて気を遣い、疲れるものです。せっかくの日曜日。クリスティのことは休ませてあげましょう」とフォローしてくれる。さらに……。
「競走馬ならデューク様を連れて行った方がいいのじゃないかしら? デューク様、競走馬に興味は?」
「ならん!」
父親がいつになく厳しく即答するのでビックリ!
デュークのことは息子のように可愛がっているのに。
だがデュークは気分を害することなく、あっさりこう応じる。
「アイゼン辺境伯夫人、お気遣いありがとうございます。競走馬は確かに興味ありますが、自分も学生なので、日曜日は宿題をやりますよ」
こんなやりとりがあったのは、三日前の夕食でのこと。
そして本日日曜日。
朝食の後、両親は牧場へ向け、出発した。
一方の私は、ラズベリー色のドレスに着替え、街へ出掛ける準備をしたのだ。
買い物は自分のためではなくても、なんだか嬉しい。
鼻歌まじりで自室を出て、階段を降りようとして気が付く。
エントランスホールに、白シャツに赤いズボン姿のデュークがいる。
「クリスティ、どこへ行くんだい?」「デ、デューク様……!」
父親の誕生日プレゼントを買いに行くことは、デュークには話していなかった。
疲れているから屋敷でゆっくりしたい。
宿題もあると言いながら、外出するところを見られるのは……実に気まずいです!
そこで父親の誕生日プレゼントを買いに行くことを打ち明けた。
「なんだ、そういうことか。自分も一緒に行っていいか?」
「え、あ、はい」
デュークは「プレゼントを買いに行くのか」で私を見送って終わりかと思った。
まさか一緒に出掛けることになるとは!
驚いたが、デュークと侍女の三人で馬車へ乗り込んだ。
「それで、何を買うんだ?」
「実は何にするか迷っているの」
「じゃあ、いろんなお店を見ればいいよ」
デュークはそう言ってニコッと笑う。
本当にこの笑顔。
人懐っこさを感じるわ。
こうしてデュークと共に様々なお店を巡ることになる。
タイのお店、ステッキのお店、帽子のお店……。
デュークがモデルを兼ね、タイを自身のシャツに合わせてくれたり、ステッキを手にしてくれたり。帽子は本当にどれもよく似合い、思わずデュークにプレゼントしたくなったぐらいだ。
もし一人で買い物に来ていたら。
侍女と店員に相談し、あっという間に買い終わっていただろう。
でもデュークと一緒だと、次はどのお店に行く?と楽しくてならない。
時間があっという間に流れて行く。
昼食休憩をとり、最終的に何を買うか決めた。
「クリスティ。結局どれにするか、決めたのか?」
「最近、東方から伝来したという、グリーンティーの香りの香水に決めたわ。珍しい香水である点。それに香りがとても寛ぐものだから、お父様も気に入ってくれると思う」
「いいんじゃないか。じゃあ、その香水店に行こう」
飲食店を出て、香水店へ向かう。
店内に入り、「これがその香り」と試供品の香水瓶を見せる。
「どれどれ」とデュークが顔を近づけた。
普通は手を振って香りを自分の方へ流すのに、顔を近づけるデュークにビックリ!
きょ、距離が近いっ!
私は心臓がバクバク状態なのに、デュークは全く気にしていないようだ。
「へえ、なんだか力が抜ける香りだな」
な、斬新な表現!
力が抜けるって!
今のデュークの言葉に私が脱力。
変に意識して反応した心臓も落ち着いてくれる。
「力が抜ける香り……それは気持ちが安らぐ香りということでいいかしら?」
「うん。そう、それ! でもアイゼン辺境伯はクールなイメージだから、クリスティがこれを選んだのは意外だな」
「ふふ。お父様はああ見えても家族の前では表情が豊かよ。それに釣りをしていた時。デューク様と何度も笑い合っていたじゃない」
するとデュークは「!」と分かりやすい表情になり、同意を示す。
「そうだな。確かに。でも剣術の訓練の時はものすごく真剣だし、そっちのイメージが強いからな……。クリスティは父親のことが好きか?」
「ええ、大好きよ」
「そっか。辺境伯もクリスティのことが大好きなんだろうな。嫁に出したくないぐらい」
そこでふと思い出す。
今、私は個人的にアレクから想いを伝えられ、返事待ちにしている状態であることを。
父親の意志は固いだろうが、王家から正式文書が届いたら、抗えない。
そう考えるとやはりデュークと……。
お会計してラッピングしてもらうのを待ちながら、まるで子犬のようにいろいろな香水を嗅いでいるデュークを見て思う。
やっぱりこんなに無邪気なデュークを、私の断罪回避に巻き込めない。
私がデュークと婚約したいと言えば、父親は大喜びだろう。デュークのことを、息子みたいに可愛がっているのだから。デュークの両親だって、親友の娘との結婚なのだ。反対する理由はない。しかもデュークは次男だから、辺境伯を継げる。
ただ……。
デュークが私を好きかどうかというと。
まったく、異性として意識されていない気がした。
妹というか、幼なじみ、もしくは友達の感覚だろう。
何はともあれ、父親の誕生日プレゼントは手に入った。
帰宅してから誕生日を祝う手紙を書いて、準備は完了だ!
お読みいただき、ありがとうございます!
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