25話:本音を聞かせて
「こんな弱った姿、クリスティに見せたくなくて」
「……!」
弱った姿……つまり熱を出し、ベッドで横になっている自身を、アレクは恰好悪いと思っているのね。それはきっと子供時代のことにつながる。
迷子になり、「森なんて嫌い! 怖いよ」と幼いアレクは私に弱音を吐いていた。あんな自分を二度と私に見せたくないと思っている。そして熱を出した今の自分は、弱々しく、あの頃と変わらない……と思っているのだろう。
もう少し踏み込むなら、そんな自分を見て、私の好感度が下がることを心配している。これが正解ね。
弱った姿であろうと、泣いた姿でも、怒った姿でも。
それを見て私のアレクに対する感情が変わるのか?
変わらない。
アレク=断頭台。
私の中でのアレクはこれが全て。
過去の二度の人生で繰り返した失敗を、私はしたくないのです。
「殿下。誰だって体調が悪ければ、寝込むものです。その姿を見たところで、何も変わりません」
まだ熱が完全に下がっていないアレクの瞳は、なんだか潤んでいるように見える。その瞳を私に向け、「良かった」と安堵の笑みを彼は浮かべた。
胸が苦しい。
何も変わらない=嫌いにならないとアレクは解釈している。
何も変わらない=嫌いにもならなければ、好きになることもない。これが私のアンサーなのに。
「今日、訪ねたのは、父親を救ってくださった御礼を直接会い、伝えたかったためです。改めまして、アレク王太子殿下、お父様を見つけてくださり、そして助けてくださり、ありがとうございました」
「それは……うん。わざわざ訪ねてくれて、ありがとう。師匠は僕にとって、もう一人の父上のような存在だ。当然のことをしたまでだよ。それに発見は僕の力というより、師匠自身のおかげだと思う。ちゃんと印を残してくれたから、あの洞窟も見つけられた」
「殿下はそうおっしゃると思いました。ですが夜の森。その印さえ見つけるのが、困難だったと思います。川の流れを踏まえ、当たりをつけ捜索されましたよね? 手当たり次第とはいかなかったはず。殿下が冷静に地理を分析した結果だと思います。殿下の機動力、行動力、実行力。そのすべてを尊敬しています」
アレクの顔がはっきり分かるくらい赤くなっている。
そしてやはりその碧い瞳はうるうるしているように見えた。
「クリスティにそう言われると、とても……嬉しいよ。こんな熱を出している場合じゃないのに。本物のヒーローならこんな熱なんて出さないで、もっとビシッとヒロインの前に登場するんだろうね」
アレクの言葉に胸がチクりと痛む。
私が悪役令嬢ではなく、ヒロインだったら。
きっとアレクはビシッと登場できたと思う。
もしかしたらアレクが熱を出してしまったのも、私(悪役令嬢)が相手だったから……かな。
つい心配してこんなところまで来てしまった。
アレクは断頭台と分かっているのだから、私から迂闊に近づいてはダメだったのに!
帰ろう!
「御礼もそうですが、学校を休まれたので、どうしたのかと思ったのです。ですがちゃんと体を休めれば、元気になると聞き、安心しました。……それでは私はこれで失礼させていただきますね。ゆっくり、休息をとってください」
努めて明るくそう言うと、カーテシーでお辞儀をする。
「待って、クリスティ」
退出しようとする私の手を、アレクが掴んだ。
熱は完全に下がっていないので、力も入らないのだろう。
オリエンテーリングで雨宿りしていた時のような、力強さはない。
「どうしてそんな表情をしているの?」
まさにドキリだ。
アレクは私の表情の変化を見逃していなかった。
「なんでもないですよ。殿下の具合が悪いのを心配しただけです」
「誤魔化さず、本音を聞かせて」
真っ直ぐのアレクの眼差し。
彼は……私のように気持ちを偽らない。
その想いに応えられたら、どんなにいいだろう。
もうこのままこの流れに乗り、アレクの婚約者になっちゃう、私!?
……断頭台の記憶が蘇る。
「で、殿下は、具合が悪いのでは……?」
「熱はかなり下がったと思う。むしろクリスティの本音を聞けないことで、具合が悪くなりそうかな」
アレクはすがるように私を見ている。
よくなってきたのに、私のせいで具合が悪くなるのは申し訳ない。
父親のためにアレクは頑張ってくれた。
だからこれはその恩に報いるため。
決して、情にほだされたわけではない。
本音を話そうと思ったが、一体何をどう話せばいいのやら。
ここが乙女ゲームの世界である……そんなことは話せない。
ならば……。
「殿下、話します。体を楽にしてください。まずは横になっていただけますか」
そう言いながら、私は椅子へと腰をおろす。
それを見てアレクは私の手をはなし、自身は起こしていた上半身をベッドに沈める。
「私は……人の感情を信じられないのです。感情は移ろうもの。どれだけ好きでも、愛していても、歳月を経れば変わってしまいますよね」
そうしてアレクはヒロインを好きになり、私と婚約破棄する。前世でゲームをプレイしていた時にも。この世界に転生した二度のループの人生でも。婚約破棄をつきつけ、私を断頭台へ送る。これが私の見たアレクの姿だ。
「それは……僕の好きな気持ちが変わることを心配しているの?」
そうなので素直に頷く。
すると「そうなのか」とアレクは寂しそうな顔になる。
彼だけが悪いわけではない。
ここが乙女ゲームの世界なのだから、シナリオの強制力も働くと思う。
「でもクリスティらしい考えかもしれないね。感情は移ろいやすいものであることは、否定できない。だからこそ婚約契約書がある」
突然、「婚約契約書」が登場するのでビックリしてしまう。
まず、私はまだアレクの告白に対し、「イエス」とも「ノー」とも答えていない。
それなのに、「婚約契約書」!?
婚約ありきで話をしていない、アレクは!?
さらにアレクはとんでもない提案をする。
「僕のことを信じられないなら、婚約契約書にこの一文を追加しよう。もし僕が心変わりすることがあれば、僕は王太子の座を退く。王太子の地位は弟に譲る。そして男爵位を賜り、王族から去る。これならどうだろう? あ、あとそれに……」
それ以外にも婚約破棄をしたら膨大な違約金を払うことも盛り込むという。
つまりがちがちに婚約破棄できない契約書を用意してくれるというのだ!
こ、これならアレクと結ばれてもいいのかしら?
ストーップ、私!
違うわよね!
そうではない。
どうして告白に対する返事が「イエス」前提で、しかも婚約前提で話をしているの!?