23話:命の恩人は……
目覚めた父親としばし無事を確認しあい、三人で涙を流すことになる。
父親は発見された後、張り詰めていた緊張の糸が切れたようだ。
意識を失い、そのまま眠り込んでいた。
村長の客間に運び込まれた後、村人の手で身綺麗にしてもらったが、その間に目覚めることもなかった。つまり父親は昨日の昼食以降、何も食べていない!
今回、沢山の食料を荷馬車に積み、村に運びこんでいた。
そもそも村は水害に遭っているのだから、支援物資も合わせて運ぶことにしていたのだ。そこですぐに食事を用意してもらい、父親はそれを食べながら、川に落ちて以降の出来事を語った。
「川に落ちた経緯は、マリーやクリスティが知っての通りだ。あの時、土砂崩れを逃れるため、川に飛び込んだのだが……。それが正しい判断だったのか。それは何とも言えない」
「あなた! 土砂は水分を含んだ、重たい土です。そんな中に飲み込まれ、すぐに救助を望めないなら……。川に飛び込んだ判断は、間違いだと思いませんわ!」
「ありがとう、マリー。心配をかけたね。飛び込んだ川の中は、岩もあり、しかも暗くなると岩は見えない。とても危険だったが、わたしは運が良かった。かなり流された後、なんとか川岸までたどり着けた。しばらくは身動きが取れなかったが、夜に武器もなく開けた場所にいるのは危険だ。そこで移動を開始した」
父親は幼い頃から森や山に慣れ親しんでいる。自分がいる場所の地形を想像し、朝まで体を休めるために、洞窟を探した。月光と星の明かりを頼りに森の中を進む。唯一の武器である懐に忍ばせていた短剣で、木の幹に印をつけて行った。
アイゼン辺境伯領では、森や山で行動する際、木の幹に印をつけることを推奨していた。救助を求めるなら「S」のマーク。獣がいて危険を知らせるなら「X」のマーク。迷わないための印なら「L」のマークと言った具合に。
父親は「S」のマークをつけながら森の中を進み、洞窟を発見する。
「洞窟で腰を下ろすと、もう体が鉛のように重く、動くことはできなくなった。気づけば寝込んでいたようだ。そんなわたしを発見してくれたのは、王太子殿下だった。それこそ夜を徹し、捜索を指揮してくれた」
まさかアレクが父親を見つけてくれていたなんて……!
つまりアレクは父親の命の恩人だった。
感謝の気持ちで胸が熱くなる。
同時に。
アレクのその機動力、行動力、実行力は、尊敬に値するもの。とても同い年とは思えない。同級生として共に学校に通っているが、アレクは今すぐにでも国王になれるように思えた。
「王太子殿下に御礼を伝えましょう。でもその前に、あなたの怪我の治療は医師によるものなのですか」
母親に問われ、父親は自身に巻かれている包帯などの様子から、こう推論する。
「これは応急処置だな。きっと王太子殿下が連れている衛生兵が、応急処置をしてくれたのだろう」
村に医師は一人はいるだろうが、きっと手が回っていない。そう考え、医師も三名程同行している。すぐにそのうちの一人を呼んでもらう。そして医師に父親の怪我の状態を確認してもらう間に、アレクに御礼を言いに行くことにした。
「王太子殿下ですよね。彼は本当に立派な方です。連れている衛生兵に、子供達の怪我を診るよう指示をだしてくださって……。年寄りたちのことも、励ましてくれました」
村長の言葉に、既にアレクが村人たちの信頼を得ていることを実感する。
「それで王太子殿下ですが、夜通しの捜索を終え、辺境伯を村へ連れ戻した後も、いろいろと村の手伝いをしてくれて……。先程ようやく入浴を終え、今はお休みになっていると思います」
「そうなのですね。王太子殿下は、特に怪我などはないのですよね?」
「はい。お怪我はありませんが、お疲れだと思います。聞いたところでは、このまま仮眠をとり、それから街へお戻りになるそうです。……殿下の護衛騎士のところへ、案内しますか?」
疲れて仮眠をしているのに、起こす必要などないと思った。そこで村長にはアレクを休ませたいので、案内は不要と伝え、父親の所へ戻る。
「打撲や打ち身はありますが、奇跡的に骨折もありません。内臓へのダメージも触診で確認した限り、大丈夫でしょう。このまま馬車にお乗りになっても問題ありません」
父親を診察した医師にそう言われ、安堵することになる。そこでアレク宛に手早く御礼の手紙を書いた。一足先に街へ戻り、父親を休ませることにしたと、書き綴った。
「さあ、あなた。屋敷へ帰りましょう」
母親と副官に支えられ、父親が村長の屋敷から出てきた。
運んできた物資は全て村に提供し、父親を馬車に乗せると、ひたすら屋敷を目指す。父親は食事をとり、医師から処方された薬も飲んでいる。馬車では母親に支えられ、眠っていた。
いつも凛として、馬車の中で父親が眠る姿なんて見たことがなかった。よってその光景にドキッとしてしまうが、医師は「体力の回復に睡眠は一番の薬です。辺境伯もそれが分かっているのでしょう。大怪我をしたわけではないので、大丈夫ですよ」と言ってくれた。
弱っている、危険、というわけではない。
回復のために休んでいるだけ。
父親は助かる。問題はない。
こうして屋敷へ帰還し、父親をようやくベッドで休ませることができた。
安堵すると同時に、立ち眩みがする。
それだけ気が張り詰めていたのだろう。
「クリスティ、お父様はお母様が見ているから、大丈夫よ。あなたと違ってお母様は昨晩休んでいたから。クリスティは心配で寝不足だったのでしょう?」
母親の言葉に甘え、休憩をとることにした。
少し体を休めるつもりだった。
だが目覚めると、ティータイムの時間になっている。
アレクは今頃、滞在先の別荘に戻ったかしら?
訪問したいが、気を遣わせることになる。
母親とも相談し、ひとまず御礼のフルーツと花を届けさせることにした。