31話:確実に断頭台を回避できる……?
週末の土曜日。
朝から鳥のさえずりが聞こえ、カーテンの隙間からは輝くような朝陽が射し込む。
間違いなく、今日は一日晴天。
アウトドアには最適だ。
アウトドア。
そう、本日は両親とアレクとデュークと共に、釣りに行くことになっていた。
本当は曇りで、何ならパラッと雨が落ちた時の方が、魚は釣れる気がしている。
でも工夫すればちゃんと釣れた。
釣り人の影を魚に察知させない。
木陰から狙う。
餌を変えるetc。
子供の頃。
休みの日に父親は、よく釣りに連れて行ってくれた。
狩りは父親の成果を眺めるだけだが、釣りなら私もできる。
ということで初めて連れて行ってもらった時。
父親がどんどん魚を釣ることに感動。
その一方で、私は全然釣れない!
ここで「つまらない!」とならなかったのは、父親が一緒に釣竿を持ちながら、コツを教えてくれたからだ。
実質、釣ったのは父親だったと思う。
でも私も一緒に釣竿を持っている。
なんだか自分で釣れた気持ちになり、その成功体験を積み重ね……。
気づけばちゃんと一人で釣りもできるようになっていた。
ということで今日はくるぶしが見える丈のアクアグリーンのワンピースを着て、ショートブーツを履き、アームカバーを装備。ストローハットを被り、森の中へ入る装備は完了。
母親も私と似た装いをしている。ワンピースの色はリーフグリーンだ。
父親は白シャツに明るいスカイグリーンのズボンで、大変若々しく見える! アレクは白シャツにフロスティブルーのベストに同色のズボン。ベストの刺繍はリーフ模様。デュークは白シャツにサンドベージュ×白のストライプ柄のベストにベージュのズボンという装いだ。
森の中の湖に到着すると、父親おススメの釣りスポットへ移動し、折り畳み椅子を広げ、早速釣りがスタート。完全にギャラリーの母親は、従者が用意した天幕の中で折り畳み椅子に座り、用意されたローテーブルのお茶を飲みながら、みんなの様子を見守る。
アレクは釣りの経験があり、父親に習うことなく、既に一匹釣り上げていた。これはさすが不動のエース、完璧王子なヒロインの攻略対象と驚くしかない。一方のデュークは、釣りは今回が初めて。父親からレクチャーを受けているのだけど……。
父親はなんて嬉しそうにデュークを見ているのだろう。教えを請うデュークは実に素直で、楽しそうにしている。お互いに笑い、「よし。デューク、その体勢をキープして」「了解です!」と顔を見合わせ、頷き合う。
二人のその姿は、親子のように見えてしまう。
「なんだかデューク様とお父様、親子みたいに見えてしまうわね」
天幕で観覧していると思った母親が、日傘を手に私のそばに来ていた。
「お父様、息子も欲しかったと思うの。でもお母様は体が弱くて……。クリスティを授かったのも奇跡だったのよ。デューク様は人懐っこいし、良く話すでしょう。お父様はすっかりお気に入りよね。もしかするとデューク様を娘婿になんて考えていたりして」
これにはドキッとしてしまう。
もしデュークを私の結婚相手と父親が真剣に考えているなら……。既に父親からのお墨付きがあるのだ。それにデュークと婚約できれば、私は確実に断頭台を回避できる。
え、もしかして王太子であるアレクの回避に奔走するより、デュークと婚約で即断罪回避確定では!?
「コツを掴めた気がします!」
明るいデュークの声に我に返る。
本当に人懐っこいデュークは、見ているだけで気分が上向く。
こんな真っ直ぐなデュークを、私の断頭台送り回避のために利用していいの……?
!
私の視線に気づいたデュークがこちらを見て、そしてそばの籠に視線を落とし、目を丸くする。
「クリスティ、すごい!」
私が順調に魚を釣っていることに気づいたデュークは、目を丸くして驚く。
「昔からお父様と釣りはしていますから」
「王都にいる令嬢のみんなは、お上品でおしとやか。でもさ、つまらないんだよ。クリスティみたいに釣りもできるなんて、とても魅力的だ!」
白い歯を見せ、快活に笑うデュークに思わずドキッとしてしまう。
洗練された高貴なオーラが常に隠し切れないアレクと違い、デュークはなんだか野生児。気質としては、緑豊かな辺境伯領育ちのクリスティに通じるところがある。
デュークだったらこの土地にすぐに馴染み、父親の跡を継いでも……。
な、何を考えているの、私は!
さっき、純粋そうなデュークを利用するなんて、と思っていたのに!
照れ隠しで釣りに夢中になっているフリをしてしまう。母親が「まあ、随分沢山餌をつけるのね」と言っているのを聞き流し、ポチャンと大きな音を立て、餌をつけた釣り糸を湖に投入。
「おっ、殿下もすごい釣っているな。これなら自分があまり釣れなくても、昼食は問題なさそうだな」
デュークがアレクの籠の中を見て、笑っていた。
「!」
ものすごい引きが来た。
た、大変!
さっき、餌を盛り過ぎたわ。
相当大きな魚が食らいついたみたい!
「クリスティ、大丈夫なの!?」
母親の声と同時に動いたのはデューク!
父親もアレクも動こうとした。だが二人とも釣竿を手にしている。対してデュークだけがおしゃべりをして、手が空いていた。よっていち早く動くことができたのだ!
私の後ろに回り込んだデュークが、一緒に釣竿を握り締めてくれる。
「っつ、一体、何が食らついているんだ!?」
デュークが唸った瞬間。
水面から巨大な魚がジャンプする。
そして思いっきり体をひねった。
「きゃあ」「!」
結局、餌ごと糸をちぎられ、巨大な魚は逃げてしまう。
そのせいで尻もちをつく形になったが、デュークが抱きとめてくれた。
「クリスティ、怪我はないか?」
「は、はい。ありがとうございます。デューク様」
男性に背後からこんな風に抱きしめられるなんて初めてとのこと。
鼓動が激しい。
デュークの胸はもう大人のように逞しく、強く異性を意識してしまう。
「クリスティ、デューク、大丈夫か?」
「クリスティ、どこか怪我は!? デューク、クリスティを助けてくれてありがとう!」
父親とアレクがそばに来て、立ち上がるのを手伝ってくれる。
そんなハプニングもあったが、その後は順調に魚を釣り上げ、ランチタイムに突入した。