24話:どうしたのかしら?
翌日。
朝食の席には、父親も姿を見せた。
「病気ではないからね。怪我をしただけだ。ちゃんと歩けるし、ナイフやフォークも使える。本当にマリーとクリスティには心配をかけてしまったが、もう大丈夫だ」
包帯は痛々しいが、本人が元気なことに安堵する。
当然だが剣術の練習はなく、アレクは屋敷に来ていない。
だがアレクから御礼の手紙は届いている。
その手紙は両親も私も見たのだが……。
どうやら本人が書いたわけではなさそうだ。
いつものアレクの秀麗な文字ではなかった。
どうしたのかしら?
この世界では、代筆はごく当たり前のことだった。
令嬢が時間のかかるドレスの着替えの最中に言ったことを、代筆業者が手紙としてまとめる――なんてことも、よく行われていた。
よって昨日はアレクも大忙しだっただろうし、代筆をお願いしてもおかしくはない。
ということで朝食の後、私は一人で馬車へ乗り込んだ。
そう。今日は普通に学校がある。
馬車の中、一人ポツンと制服姿で座っていることに、違和感を覚えた。
既にアレクと一緒に登校することが、日常になっていたのだ。
それが一人だと……。
なんだか物足りない。
さらに学校に着くと、アレクが休みであることが判明する。
これには驚いてしまう。
前日に何があっても、父親との剣術練習は欠かさないアレクだった。さすがに今日は父親の怪我の件もあり、練習はなかったが。でもそれぐらいの理由でもないと、アレクは練習を休まないだろう。それと同じように、学校についても目指せ!皆勤賞だと思っていたのに。
怪我はないと聞いていたが、何かあったのかしら?
心配なため放課後、アレクの別荘を訪問することにした。
訪問の約束をしていたわけではない。突然の来訪になるため、断られる可能性もあった。でもお断りをされたら、それはそこまでのこと。会えたらラッキーぐらいの気軽な気持ちで訪ねることにした。
「クリスティ・リリー・アイゼン辺境伯令嬢ですよね。殿下からお嬢様のことはお聞きしています。きっと殿下もお嬢様に会いたいと思うのですが……。実は、昨晩から熱が出てしまい、休んでいるのです」
エントランスホールでヘッドバトラーにそう告げられ、私は驚くことになる。怪我はなかった。でも体調が悪かったの……!と。
「起こすことはできませんが、お顔だけでもご覧になって帰られますか? 扉の隙間から少しだけでも」
「お体の調子が悪いとは思わず、お見舞いの品も用意していません。それに気配で目覚めてしまう可能性もあります。今日のところはこのまま失礼させていただこうかと……」
「訪問があったことは、お伝えしますか?」
自身が寝ていたために、私が帰ったと知れば、アレクは申し訳ないことをしたと思うだろう。真面目な性格だから……。
気を遣わせたくないな。
「約束もなく、訪ねてしまいました。よって」「クリスティ!」
声のする方に顔を向けると、白い寝間着姿のアレクが階段を駆け下りてくる。
だが途中で手すりを掴み、座り込んでしまう。
「殿下!」
ヘッドバトラーが声をあげ、護衛の騎士が駆け寄った。
そのまま護衛の騎士二人に肩を支えられ、アレクは寝室へ戻ることに。
このままなかったことにして、帰るわけにはいかない。
既に私の姿をアレクは見ているのだから。
お見舞いの品もない私でもできることは……。
「少しだけ看病のお手伝いをしてもいいですか?」
ヘッドバトラーに尋ねると、彼はニコリと笑い「ぜひそうしていただけると、殿下も喜ぶと思います」と言ってくれる。そこで寝室へ通してもらうことになった。
天蓋付きのベッドは、リネン類が濃紺で統一されており、白い壁紙とのコントラストが美しい。カーテンやソファ、絨毯は明るい水色。清潔感があり、清々しい配色だ。
「今、医師が参ります。こちらをお願いしても?」
ヘッドバトラーが、水を入れたホーロー製のウォッシュボールを持つメイドを見る。濡らしたタオルをアレクの額に当て、少しでも体温を下げるということね。
「はい。お任せください」
メイドがウォッシュボールをベッドサイドテーブルに載せると、早速、タオルを水に浸す。よく搾り、水で濡らしたタオルをアレクの額にのせる。
「お嬢様、こちらをよかったらどうぞ」
メイドが用意してくれた椅子をベッド横に置き、そこに座ることにした。
静かに眠るアレクを見る。
具合が悪いのに、それでもアレクは美しい。
さっき少し触れた額には、確かに熱を感じた。
風邪……なのかしら?
そこへ医師が到着し、診察が始まる。
王都から随行しているアレクのかかりつけ医とのこと。
昨日から定期的に様子を確認しているようで「大丈夫です。熱は昨晩より下がっています」と教えてくれた。
「何の病気なのですか?」
医師に尋ねると……。
「病気というより、疲れでしょうね。殿下は普段から体を鍛えられ、人より丈夫です。ですが時に無理をして、熱を出すことがあるのです。一日休めば、熱など嘘のように元気になられます。きっと体が『これ以上は無理をしないように』とストップをかけているのでしょうね」
これには納得だった。
考えてみれば、天気の急変時にも雨に打たれ手が冷えていた。体温の低下、それだけでも人間は体にダメージを受ける。その上で村まで向かい、夜通しの捜索活動。
疲れもするはずだ。熱が出て当然。体からのSOSというのはまさにその通り。
そんな無理をアレクがしたのは……。
私のためだ。
申し訳ないことをしたわ。
アレク=断頭台とは分かっている。
それでも今のアレクは限りなく優しい。親切で頼りがいがあり、私のためにこんなにも頑張ってくれる。その上で、素直な自分の気持ちを私に打ち明けてくれた。
静かに瞼を閉じ、休むアレクを見て思う。
どうして、私、悪役令嬢に転生したのかしら。
どうせならこんな素敵な攻略対象と結ばれる、ヒロインが良かったな。
それはいくら考えても無駄なことと分かっているが、つい考えてしまうことでもあった。
「新しいお水をお願いできますか?」「かしこまりました」
医師は既に退出しており、部屋にはメイドが一人、控えてくれていた。
彼女にウォッシュボールの水を替えてもらうよう頼んだ時。
「……クリスティ」
アレクが眩しそうに目を開けた。
そしてチラッと私を見ると、困ったような表情になる。
もしかして寝顔や寝間着姿を見られ、恥ずかしいのかしら?
女性だったらそう思う。
「アレク王太子殿下、お約束もないのに訪問してしまい、申し訳ありませんでした。寝室まで踏み入ってしまい、不躾を」「そんなことないよ、クリスティ!」
頬を赤くしたアレクが私の腕をそっと掴む。
いつもより温かいアレクの手にドキッとする。
「こんな弱った姿、クリスティに見せたくなくて」