28話:お父様の想い
アレクの私への気持ちを突然聞くことになった父親は、その後母親に宥められ、冷静になった。落ち着きを取り戻した父親は猛省し、まずアレクへ謝罪。
アレクはその謝罪を受け入れてくれた。逆に怪我をしている父親に対し、配慮なく私への気持ちを表明したことを詫びてくれたのだ。
こうして父親とアレクは、お互いに許し合うことができた。
「きっとクリスティと師匠との間で、話す時間が必要と思います。今日のところは、これで失礼させていただきますね」
実に物分かりのいいアレクはそう言うと、自身の別荘へと戻って行った。
「確かに殿下の言う通りだと思うわ。クリスティ、お父様と話すわよね?」
「はい、お母様、そうします」
こうして私は父親のところへ行き、話をすることになった。
「先程は取り乱し、すまなかったね」
「いえ、お父様こそ、驚いたと思います。……私は既にアレク王太子殿下から気持ちを打ち明けられていました。ですがいろいろあり、お父様にもお母様にもお伝えできておらず……。申し訳ありませんでした」
「いや、それは構わないよ。王家から正式な打診がきたわけではない。今はまだ、個人的な話の段階。……それでクリスティ自身はどう思っているのだ、アレク王太子殿下のことを」
単刀直入にアレクへの気持ちを問われると思わず、即答できない。「それは……」と口にして固まる私に、父親は言葉を重ねる。
「彼はただの令息ではない。将来、この国の頂点に立つ、未来の国王だ。彼の横に立つということは、多くを求められ、また多くを犠牲にすることにもなる。生易しいことではない。それはクリスティも理解しているとは思う」
それはその通りだ。アレクの気持ちを受け入れ、婚約するとなれば、国として私を王太子の婚約者として扱うようになる。既にアレクが終えている王太子教育と同じように、王太子妃教育を受けることになる。そうなれば母親と過ごすティータイムの時間はなくなり、王太子妃教育を受ける時間になるだろう。何よりこのまま辺境伯領にいることが許されるかも分からない。
多くを求められ、多くを犠牲にする。それは父親の言う通り、生易しいことではなかった。
「クリスティ。その表情から察するに、王太子妃教育のことは分かっているようだね。ならばいい。彼の想いを受け入れる――そのことの重大さはよく理解していると分かった。だがそれは一旦忘れなさい 」
「えっ、お父様、それは……」
「相手の身分や立場。それはこの国、いやこの世界ではとても重視されることだ。だが父さんは、クリスティに幸せになって欲しいと思っている」
これまでの硬い表情から一転、父親の顔が和らいだ。
「父さんは母さんとは恋愛結婚だ。珍しいと思わないか。この国では家同士がすり合わせをして、縁談をするのがほとんどだ。恋愛結婚している貴族は……少ないと思う」
それはまさにその通りだった。でも父親と母親が恋愛結婚……違和感はない。二人がとても愛し合っていることは幼い頃から感じていたからだ。
「父さんは王都でたまたま顔を出した舞踏会で母さんと出会い、恋に落ちてしまったんだ。母さんは王都で暮らす伯爵家の令嬢だ。こんな北の地で暮らすような女性ではなかった。昔の母さんは体も弱かったからね。それでも母さんのことを父さんは好きになってしまった。それは母さんも同じだ。だからいろいろなしがらみを一旦忘れ、それぞれの気持ちを第一に考えた。そしてお互いの両親を説得し、結婚することができたんだ」
辺境伯と言えば、国防の要を担い、国としては重要視されている。委任されている権限も幅広く、領地も広大。だがその一方で、有事があった時の最前線にもなる。隣国と国境を接しているからだ。
ゆえに王都という平和な場所で暮らす中央貴族からすると、辺境伯との結婚を必ずしも喜ぶわけではなかった。
「つまり何が言いたいのかというと。人生というのは一度きり。クリスティには後悔をして欲しくない。クリスティが共に歩んで行きたい、生きて行きたいと思える相手と結ばれて欲しいと思うんだ。クリスティ自身の心の声が、アレク・ウィル・ミルトンという男性を望んでいるのか。彼と共にありたいと思えるのか。大切なのはそこだと思っている」
「お父様……!」
父親に愛されていると思っていたが、ここまで私のことを考えてくれていることに、本当に胸が熱くなる。前二回のクリスティの人生で、父親と心が通ったと感じられる瞬間は、皆無だった。それが今は違う。
そのことに胸を熱くしながら考える。
自分の心の声。それは――。
まだ答えを出せていない。
私はクリスティとして生きるのはこれが三度目。この三度目の人生では両親に愛され、幸せなのだ。このまま両親がおじいちゃん、おばあちゃんになる姿を見たい。私が断頭台で散る姿なんて見せたくない。
「答えが出ないということは、まだ迷っているのだろう。彼と出会い、まだ数か月。答えを急ぐ必要はあるまい。私からも時間が欲しいと殿下に伝えておこう」
「ありがとうございます、お父様!」
こうして私とアレクの関係については、一旦保留という形になった。
もしアレクが身勝手な人間だったら、ここで私の気持ちなど無視し、王家からの正式な通達として婚約話を持ち込んだことだろう。そんなことをしないアレクもまた、父親同様、優しい人だった。
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